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二泊目

 この国の歴史は、十四世紀初頭から始まっている。

 初代国王は当時存在していた王国の一貴族であったが、周辺領主と共に独立し、自らを王と称した。

 その母が、異国の魔女一族の血を引く女性であったとされているそうだ。

 初代国王には跡を継ぐ子ができなかったため、妹の息子を王とした。その王にも子が出来ず、妹の息子が王となった。次も、その次も、王の妹の子が次の王位につく。

(王は男、けれど血統は女系がつないだ)

 いかにも魔女の国らしい逸話だ。このあたりは創作も混ざっているのだろうか。

 子ができない王の甥が玉座に座る。呪いじみた偶然は、二百年近く続いた。あるときから、王の妃が子を産むようになる。そしてその頃から、異能を持つ子が王の周囲に生まれ始めた。

 十六世紀の話だ。キーワードでつなげるならば、魔女狩りの最盛期。

 日本の高校世界史的には宗教改革。ルターが何かしたとかいうあれだ。日本史的にはザビエル、以後よく広まるナントカ。

 記録によると、当時の王は代々熱心なカトリック。

 だがそれは教会向けの顔だった。彼らは教会の教義とは別次元の超自然的な能力を持つ子を、国内で保護してきた。



 分かる単語を拾い繋ぎ合わせて、やっとそこまで解読できたところだったのに。

 案内された部屋に行くと、エルヴィラがくつろいだ格好でネイリストに手を預けていた。

 彼女は反対側の手で清乃を手招くと、微笑んで黒い前髪の生え際を撫でた。


 何故だろうか。

 魔女が触れたところから、頭の靄が晴れていくような、そんな心地良さを感じた。

「エルヴィラ様、今何かされました?」

 疲れていた頭がしゃっきりしている。本の世界にのめり込み過ぎていたのだろうか。それともアルコールが残っていたか。自分でも気づかない間に途切れがちだった思考回路が繋がった。

 同時に再発する不安感。得体の知れないものに対する恐怖なんて、さっきまで忘れていたのに。

「ああ、少し魔女の仕事を。勝手にして悪いね。ただのまじないだ。わたしはあなたに悪さはしないよ」

「疑ってないです。エルヴィラ様のことは信じています」


 エルヴィラは美しい。

 欠点のないかんばせ、ふんわりした弾力のある上半身、しなやかな筋肉と柔らかい脂肪で構成される太腿、膝から下は細くて長い。

 彼女の前では安心していい。姉のように接してくれるカタリナの手もホッとできる。

 ユリウスはいい子だけど駄目だ。フェリクスはいい奴だけど好きじゃない。ダヴィドは格好いいけどこわい。

 誠吾は大丈夫。あの子は清乃の弟だ。ずっと一緒に育ってきた家族。

「それはよかった。あなたに嫌われるのは寂しいからね」


「エルヴィラ様、今のあたし、変ですか?」

 清乃はさっきまで変だった。

 自分が自分でないようだった。頭がぼんやりして、普段の自分とは異なる言動をした。

「そうだね。少し変だったように見えた。今は大丈夫。いつものキヨだ」

「……あたし」

 清乃は何かを怖がっていた。何かは分からないが、城に到着してからずっと何かが怖くて、でもフェリクスに会ったらそんなのはどうでもよくなった。

 城に到着する。不安感が付き纏う。

 観光しに行こうと、城の外に出た。楽しくて美味しくて、感動し心を動かした。

 そのときの清乃は多分普通だった。カタリナとユリウスの話に、不安感がはっきりした恐怖に変わった。

 恐怖にかられた。カタリナは、清乃の直感を信じろと言った。

 不安と恐怖。正しいのはそれだ。力を持たない弱い動物としての本能が、警鐘を鳴らしている。

 城に居たら、本能が鈍る。本能と思考を何かに少しずつ削られていく。


 ユリウス、フェリクス、ダヴィドには近づいたら駄目。何故かは分からないが駄目だ。

 信じていいのはエルヴィラとカタリナ。誠吾は絶対に清乃の味方。


「キヨ、あなたは今からどうしたい? わたしは今、魔女として完全じゃない。悪い周期に当たってしまった。あなたの身に何かが起ころうとしているのは分かるが、あなたを無事に祖国まで送ってあげられるだけの力がないんだ。飛行機の手配をすることはできるが、それもうまくいかない可能性がある」

 今は夜だ。空港はもう閉まる頃だろう。

 すぐにでも城から出たいが、空港が開く時刻まで、この国で自分の身の安全を確保する自信はない。


 ユリウスの顔を思い出す。彼は清乃に成人を祝って欲しいと言っている。

 何故そんな我儘が通用したのか。彼の周りの大人に会って、分かった気がしてきた。

 清乃は今、この国の人々に値踏みされているところだ。

 王子の友人として相応しい人物なのか、付き合いを許すに値する人間なのかと、審査されるために招待された。

 純粋なユリウスの気持ちを、周囲の大人はそのために許した。

 それとも逆か。大人の考えることを読んだユリウスが、無邪気な振りで我儘を通した。

 だから今清乃はアッシュデールにいるのだ。


 変なことになっているな、と思った。

 異国の王族になんて関わりたくなかったのに。

 だから日本から自国に助けを求めるユリウスに、発信元を探られることを恐れパソコンも携帯電話も貸さずに手紙なんて原始的な手段を取らせたのに。大変な思いをした同居生活の意味がなくなってしまっている。

 公衆電話でも国際電話がかけられると知ったのは、彼が帰国してからだ。

 今になって考えてみれば、必死で考えたあれもこれも、素人の浅知恵でしかなかったのだ。恥ずかしい。


 マナーに関しても浅い知識しか持たない清乃がパーティーで恥を晒せば、周囲の大人はユリウスを堂々とたしなめることができる。

 あの日本の娘との付き合いはおやめください。保護していただいた礼に関しては、別の形でしておけば充分です。

 みな親切にしてくれてはいるけれど、そこに別の思惑があるかないかは別の話だ。王子の恩人に感謝する気持ちと、その人物を見極めるべきという考えは、大人であれば両立させるのは難しいことではない。

 そんな視線に晒されるのはいい気分ではない。だから嫌だって言ったのに。

 それでもとユリウスが望むから、出来る限りの準備をしてきた。

 足りない知識と経験については、これが日本式だ、と開き直ってやる、と腹を括った。

 日本にいるときに断るならともかくこんなところまで来て、やっぱり欠席します、と言うことなんてできない。


 本当は今すぐ帰りたい。

 だけどそう主張するための根拠を提示できない。

 なんとなく怖いから。

 いい大人がそんなひと言だけで目の前の現実を放り投げられるわけがないのだ。


「明日のパーティーに出席して欲しいと、ユリウスに言われています。それが終わってから帰りたいというのは、呑気が過ぎると思われますか?」

 今の清乃の状況はどの程度のものなのか。魔女に判断を委ねたい。

「いいや。弟の我儘に付き合ってくれてありがとう。もしかしたら、この城のモノがあなたに悪さをしているのかもしれないな。あとで御守りをあげよう」

 魔女の御守りってなんだろう。すごく強そうだ。

「ありがとうございます、エルヴィラ様」

「さあ、パーティーに出るなら準備が必要だ。キヨはどんな爪がいいかな」

 マニキュアくらいは塗ったことがあるけれど、プロに装飾してもらうのは初めてだ。

 せっかくだから楽しみたい。

 清乃にとっての化粧は、する必要があるときに仕方なくするものだ。意中の男性に見せるため、魅せるためにしたことはまだない。

 今回のこれは、場に相応しい装いをすることで自分に自信を持つため、心を強く保つための儀式だ。



「綺麗な手になったな」

 エルヴィラは美しい手で清乃の手を取って褒めてくれた。


 女の化粧は鎧だ。美しさは強さだ。今のキヨは強い。

 ここにいれば、キヨが不快に思うことが起こるかもしれない。それはただの杞憂で、何事も起きないかもしれない。

 まあ何かあっても大丈夫だ、自分で闘えばいいだけだ。

 闘う力は誰にでもある。ましてやキヨは強い女だ。負けることはない。

 この御守りは魔女、そう、わたしたちの先祖が嫌ったものだ。ただの気休めだがな。少しくらいは役に立つだろう。持っておくといい。


 エルヴィラは強い女性だ。彼女の言葉は力強く清乃を支えてくれた。

 大丈夫。大丈夫だ。


 今何が起きているのか、これから何が起こるのか分からないが、彼女の言葉を信じていれば大丈夫だ。




 夜遅く、日付が変わる直前に部屋に帰ると、誠吾はまだ清乃の部屋でゴロゴロしていた。

「プロってすげえな。顔がちげえじゃん」

「すごいよねえ」

 ネイルの後にエステもしてもらったら、顎のラインがシャープになった。手入れをしたりしなかったりの肌の毛穴が消えた。ニキビ跡は残っているが、この程度でしたら化粧で見えなくなります、との頼もしい言葉をもらってきた。

「明日、本当に出るんだな。体調が悪いとか言って、朝イチの飛行機に乗って帰らねえ?」

「今更なに。あんたが勝手に返事したから、こんなとこまで来ることになったんでしょ」

「……悪かったよ。後悔してるし反省もしてる。謝るからもうこんなとこ出て行こうぜ」

 珍しく殊勝な態度の弟に、清乃は笑った。

「明日は槍が降るね。誠吾、これエルヴィラ様がくれたの。あんたの分の御守り」

「……ふうん。なんか意外」

「魔女が嫌いなものだって」

「…………こええな」


 その後も誠吾は自分の部屋に帰らず、姉のベッドでだらだらしてそのまま寝てしまっていた。

 書き物机で本の続きを読んでいた清乃が気づいたときには完全に熟睡していて、起こすほうが大変そうだった。

 そのためその夜は仕方なく、十数年振りに姉弟仲良く枕を並べて眠ったのだった。



 あらかわいいわ。

 かわいいねがお。

 ちいさいおんなのこのかわいいおとうと。

 おとうともおとこよ。じゃまだわ。じゃまよ。

 このこにちかづけちゃだめ。はなして。とおざけて。

 おとこはいらない。ひつようない。

 ひつようなのはおとめだけ。

 ひつようなのはきよいからだときれいなこころのおんなだけ。

 とおいくにのおとめだけ。

 とおいいこくでははになれるおんなのこ。

 おとこはいらない。

 あっちへいって。

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