平生
『王子様の無駄遣い』『王子様の独り言』の続編です。
最後までよろしくお付き合いくださいませ。
日本語で書かれている書籍ならとりあえず読んでみる。英語は昔から苦手。受験英語レベルだから、発音には自信がない。大学の第二外国語選択は、漢字ならなんとかなるかと思って中国語。アルファベットの並びよりはマシだけど、やっぱり発音でつまずいている。
そんな杉田清乃、二十歳。
大学二年間で必要な単位は取得済みのため、四月から無事三年生に進級する。
成績はそんなに悪くない。が、自堕落な生活を送っているため、寝坊を理由として何度か一限に遅刻している。そのために単位をいくつか落としている。来年度以降にも必修科目をがっつり残してしまった。
あれ? 大学ではそれを成績が悪いと言うのかも。
でもまあ、なんとかなるだろう。
今年度は少しばかり大変だったのだ。
大きな子どもの世話をするため、何度も大学とアパートを往復して疲れていた時期がある。
……言い訳である。
ごめんなさい。そんなのせいぜい一週間だった。すぐに冬休みに入ったから、学業に影響はほとんどなかった。
綺麗で可愛い、実弟よりも真っ直ぐに懐いてくれた王子様。
ユリウスのせいじゃない。
むしろ彼は、清乃をサポートしてくれた。
物を避けながら歩かなくて済むよう部屋を整え、寝過ごしそうな朝は声をかけて起こしてくれた。
自覚のないまま、その快適さに慣れた清乃が悪いのだ。
テスト日に寝坊ってどういうこと、あんた外見を裏切りすぎだよ、と友人には笑われた。
大人しそうな外見の女がちゃんとした人間とは限らない。
小さめの身体も童顔も生まれつきだから仕方ない。今時の若者らしく染髪しないのは面倒だからだ。楽な髪型、と美容院で注文した結果の短めボブスタイルは真っ黒、寝癖がつきにくい重さと縛る必要のない長さが快適だ。
世間体を気にしつつズボラを追求した結果出来上がった外見を見てちゃんとしてそう、と言われても期待には応えられない。
ユリウスも最初はドン引きしていた。
こんな部屋では暮らせない、と王子様が手づから掃除をしてくださったのだ。
(ごめん、ユリウス。君の努力を無に帰してしまった。許せ)
清乃は玄関の鍵を開けて郵便物を掴み、部屋に入った。
散らかっている。
今朝寝惚け眼で脱いだパジャマが、洗濯機に到着する前に力尽きて床に伏していた。頑張れパジャマ、もう少しで君の風呂にダイブできる。
今日は一日アルバイトで疲れたのだ。自炊する元気も残っていないから、帰りに牛丼を食べてきた。
洗濯物を拾うのは明日にしよう。
一刻も早く風呂に湯を張ってざぶんと浸かりたい。
清乃は手に持っていた郵便物をコタツに投げて、風呂に向かった。熱めのお湯をだばだばと浴槽に溜めていく。
コタツに入りたい欲求に勝てるくらいには暖かくなってきた。むしろ邪魔だ。そろそろコタツ布団は仕舞わなければ。しかし面倒臭い。
立ったままチラシを仕分けて資源ゴミ入れに突っ込んでいく。中に一通だけ封筒が混ざっていた。
「英語? Kiyono ……」
清乃宛ではあるようだ。番地も部屋番号も合っている。
裏返してみると、そこもアルファベットと数字が並んでいる。
差出人の名前を見る前から見当はついていた。
清乃宛にエアメールが届くなら、差出人はユリウス以外に思いつかない。彼の名前の綴りがYでなくJから始まることもちゃんと覚えている。
メールなら何度かやりとりしている。どうでもいい内容を解読しにくい話し言葉英語で送ってくるフェリクスと違い、ユリウスは読みやすい教科書的な英文を送ってくれるのだ。
気遣いできる、語学力高い、いい子、褒めて頭を撫でてやりたい。
いい子のユリウスが、メールでなく手紙を送ってきたのは何か意味があるのだろうか。
何やら高そうというか特別製感のある封筒に、封蝋印が押されている。実物を見たのは初めてだ。オシャレ。
封蝋はこのままにしておこう。ハサミはここしばらく使っていないから、ユリウスが机の上の文房具入れに差しておいてくれたままだ。中の手紙を切らないよう、端をそうっと切ってみる。
便箋に書かれていたのは、当たり前だが日本語ではない。
ユリウスは日本語が堪能だが、書くのは難しいと言っていた。仕方ないときにはローマ字を使う。これがまた読むのに時間がかかるのだ。簡単な英語のほうがまだマシ。
清乃は気合いを入れて、メールよりも長い英文に挑戦することにした。長いといっても、風呂の湯が溜まる前には読めそうな量だ。
「えっと……元気ですか、はい元気です。四月三日は私の誕生日です、へーおめでとう。……」
分からないものもあるが、ほとんどが中学レベルの単語だ。拾い読みすれば、英語が苦手な日本の大学生でも概要が掴めた。
「…………まぁ、じぃ、かあ……」