歩食
「なあ、ユリウスって日本で何してたの? 迷子になってるとこ姉ちゃんに助けられたって言ってたけど、なんで日本で暇してたんだよ」
痛いところを突かれた。誠吾には詳しく話していなかったのだ。油断し過ぎた会話になってしまっていた。
迷子保護の話だけでは、清乃とユリウスが親しい理由の説明にはならない。
ふたりはお互いのことを知り過ぎている。
「家出」
ん?
「はあ?」
「父と喧嘩して家出して、日本でフラフラしてるところをキヨに拾われた」
「規模のでかい家出だな!」
清乃もびっくりだ。ずいぶんスラスラと嘘をつくものだ。
「所持金が尽きてお腹が空いてるときに、キヨがご飯を食べさせてくれたんだ。女神に見えた」
ずいぶん盛ったな。確かにその状況なら相手が誰でも女神に見えるだろうが。
「え、……ユリウスおまえ王子って設定じゃなかったっけ?」
「一応ね。ホテルの宿泊費は前払いしてたから、迎えが来るまで昼間はキヨの部屋で食べさせてもらって、夜だけホテルに帰ってた」
ユリウスは清乃が親は反対すると言ったことを覚えていたのだ。それでギリギリ無理のないよう話を作ってくれた。いや、無理か。
「…………王子が餌付けでそんなに懐いたのかよ」
無理じゃなかった。アホな弟でよかった。引いてはいるが信じたようだ。
「こんな馬鹿な話、お母さんたちには言わないでよ。この子ほっといたら死にそうだったから仕方なかったの」
でもおかしいな。ユリウスは超能力を隠していない。昨日もふたり中庭で、念力を使って誠吾を浮かせたりして遊んでいたらしい。それで誠吾も開き直ることにしたのか、まあ楽しいからいいや、と彼の超能力を受け入れたのだ。
瞬間移動して清乃の部屋に現れた、としたら同居もバレてしまうからだろうか。
考えているのが分かったのか、ユリウスが誠吾に見えない位置で唇の前で人差し指を立てた。
誠吾には秘密、か。何を、というかどれをだ。
「確かに助けてはもらったが、その代わりに部屋の掃除と皿洗いをした」
「……姉ちゃん……」
やめろ。姉を軽蔑の眼で見るな。おまえの部屋よりはマシだ。
「ユリウス、余計なことまで言わないで」
「最近はちゃんとしてるのか」
「おかげさまで。週二回のゴミ棄てと、郵便物をすぐに仕分けすることは続けております」
「進歩したじゃないか。偉いぞ」
「何目線なの、それ」
カタリナは清乃の想像以上に日本語を理解しているようだが、素知らぬ顔をしてくれている。有能だ。
城と同じく外観は古いが可愛らしい内装の雑貨屋を覗いて、母用と自分用の土産を選んだ。地元の工芸品だという木工細工の中から選んだ。
読めないくせに、と言われながら入った本屋では、絵だけで選んだ絵本を買った。表紙に可愛らしいお姫様と騎士の絵が描かれている。幸せなめでたしめでたしが期待できそうな絵だ。
アッシュデール語を英語にするための辞書があるらしいから、借りて滞在中に読んでみよう。無理だったらユリウスに読み聞かせてもらえばいい。
街の端まで歩くことなく、ランチの時間になってしまった。最初は近くの店に入ろうとしたが、それまでに美味しそうな食べ物を見ながら歩いていたのだ。協議の結果、来た道を戻り、歩きながら食べることにした。
慣れない食べ歩きにモタモタする清乃にユリウスが気づいて、慌てて近くのベンチに誘導してくれた。彼は誠吾だけ連れてまた別の店から揚げたての肉やらパンやらを買ってくる。
もう無理だよ、と清乃は言ったが、ユリウスと誠吾がふたりで平然とした顔をして食べ続けていた。
「若いな……」
清乃が呟くと、カタリナもうなずいた。
【彼らはどうやってあの細い身体を維持しているのでしょうか】
同感だ。清乃もまだ二十歳、勉強と勤労に勤しんだ日はそれなりに食べるが、彼らの胃は別次元だ。
【カタリナ、逆だよ。しっかり食べないと腹と体重が減るんだ】
「意味分かんない」
「姉ちゃん、食欲が出るくらい動かないと、今はよくても十年後デブになるぞ」
「その食事量を続けてたら、十年後のデブはあんただよ」
「キヨはもう少し太ってもいいんじゃないか? 持ち上げたときに軽くて驚いた」
清乃はなんの話だ、と訝ったが初対面のときの話だとすぐに思い出す。ユリウスは逃げようと暴れる清乃を荷物のように小脇に抱えて運んでくれやがったのだ。
「そうだね。不審者に気軽に運ばれないためにも増量しようかな。誠吾、それひと口ちょうだい」
「ん」
弟の食べかけ肉、フライドチキンのようなものをかじる。想像より柔らかく、簡単に噛みちぎれた。
「柔らかくて美味しい。これ鶏肉?」
「カエルだって」
「!」
口の中身を吹き出しそうになった清乃を、少年ふたりがゲラゲラ笑う。
「そんな顔しなくても、ちゃんとした食用だよ」
「……食べる前に言ってよ」
ユリウスが千切って差し出してくれた固いパンを頑張って噛んでいると、カタリナが林檎ジュースを買ってきてくれた。
ユリウスとカタリナはいつも清乃の様子を気にかけて世話を焼いてくれる。
外から見たら、完全に歳上のおにいちゃんおねえちゃんに連れられた子どもではないか。適当な変装どおりの関係性だ。
誠吾も気づいたのか、隣に座る姉を見て可笑しそうに笑い出した。
その口の端に食べカスが付いている。おまえも同類だ。杉田家の恥を晒す前に、ハンカチで乱暴に拭き取ってやった。
姉の手を振り払う誠吾を、カタリナが微笑ましそうに見ている。
「海外旅行って初めてだけど楽しいものだね。就職したらお金貯めてまた来たいな」
「いつでも歓迎するよ」
陽光は温かいが、アッシュデールに吹く風は日本よりも乾いていて汗をかきにくい。
このベンチは清乃たちのような観光客向けに設置されているのだろうか。通りを見れば、他にも観光客らしき人々がたくさん歩いている。
今までは白人系というだけで現地の人なのかと気にも留めていなかった。ガイドブックを持っていたり、写真を撮ったりしているのは観光客だと思っていいだろう。
明日の王子成人の日に合わせて城下でもイベントがあると聞いている。それ目当てに来ている人が多いのだ。
その主役の王子がここにいるなんて、彼らはまったく気づいていない。




