招待
異国の王子様からの、誕生日パーティーの招待状である。
王の息子が成人する大事な日。だけど主役は自分だから、日本で言うところの高校生である友人もたくさん出席する。気軽に来て問題ない。弟も一緒に来たらいい。招待状と航空券を送る。
……んなわけあるか。
清乃は口の中で呟いた。
王子、一国の王の息子の誕生日パーティー。王太子は上の兄だと言っていたけれど、継承権二位の王子の成人を祝う会! 行かなくても、見なくても分かる。セレブが集まる会だ。
国王とか王妃とか、王子王女とか。王子の称号を持ったままの公爵とか。その息子はチャラ男だから問題ないけど。公爵がいるなら侯爵とか。彼の国の身分制度は知らないけれど、もしも現存しているなら、伯子男爵まで、いわゆる貴族の集まりに決まっている。高校生とやらもきっと、その息子とかなのだ。
何が私はあなたの成人式を祝いに行きました、だ。スケールが違う。
その他大勢の同学年とまとめて祝われた清乃と一緒にしないで欲しい。
ユリウスには悪いが断ろう。
友達の誕生日を祝いたい気持ちはもちろんあるが、そんなものはプレゼントの発送と電話で充分だ。
誕生日おめでとう! プレゼント送ったけど届いた? まだ? え? 検閲で引っかかってるのかも、って? そうね、王子宛てに怪しい荷物が届いたら、中身検めるのも当然だよね!
プレゼントはボストンのフェリクス経由にしておこう。うん。
今回は、彼の語学力に甘えて日本語で返事を書くのはやめておこう。喋りはともかく読みに関してはギリギリ小一レベルの彼に負担をかけてはいけない。なんと言っても断りの手紙だ。辞書とインターネットを駆使して完璧な英語のレポート、じゃなくて手紙を書くのだ。
(で、とりあえずお風呂)
いつものように浴室前の床に着ている物をぽいぽい投げて、全身を洗う。ざぶんと浴槽に浸かればアルバイトで酷使した身体がほぐれていく。ひとり暮らしの身で贅沢かと思いながらも湯張りをやめられないのは、この感覚のせいだ。
しばらくそのままぼんやりしていると、着メロが聞こえてきた。某男性アイドルグループの曲。カラオケでユリウスに歌って欲しいと思ったあれだ。
ちょうど用ができたところだ、と手と耳周りを拭いたタオルを濡れた頭に巻き付け慌ただしく通話ボタンを押す。
「もしもしお待たせ、ユリウスー?」
「うん。日本はこんばんは、な時間かな。今大丈夫?」
右耳から聞こえてきたのは、顔さえ見なければ、日本人です、で通用する外国の少年の声だ。
「大丈夫大丈夫。今バイトから帰ってきたとこだから。そっちはまだこんにちはだよね」
「……風呂に入ってるだろ」
おっと声が反響してるのがバレたか。いちいち指摘しないで欲しい。デリカシー大事。
「違います。部屋にいます」
「ああそう。招待状届いたかなと思って電話したんだけど」
「見てたみたいなタイミングだね」
「視てないぞ! フェリクスは今ボストンだ」
「慌てないでよ。逆に怪しいわ。手紙、なんとか解読したんだけどさ、あたし無理だよ」
「なんで」
間髪入れず反発された。なんでじゃない。分かれ。
「前にも言ったでしょ。マナーとか知らないんだって。言葉も分かんないし、そんなセレブの集まりに出られるわけないじゃん」
「オレの同級生も来るから大丈夫って書いただろ。問題ないよ」
「問題しかないわ。あんたの同級生って良家のご子息ばっかりなんでしょ」
「そうだけどそうでもない。基本アホばっかりだ」
以前壁ドンごっこが学校で流行っていたとか言っていた。確かにアホな子もいるのかもしれない。
「学校ではアホでも、公の場ではちゃんとできる子たちなんでしょ。あたしとは違うよ。恥かくのはユリウスなんだから」
「やだ。来てくれ」
「やだじゃないわ。無理だよ。無理ってか嫌。用はそれだけ? 汗かいてきたからもう出たいんだけど」
「やっぱり風呂なんじゃないか!」
「なんか文句でも?」
「あるよ! 少しは気を遣え。十代男子の妄想力舐めるなよ」
「うわあ……」
「ドン引きするなよ! セイは行くって言ってくれたからな。楽しみだって」
セイとは清乃の弟のことだ。杉田誠吾十七歳、もうすぐ高三、基本アホな子。
同じ年齢の彼らはよく連絡を取り合っているらしい。何を話すことがあるのかと思っていたら、清乃の幼少期の写真を送っていやがった。
実家の両親の証言だ。
誠吾が昔のアルバムを開いてカシャカシャやっている。英語力がつくならいいかと思ってたけど、あんたあの外国の人たち信用していいの?
だそうだ。いいわけがない。このご時世何が危ないか分からないんだから、勝手に写真を流出させるなとキツく締め上げておいた。
ユリウスと削除しろ、嫌だ、とやり合って、最終的には清乃が折れた。ユリウスの携帯には清乃の高校の卒業式の写真が一枚だけ残されているらしい。
十八歳と数ヶ月の頃の写真。今のユリウスとほぼ同じ歳だ。
「誠吾にもアレ送ったの? あいつあたしよりアホなんだからやめときなって」
というか先に弟の了解を取ったとはどういうことだ。外堀から埋めてくるとは小癪な真似をする。
面倒なお誘いはさっさと断って、風呂から上がったら歴史小説の続きを読んで寝てしまおう。主人公が窮地に陥ったところでバイトの時間になってしまい、断腸の思いで中断したのだ。早く読みたい。
「大丈夫。こっちの同級生と同じ感じ」
「想像以上に愉快な学校みたいだな!」
「まあ楽しいよ。キヨに友達を紹介したいんだ」
「ヤだよ。アホの子は誠吾だけで充分だから」
外国のデカい男子高生に囲まれるのかと思ったらゾッとする。奴らは絶対清乃に言うのだ。
小さいな! 二十歳? 嘘だろう!
やかましい。散れガキども。
「……キヨ、部屋に翻訳本を持っていただろう。日本では二巻までしか出版されてないって言ってた」
「だから何よ」
「オレこの間原作を四巻まで買って読んだんだ。面白かった」
清乃の頬がぴく、と動いた。
「だ、か、ら何よ。どうせそんなの借りたって読めないもん。大人しく日本で待ってるから別に」
「キヨが来るまでに翻訳しておいてもいい。日本語を手書きするのは難しいが、変換キーで多分なんとかなる」
「天才少年め! 変換キーがあるって、日本のパソコン買ったの⁉︎」
「キヨの部屋にあったのと同じノートパソコン。買ってもらった」
お坊ちゃんめ! 王子様め! 国民の血税をなんだと思っているのだ。
「……いらないよ。翻訳家さんの仕事舐めるなよ。変換キーさえあれば簡単に漢字になると思ったら大間違いなんだから」
「オレはキヨの成人を祝いに行った! 次はキヨがオレを祝うべきだ!」
「行かない行かない! 絶対行かない! じゃあね切るよもう!」
「キヨ……っ」
ポチ。
久しぶりにユリウスの声を聞いて懐かしくなったが、なんだあのワガママっぷり。王子の生活に戻って横柄さを取り戻したのか。
絶対にセレブのパーティーなんかに出席するものか。
清乃は日本の一般庶民の家庭で育った大学生だ。語学力もマナーも身につけていない。
ユリウスに恥をかかせると分かっていて、そんな場所にのこのこ出向いて行くわけにはいかない。




