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恐怖

【わたしもPK保持者です。何代も遡れば王家に繋がる家に生まれたので、母が先祖返りし、娘のわたしもこのように】

 カタリナはフェリクスの乳母の娘という話だった。

 フェリクスは強力なESPを持つ乳母に育てられたと言っていた。能力が遺伝するのであれば、強い力を持つ人の子が力を持って生まれるのは自然なことのはず。遺伝とはそういうものだ。

【あなた方の能力について、わたしはあまり詳しくありません。お母様はESP保持者と伺っていますが、あなたにはPKが発現したのですね】

【我々にその分類はあまり意味がありません。昔魔女と呼ばれた一族の能力を受け継いでいるので、本来であればどちらの能力も持っているのです。長い時間をかけて血を薄めるなかで、どちらかの能力のみ発現する子どもが増えてきただけです】


 英語で語られたその話を頭の中で日本語に訳してから、清乃は瞬いた。

 魔女とは、万能なエルヴィラの能力を指して使う言葉だと思っていた。元は彼らのルーツを指す言葉だったのか。

【それは、わたしが聞いてもいい話ですか?】

【問題ありません。元より近隣国家の間では公然の話です】

 そういえばユリウスが他国の研究所に資料提供しているとか言っていた。あとマフィアに狙われたりとか。

【……そうですか】

 怖いな。なんの話だろう。聴かなきゃ駄目かな。

 考えたことが伝わったのか、カタリナは微笑んで話を簡単にまとめてくれた。

【この国で能力を持って生まれた子どもは、親か本人が希望すれば王宮で育てられます。わたしも城で育ちました。陛下はわたしたち世代の超能力者全員の父のような存在なんです】

 あの城は超能力を持つ子どもの養育所でもあるのか。城内で子どもの姿を見た記憶はないが、広い敷地のどこかで集団で暮らしているのだろうか。

 カタリナは国王と自分の関係性を教えてくれただけだ。

 清乃がその話を聞いて持つ感想は、ユリウスのお父さんはみなから慕われる国民の父なんだ、とそれだけにしておこう。

【緊張してしまってごめんなさい。お話ありがとうございます】

【いいえ。他国の王にはそのくらい緊張されるのが正解だと思いますよ。あの方は例外だと思ってください】

 王様などという生き物に会う機会などもう一生ないだろうから、その心得は別に必要ないな、と清乃は思った。



 三人は本当に走って帰った。

 ワイナリーから城まで、車でゆっくり走って十五分程度だった。途中市街地で何度も止まったことを計算に入れれば五、六キロ程度の距離だろう。

 清乃にとってはそんなに、な距離だが、普段から鍛えている人間には思い付きで走り出してしまう程度のものらしい。理解できない。

 途中車で追い抜いた際に見たときには、誠吾、ユリウス、ダヴィドの順で、でも大して差はなかった。

 清乃が城門で出迎えたときには、一位と二位が入れ替わっていた。

 テンションが上がったユリウスに抱きつかれそうになり、清乃は伸ばした両手を前に突き出して拒否した。

 汗まみれのときにはやめろと言ったら、彼は慌てて離れて服の裾を持ち上げ顔の汗をぬぐった。


 細身のくせに鍛えた腹筋を見てしまった。割れていた。

「その傷、もう痛くないの?」

 日本でマフィアに撃たれた傷が、ユリウスの脇腹に痛々しく盛り上がっているのが見える。

「ああ、これ。跡は残るかもだけど、痛みはすぐなくなったよ。名誉の負傷ってやつだ」

 綺麗な身体に跡が残ってしまって、その程度でいいのだろうか。大した見た目じゃない清乃が代わってあげればよかった。

 急に後悔に襲われた清乃が傷痕に手を伸ばしかけたとき、誠吾の騒々しい声が聞こえてきた。

 慌てて離れた彼女に、弟が告げ口する。

「ユリウスずるいぞ! ほんとは俺が一位だったのに! 俺が道間違えてるのに気づいたくせに、だいぶ進んでから叫んだんだぞこいつ!」

 高校生にもなってそんなことを姉に訴えるな。

「はいはい。……ねえ、ユリウスのお父さまのお姿が見えませんが」

「知らない。多分途中でへばって歩いてるんじゃない? もう五十過ぎてるのにはしゃぐから」

 それでいいのか。王子が言うならいいのかな。

 カタリナが迎えに行ってきますのでお部屋に戻っていてください、と再び車に乗って出て行った。


「どうしよう。走ったら腹減ったかも」

「馬鹿なこと言わないでよ! 恥ずかしい。夕食の時間まで我慢しなさい」

 さっき大量に食べた昼食はどこに消えたのだ。全部汗になって出ていったのか。そんなになるなら、汗をかくことなどするな。

「もうすぐお茶の時間だ。部屋に届くはずだから待ってて。オレはもう時間だから、部屋まで送ったら行ってくるよ」

「分かったよ。でも国王陛下、おひとりにして本当にいいの? 何かあったら、とか考えないの?」

「大丈夫。うちは平和だから」

 日本だって平和だ。それでも事件は起こるし、外国から来たマフィアに誘拐されたりする。

「え。それで片付けていい話?」

 さすがの誠吾も呆れ顔だ。


「うーん。城内に能力者がいるって話はしただろう?」

「うん。さっきカタリナさんにも子どもの話を聞いた」

「街にもいるんだ。たくさんね。城で国王夫妻を第二の父母として育った人々が、大人になっても城の近くに留まって生活してる」

「……街にもって。じゃあ、さっき買い喰いしたお店のひとも」

 それはこの国の首都は巨大なひとつの家だという意味か。

「そうだね。もちろん全員ではないけど。若いひとは父の子どもだし、その上の世代は父を兄弟だと思ってる。つまりオレの兄姉とおじおばだ。城内には今も弟妹がたくさん暮らしてる」


 とんでもない話を聞いてしまった。

 だからこの国では国王が護衛のひとりも連れずに自由に動き、王子は街歩きに精通しているのか。

 自分の家の中と同じだから、常に家族の眼が届くから。

 他所からよからぬ企みを持ってやって来た者は、家族がその能力でもって排除してくれるから。



 どうしよう。


 先ほどカタリナの話を聴いて、考えまいとしたことが今度は無視できない強さで清乃の頭を襲った。

 すごく怖い。

 美談と受け取るべきなのかもしれないその話が、清乃にはひどく恐ろしいものにしか思えなかった。

 ここは誘われたから、なんて気軽な動機で来ていい場所ではなかった。

 できることなら今すぐ荷物をまとめて弟の腕を掴み、日本に逃げ帰ってしまいたい。

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