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ゴミ箱

作者: 南 翔

ああ、そこのあんた。そう、ベンチで寝転んでるあんただよ。

何きょろきょろしてるんだ、俺はここだよここ。すぐ足元にあるゴミ箱だよ。


ああん? なんだゴミ箱がしゃべっちゃいけねえっつうのかよ? 今じゃお月さんを隠すようなあんな高いビルが建つ時代だ、俺っちがしゃべってもおかしかねえだろ。


……ああもう、安心しろ。別にあんたは狂っちゃいねえよ。取って食おうってわけじゃねえんだからさ。ちょいと話を聞いてほしいだけだ。


こんな夜中にこんな所で酒なんか飲んでちゃ、せっかく整えた化粧がパァだぞ。一つ俺っちの笑い話でも聞いて落ち着いたらどうだい。





昼頃はお子様でそれなりににぎわうこの公園だが、だからといってそれ以外が来ちゃいけないって理由はねえ。だからそれこそ中学生から爺さん婆さん老若男女分け隔てなくさ。


そして夕方過ぎ、日が暮れようとする頃だとこの公園、人気が少なくなるんだよな。

そんな頃合を見計らってか、緊張した面持ちの制服着た嬢ちゃんがそこの遊具に寄りかかってたのさ。

それで俺っちはピーンときた。そりゃ何度となく同じような光景は見たことあるからな。

つってもいまどき珍しい気もするが。


しばらくしてラフな格好した兄ちゃんが現れて、あ、こりゃ大当たりだなってワクワクして様子を見てたら、なんとその嬢ちゃん、いきなり兄ちゃんに便箋渡して逃げちまいやがんの。

信じられるかい?

兄ちゃんのほうは何がなんだかわかってない様子で便箋渡されてから間抜けにポカーンと口あけたまま呆けててな、その顔がおかしいのなんのって。


今時お熱い子もいらっしゃるようで、なんて茶化してたらしばらく日が経ったら手なんかつないでやんの。

単純だよねー○校生っていっても。





といっても若い頃なんて恋多き時期だろうし、なんとなくだったり凄い喧嘩なりで簡単に別れちゃうんだよね。

たまにそんな別れ方したのに友達として仲よさそうに歩いてる人間までいるんだから驚きってもんさ。



でまあ、さっきの二人にもそういう時期が来たんだろう。

ひでえことに、兄ちゃんが嬢ちゃんの渡した便箋、わざわざ目の前で破り捨てて俺っちに放り込んだのよ。

もー勘弁してくれと思ったねあん時は。

それで兄ちゃんのほうニヤニヤ笑ってんの。

こりゃ本気だと思ったら嬢ちゃん逃げ出しちまって、わざわざこんな演出した兄ちゃんが上ちゃんが走り去る前からなぜか泣き出してやんの。

で、今のあんたみたいにベンチで寝転んでぶつぶつ言ってやがんのさ。

仕方なかったこれでよかったって。

どこをどうみたらあれがハッピーな出来事なのかわからなくって噴出しちまったよ。

俺が話しかけても気づかないでやんの。

失礼な話だと思わないかい?



で、赤ん坊連れたおばちゃん方が色々話を持ってきてくれるわけよ。

なんでもどっかの家の親父さんが飲酒運転で子供轢いちまって、しかもひき逃げだって言うじゃねえか。

もしあんたが察しがよかったらもう気づいてるんだろう? そう、あの兄ちゃんの親父さんだったのさ。

2週間くらいかな、おばちゃん達の会話じゃ一度は出てきたぜ。

引っ越したらしいって言うのにいったいどこから情報集めて来るんだか。

ああいうのを警察は雇うべきだと俺っちは思うね。



想像するに、あの喧嘩別れはその親父さんの件があってのことだったんだろうよ。

一緒にいるとどうしても嬢ちゃんにも奇異の目がいくだろうからな。




それから嬢ちゃんは、知ってか知らずか、このベンチに座って、何をするでもなく、ただ座っていることが多くなった。

いっつも小○井のコーヒーのパック、俺っちに捨ててったっけな。

ごみをきちんと捨てることはいいことだ。





……遠まわしに言うのもやめておこう。

そうやってあんたは卒業し、この町で職を見つけてまだここに通ってる。まあ、コーヒーも酒に変わっちまったわけだが。


あんたは知らないだろうが、あんたらが喧嘩したあの日の夜、兄ちゃんまたここに来たんだよ。で、破り捨てた便箋、拾って持って帰ったのさ。


周りを気にしながらゴミ箱をあさってる兄ちゃん、なかなか面白かったぜ?



「……だからなんだって言うの」



そういう顔するもんじゃねえっての。あんた知らねえだろ。あんたがあの日よりかかってた遊具の裏、見てみろよ。





もちろん俺は何が書いてあるかは知らないが、手紙をとりに戻ってきた兄ちゃんが何か書いていたのを見たのだ。

遊具内で光るケータイの明かりがある一点で止まり、しばらくして静かに泣き声が聞こえてきた。

ここで「なんて書いてあったんだ」なんて聞くほど俺っちは馬鹿ではないつもりだ。だが、ある程度想像はつく。

おばちゃんが、子供に、悪いことをしたらこう言えって叱ってるのをよく見るからな。一言、ごめんなさいって。



ようやく収まったのか嬢ちゃんはゆっくりとした足取りでベンチに帰ってきた。



「なんかね……いろんな人と付き合ってみても、どうしても彼のことばっかり浮かんじゃって」



まあゆっくり吐き出せばいいさ。俺っちはゴミ箱だからな。




気が済んだのか、嬢ちゃんはビール缶をゴミ箱に捨てて、

「聞いてくれてありがと」

と言って歩き去る。





おじさんの話を知ったのは喧嘩のすぐ後だったから、ところどころは私の想像でしかないけれど、優しかった彼はきっと凄くつらかったと思う。


あの日、私は呆けたまましばらく歩き回り、知らず知らずのうちにまた公園にやって来ていた。


そして遊具から出てくる彼を見つけ、彼が去るまで隠れていた。しかしゴミ箱からあの手紙がなくなっていたのに気づいた私は、急いで彼の自宅へ走ったが、まだ家に帰った様子はなく、その後何度会いにきても突き放されるだけで顔を合わせてくれることはなかった。時にはひどい言葉を浴びせられることもあった。


それに耐えられなかった私は、ついに彼が引っ越してしまうまで一度も会うことができなかったのだ。あの遊具の言葉も怖くて読む気に慣れなかった。子供だったことを言い訳にはできない。


だけど、もし次に会うことがあったら、そのときはてこでも動いてやるものか。


「いつかまた必ず会いに行く」


私は謝罪の言葉の後に続いていたあの言葉を信じる。


彼に再び会ったとき、強い私でいられるよう決意し、私は公園を後にした。


ご一読ありがとうございました。

小さなラクガキってなかなか無くならないものですね。

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