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魔女が捨て子を育てた結果 ~10年後、うちの下僕が人類最強になり過ぎまして…「申し訳ございません、主。エンペラー・ドラゴンを倒すのに10分も手こずってしまいました」「あっはい」~

作者: KK



「おや? こんなところに子供が一人ぼっち……捨て子かな?」


 魔女と捨て子の出会いは、森の中だった。

 昼間だというのに真夜中のような暗闇に包まれた樹海にて――その日、魔女のメリィは、地面に倒れ伏していた一人の子供を発見した。

 少年である。

 着ている服は泥だらけの穴だらけ。

 ボロボロで、ただでさえ着心地の悪いだろう麻布のそれの見栄えを、更に悪くしている。

 纏っている少年も、見るからに衰弱している様子だ。

 やせ細って、骨と皮だけに近い体。

 顔は横を向いて、半分地面にうずまっている。

 くすんだ眼光は生命力の希薄さを表しているようで、命の危機に瀕しているのは明らかだ。


「どうしてこんなところに子供が……まさか、生贄に捧げられた?」


 その少年を見下ろし、メリィは纏っている黒いローブのフードを下ろす。

 長い銀色の髪がさらりと流れ落ちた。

 闇の中にあっても、まるで光を放っているかのように美麗に輝く銀色の髪。

 その下の、まだ若々しく、そして少女のような丸い双眸が、死に掛けの少年を見下ろしている。

 特に悲痛さも、嫌悪感も覚えていない眼差しで。


「ねぇ、君。この森の西の村の出身? あそこ、凄く貧乏な村だから、もしかして飢饉に襲われたとか?」

「………」


 メリィが問い掛けるが、少年は何も言わない。

 最早、喋るだけの力も残っていないのかもしれない。

 しかし、何はともあれ、可能性があるとしたら西の村だ。

 あの村では、飢饉に襲われたり天災に見舞われたりすると、どうにかしてくれと神様に助けを求めて生贄を捧げる風習がある。


「言ってくれれば、手助けくらいはするのに」


 まぁ、村人達にしてみれば、魔女なんてモンスターや悪魔と同類――忌避される存在だ。

 魔女に手助けを求めるくらいなら、神様に縋る方が正常な判断なのだろう。

 メリィは、嘆息を漏らしながら呟く。

 そして、膝を折ってしゃがみ込むと、少年の頭を突いた。


「おーい、生きてるかい」

「………」

「君も大変だね。まさか生け贄に捧げられちゃうなんて」

「……違う」


 そこで、少年は唇を動かした。

 弱々しい声だった。

 耳を欹てないと、虫の羽音にも掻き消されそうなほどの掠れ声である。

 やはり、今にも死にそうな声だ。


「……イケニエ……じゃない」

「え、じゃあまさか行き倒れ? それとも、森で遊んでいて迷い込んじゃった?」


 メリィは、まるで世間話をするように話しかける。

 と言っても、そんなわけがないのは、彼女もわかり切っている。

 この森は、魔女の森と呼ばれ、周辺の村の人間達に恐れられている。

 怖がって、近寄ったりするような者はまずいない。

 大人がそうなのだから、子供なら尚更遊びに来るなんてことはしないだろう。

 そんなメリーの疑問に対し、少年はゆっくり答える。


「……口減らし……捨てられた」

「あー……なるほど」


 単純に、貧乏だから捨てられたのか。

 体が小さく弱く、他の兄弟に比べても仕事ができないとか……見たところ、そんな理由だろう。


「さて……どうしようかな」


 事情はわかった。

 それに関しては納得したので、別にいいのだが。

 メリィは、少年を見下ろしながら、独り言を呟く。


「……やせ細ってボロボロで、自分の力でまともに立てないような子供。別に見捨ててもいいんだけど、拾って育てて、下僕にしてもいいかも」


 何分、人手はあるに越したことはない。

 メリィ自身、その数百年の人生の中で、人間を下僕(しもべ、使い魔とも言う)にしたことは一度も無い。

 というか、ほとんど独りぼっちで生きてきた。

 身の回りの世話をする下働きが手に入るのは、損ではない。


「どうしようっかなー、拾おうっかなー……でも、本人の意思は尊重しなくちゃいけないしなー」


 メリィは、少年に語り掛ける。


「ねぇ、君はどうしたい?」

「………」

「このまま野垂れ死ぬか、魔女の奴隷として一生を過ごすか。もし、下僕になる気があるなら助けてあげる。その代わり、逃げ出したり逆らったりしたり、私の機嫌によっては酷い目に遭わせちゃうかもしれない」


 メリィは魔女である。

 若々しい見た目に反し、実年齢は数百歳になる。

 そんな長い生涯の、ほんの一瞬の間の下働きとして、この子供を使うという提案をしているのだ。


「場合によっては、ここで死んだ方が幸せかもしれないけど、どうする?」

「………」


 問いかけるメリーに少年は、数十秒の沈黙を挟んだ後――。


「……僕には……もう、帰る家が……ない……」


 子供は、力を振り絞り、答える。


「……家族もいない」


 少年の、くすんだ片目がメリィを見上げる。

 その網膜が、メリィの銀色の髪を反射しているのか。

 少しだけ、輝きを宿しているような気がした。


「……魔女様が……僕の……家族になってくれますか」

「………」


 家族。

 その言葉に、メリィは思わず苦笑を浮かべる。


「家族じゃなくて、下僕だよ」

「……わかりました」


 少年は言う。


「……魔女様の……げぼくにしてください」

「じゃあ、契約だね」


 普通なら、ここで魔法を使った契約術式でもするところだが――面倒臭いので、メリィはそれだけ言って、少年を地面から抱き起こす。


「じゃ、まずは家に行こうか」


 メリィは軽く呪文を詠唱する。

 すると少年の枯れ枝のような体が、ふわりと宙に浮かんだ。

 浮遊の魔法――この状態で、家まで運ぶつもりなのだろう。


「働く前に死なれちゃ意味が無いからね。まずは、元気になってもらわないと」

「……ありが……とうございます」


 そこで、少年は呟く。


「この、ご恩は……絶対に……僕……魔女様を守ります……守れるくらい、強くなります」

「え?」


 突然、少年の口走った発言に、メリィは意味が分からず聞き返す。


「村じゃ……魔女は危険な存在だって……」

「………」


 少年の言う通り、国内では魔女狩りを支持する者達も多い。

 メリィの命を狙う者も、少なからずいる。


「僕が……魔女様のしもべとして……魔女様を守る……戦士になります……魔法の使い方を、教えてください……」

「……あはは」


 メリーは、思わず笑ってしまった。

 死に掛けの子供が、何を戯言を言っているのか。

 人間の子供がそこまで強くなれるわけがない。

 魔法なんて使えるのは、本当に才能がある者だけだ。

 単なる妄言。


「………」


 けれど、その時メリィは、少年の純粋な言葉と眼差しを、とても眩しく感じた。


「君、名前は?」

「……カイゼル」

「カイゼルね、言ったからには約束は守ってもらうよ。期待はしないけどね」


 数百年の孤独を生きる魔女は、こうして人間の捨て子を気紛れで拾い、下僕とすることにしたのだった。

 切っ掛けは、あくまでも暇潰しだった。




 ■□■□■□■□■□■□■□




 ――10年後。




 ■□■□■□■□■□■□■□




「………」


 メリィは、目前の光景を呆然とした表情で眺めていた。

 半壊した山の斜面。

 燃え盛る木々と、融解した岩肌。

 そして眼前には、巨大な魔獣がいる。

 数千の鍛錬を積んだ兵と、数千の才覚ある魔術師が軍を組み、やっと渡り合える伝説のモンスター。

 歴史に名を残す魔獣の始祖の一種であり、天空の覇者――ドラゴン。

 そのドラゴン族の中でも、傑出した戦闘能力を持ち他のドラゴン族とも一線を画す稀少の血族。

 灼熱の業火を吐き、山脈も食い千切る牙を持つ、その名も、エンペラー・ドラゴン。

 そんな――エンペラー・ドラゴンの亡骸の、頭部の上に立つ青年が一人。

 大した防具も纏わず、その手には無骨な剣が一振り。

 引き締まった肉体に、端正な顔立ちの青年は、まるで数十年も修羅場を潜り抜けて来たかのような威圧感と歴戦の強者じみた眼光を宿しながら――。


「申し訳ございません、(あるじ)


 自身が屠ったエンペラー・ドラゴンを足蹴にし、メリィに謝罪する。


「エンペラー・ドラゴンを倒すのに、10分も手こずってしまいました。伝説の魔女の下僕として情けない」

「あっはい」


 あれから10年。

 ……うちの下僕、ちょっと意味が分からないくらい強くなってしまいました。




 ■□■□■□■□■□■□■□




 ―― 魔女が捨て子を育てた結果 ~10年後、うちの下僕が人類最強になり過ぎまして……~ ――




 ■□■□■□■□■□■□■□




「えーっと……あのー、そのー」


 険しい山の麓に広がる、深い森の中。

 そこに、木造で作られた小さな家がある。

 数百年を生きる魔女、メリィの家だ。

 厳密には、メリィの母親やお婆ちゃん――一族が代々暮らしてきた家。

 つまり魔女の家系の家である。


「……まさか、本当に倒しちゃうとはね」


 家の中。

 様々な薬草や、怪しげな調度品。

 呪術や魔術に使うようなアイテムが、小奇麗に整頓され置かれた室内。

 椅子に腰掛け、軽食を嗜む二人の姿があった。

 片方は、メリィ。

 そして、もう片方は。


「申し訳ございません。不甲斐ない戦い方をお見せしてしまいました」


 彼女の下僕、カイゼルである。

 メリィが彼を拾ってから、10年の月日が流れた。

 今のカイゼルは、拾った当初の痩せ細った死にかけの子供の姿ではなく、すっかり精悍な青年へと成長を遂げていた。

 いや……ただ成長しただけではない。

 全身を引き締まった筋肉と骨格で構成された、逞しい姿になっていた。

 まだ10代の若い青年でありながら、まるで歴戦の戦士のような強者のオーラを纏っている。

 反し、その顔は端正な作りで、もしも都会の街中を歩いていれば、20人中20人の乙女が振り返ることだろう。

 そう……あれから10年。


 ――下僕として拾ったカイゼルは現在、ちょっと意味が分からないぐらい強くなっていた。


 天空の覇者、エンペラー・ドラゴンを単騎で屠れるほどに。

 それこそ、彼がかつて言った『強くなる』という約束を、果たしたかのようだった。

 ……いや違う。

 そんな呑気な話ではない。

 もはや、人間という枠組みでは収まらないほど、彼は強くなりすぎているのである。


(……どうしてこうなった)


 それに関してはメリィ自身、カイゼルに理由を聞いたり、色々と分析したりはしたのだが……もう、「頑張ったから」「努力しかから」と言っておくしかないのである。


『伝説の魔女に相応しい下僕となるため、日々鍛錬を惜しまず、己を磨き続けるよう心がけています』


 ……とのことです。

 明らかにおかしいのはわかっているのだけど、今日までそれで普通に生活をしてきているので納得するしかない。

 受け入れるしかない。

 それでも、やはり突っ込んでいたらきりがないような言動をすることが多いので、目を離せないのも実情だが。

 閑話休題。


「さてと、それじゃ早速だけど街に行こうか」


 エンペラー・ドラゴンとの戦闘を終え(戦ったのはカイゼルだけど)、軽い食事を挟んだ後、メリィは椅子から立ち上がった。

 そもそも、エンペラー・ドラゴンの素材は、メリィが懇意にしている貴族の依頼で採取したものだ。

 エンペラー・ドラゴンといえば、前述の説明の通り強力なモンスターである。

 まず達成するのは無理ゲーな依頼だろうとメリィは思っていたのだが、自分に挑戦させて欲しいと申し出てきたカイゼルに任せたところ、あっさりと倒してしまったのだ。


「面目ありません。今度こそ主の顔に泥を塗らないよう、瞬殺を決めてみせます」

「いやいや、エンペラー・ドラゴンを単独で倒せる時点でもうこの地球上の全生物の中でも最強クラスだと思うんだけど」

「俺を気遣って、そのように言っていただけてありがたい限りです。主はやはりお優しい」

「………」


 この10年の間、カイゼルはずっとこんな感じである。

 主であるメリーのことを、恐れることもなく忌避するでもなく、純粋に本心から慕ってくれている感じなのだ。


(……ただ、その慕い方が少し熱烈と言うか、言い過ぎと言うか、うーん……)


 ……話を戻そう。

 今回採取したエンペラー・ドラゴンの鱗は、メリィが仲良くしている貴族に届ける予定である。

 この貴族は、メリィの一族と持ちつ持たれつの長い付き合いで、現在の当主もメリィに色々と貴重な素材の採取や、薬品の制作を依頼しているのだ。


「さてと、じゃあまずは街まで行く方法だけど」


 メリィは、カイゼルを見ながら考える。

 この森から依頼主の貴族の住む街までは、結構な距離があるのだ。


「どうしようかなー、私一人なら、箒に乗ってビューンと飛んでいくんだけど……」

「主、心配に及びません」


 そこで、カイゼルが起立し、自身の胸に手を当てながら言う。


「主に迷惑をかけるなど、下僕として恥ずべきことです」

「下僕と名乗ることに関しては恥ずかしくないんだ……」

「何が恥ずかしいのですか。俺は主のもとで生きられることを誇りに思っています」


 真っ直ぐな目で言うカイゼル。

 そんな純粋な目で言われたら、照れてしまう。


「でも、実際問題どうしようか」

「お任せください。俺が主を背負って町まで走ります」

「え?」

「5分ほどで着くかと」

「え?」


 聞き返すメリィに、カイゼルは真面目な顔で頷く。

 皆さん、聞き間違いではなかったようです。


(……えーっと、もし普通の人間が走ったとしても、たどり着くまでに1日はかかる道のりなのですが……)




 ■□■□■□■□■□■□■□




 メリー達が住む魔女の森から、北東に数十里程。

 そこに、大きな街がある。

 四方を城壁に囲まれ、街中には運河が流れる、発展した大都市である。

 その街中に、広大な敷地を持つ大豪邸がある。


「本当に、ものの五分で来ちゃったよ……」


 目的地であるその豪邸を前に、メリーは判然としない顔で呟いた。

 走るカイゼルの背中に背負われて、ここまでやって来たメリィ。

 鳥や野生動物達が目を丸くしているのを尻目に、カイゼルは木々が蠢く樹海を駆け抜け、街道の整備されていない荒れた大地を飛ぶように走り、一瞬にしてこの大都市まで来てしまったのだった。

 ちなみに、カイゼルが昔住んでいた村はこの大都市とは逆の方向である。

 さて話を戻す。


「待ってたよ、メリィ!」


 屋敷の中へと通されたメリィ達。

 登場したこの豪邸の主である、長い赤髪にメガネをかけた男性は、そう叫ぶと勢いよくメリィに抱きついてきた。


「!」

「ちょ、ミラージュ!」


 その行動に、メリィは慌て驚く。

 一歩後ろの方に控えていたカイゼルは、絶句していた。


「あはは、ごめんごめん、メリィの顔を見たらつい、ね」


 そう軽い感じで笑う彼は、この豪邸の主であるミラージュ・アルバレット。

 大貴族、アルバレット家の現当主である。


(……いや、本当に気を付けてほしいんだよね)


 メリィは、恐る恐るといった感じで後ろをチラ見する。

 案の定、カイゼルが物凄い顔でこちらを睨んできていた。

 厳密には、ミラージュを睨んでいる。

 ゴゴゴゴゴゴ……と聞こえる地響きのような効果音は、きっと錯覚ではない。


「はい、これ」


 メリィは早速、持ってきたエンペラー・ドラゴンの鱗をミラージュに渡す。


「おお、これが」


 受け取ったミラージュも、驚き目を丸めて、深紅色に輝く掌程の大きさの鱗を眺めていた。


「まさか、本当にエンペラー・ドラゴンの鱗を採取してくるとはね。流石、伝説の魔女の名を継ぐ者だ、メリィ」

「あはははは……」


 実際に倒したのは、カイゼルである。


「これは早速、王城に献上しよう。強力な武器や鎧を作れそうだよ」


 鱗の詰まった大袋を使用人が運んでいく。

 それを見送りながら、ミラージュは満足そうに言った。


「それはよかった。じゃ、依頼は無事終わったという事で。王族側にも、よろしく言っておいてね」

「あれ? もう帰るのかい? せっかく、ご馳走も用意しているのに」


 お言葉に甘えたいところだけど、これ以上カイゼルを不機嫌にするわけにはいかない。


「じゃあ、玄関まで見送るよ」


 メリィ達は、足早にミラージュの屋敷を後にすることにした。


「あ、そうだ」


 玄関を出ようとしたところで、ミラージュが何かを思い出したように言った。


「帰り道、気をつけてね」

「え?」

「最近、魔女の命を狙う連中が街中に出没し出してるっていう噂だ。一部の、魔女を恐れる連中の息が掛かった傭兵や、魔女を倒して名声を得ようとしてる荒くれ者達がいるらしい。まぁ、君の相手ではないかもしれないけど、気をつけてね」

「ご忠告ありがとう」




 ■□■□■□■□■□■□■□




 メリィ達はミラージュの豪邸を後にし、帰路へと着いた。


「主、本日は街中を見て回らず、もう家へお帰りになるのですか?」


 ミラージュの家を出てしばらく歩いた後、カイゼルがメリィにそう問い掛けた。


「うん、ミラージュも言ってたけど、なんだか怪しい連中が私の命を狙ってるみたいだからね」


 本当は色々、新しいポーションや薬草とかが売りに出されていないか、見て回りたかった。

 いつもは、街にやってきたらそういったウィンドウショッピング的なものもしたりするのだが、今回は仕方が無い。


「……不届き者は、後を絶ちませんね」

「だねぇ」


 まあ、それこそ仕方がないことだ。

 メリィは伝説の魔女の血族で、貴重な素材やポーション、魔術アイテムなどを作成して、密かに人間社会に提供をしている。

 ミラージュ達アルバレット家が窓口になっていて表沙汰にはなっていないが、その功績は知る者にはしっかり知られているのである。

 彼女の仕事をありがたがる者達がいる一方、大半の人間からは危険な存在だとも思われているのも事実だ。

 そして、その中の更に一部には、過激な思想の者達もいる。


「何はともあれ用事は済ませちゃったんだし、早く家に帰ろう」


 メリィが、「おー!」と元気良く腕を突き上げた。

 そこで。


「……おや?」

「主」


 カイゼルも気付いたようだ。

 周囲から人の気配がなくなっている。

 まるで、ここにメリィ達が通り掛かるのを待ち構えていたかのように、通行人達がいなくなっている。

 そして、その代わりに、物陰からぞろぞろと数人の男達が現れ、メリィ達を取り囲い始めた。


「魔女だな」


 厳つい外見の、見るからに荒くれ者といった感じの男達である。

 その中の一人が、メリーを見て言う。


「あちゃー、噂をすればなんとやら……」


 どうやらこの男達が、ミラージュの言っていた過激派の差し金、らしい。

 男達は、それぞれ武器を取り出し、構える。


「魔女、お前を狩れば報酬が出る。名も売れる。悪く思うな」

(……そんな理由を説明されて、悪く思うなって言う方がおこがましいと思うけど)


 そう内心で突っ込みながら、メリィは自身も臨戦態勢に入る。

 魔法を発動するため、コンセントレーションを高め始める。

 しかし、相手も数が多い。

 これは少し、骨が折れるかもしれない……。

 そう思っていると――。


「主」


 メリィを守るように、彼女の前に立ちはだかったのは、カイゼルだった、


「なんだ、護衛を連れてたのか」

「護衛などという大層なものではない。俺はこの方の下僕だ」


 はっきり、馬鹿正直に名乗るカイゼル。

 その言葉を聞き、男達は見るからに油断した表情になった。


「つまり、魔女の使い魔か。人間の使い魔なんて珍しいな」

「おい、色男、大人しく下がってろ。まさか、お前一人で俺達をどうこうできるとでも思ってるのか?」


 確かに、状況は多勢に無勢。

 こちらがメリィとカイゼルの二人なのに対し、向こうは取り囲むように十数人の徒党で来ている。

 常に全方位に注意を向け、波状攻撃を仕掛けてくる多数を相手にするのは、普通の人間なら難しいところだろう。

 そう――普通の人間なら。


「はっ!」


 その瞬間、カイゼルが吠えた。

 裂帛の気合を表す咆哮か?

 いや、違う。

 その瞬間、カイゼルを中心に、見えない衝撃波のようなものが広がり、周囲を囲んでいた男達を一瞬にして吹き飛ばした。

 無論、メリィには影響は全くない。

 ぶっ飛ばされた男達は、壁や地面に体を思い切り叩きつけられ、皆あっという間に昏倒させられた。

 あまりにも刹那の出来事。

 常人には、何が起こったのか理解できなかっただろう。

 ……メリィにも、何が起こったのかわからなかった。


「身の程を知れ三下ども。貴様らの相手など俺一人で十分だ。主の手を煩わせるまでもない」


 両目をぱちくりとさせて停止しているメリィの一方、カイゼルがそう決め台詞を放っている。


「な、なんだ、今のは……」


 男達の中の一人が、首を起こし疑問を呈する。

 相当なダメージを受けているようで、体も震えている。


(……うん、それは私も聞きたい)

「まさか、魔法……」

「今のは、魔法ではない」


 そんな男(と、メリィ)に、カイゼルは解説する。


「俺の持つ魔力を思い切り体外に放出し叩きつけただけだ。俺には魔法の才能がない。そんな俺のために主が教えてくれた、戦うための技術だ」

(……え、なにそれ、教えてない、知らん、こわっ)


 いつのまにかよくわからない技を習得してるよ、このしもべ。


「いや、カイゼル。私、そんなこと教えた記憶ないんだけど……」

「いえ、主が俺に教えてくださったのです。俺には魔法の才能がない。魔力を生み出せるだけだと。だから、その言葉をヒントに魔力を駆使して戦う技術を身に着けました」

(……助言したことになってた)


 人は誰でも魔力を持っている。

 しかし、魔法を使う才能を持っているのは、一握りだ。

 言うなれば、火を燃やすための燃料、『油』は誰しもが生み出すことができるが、それに火を点けるための『火打石』は限られた人間しか持っていない、という事である。

 10年前、彼を拾った時から今日まで共に過ごしてきたが、確かにカイゼルには魔法の才能が無い。

 ……まぁ、最早そんな事はどうでもいいくらい強くなってしまったのだが。


「なんだ、そりゃ……」


 男は結局意味が理解できなかったのか、そう呟いて気絶した。

 本当、その通り。

 何はともあれ、カイゼルのおかげで襲ってきたならず者達を退治することができた。


「では、行きましょう、主」

「あ、うん……あれ?」


 そこで、メリィが気付く。

 カイゼルの右腕――前腕の真ん中あたりに、切り傷が出来ていることに。


「カイゼル、怪我してるよ。もしかして、今の戦闘で?」

「いえ、エンペラー・ドラゴンとの戦いで負った傷です」


 腕を持ち上げ、無表情のままカイゼルは言う。


「……ちょっと見せて」


 対しメリィは、ローブの内側――そこに潜ませていた、ガラスの細瓶を一本取り出す。

 コルクで栓がされた、青色の薬液の詰まった細瓶。

 これは、メリィが作成し、そして常時携帯しているポーションの一つである。

 この青いポーションは、治療薬だ。


「主、俺なんかに貴重な薬を――」

「いいから、見せて」


 メリィはカイゼルの傷に、ポーションを垂らす。

 瞬時、血は止まり、傷は塞がり、元通りとなった。


「……主、迂闊だったのは俺の責任です。下僕にこのような事をしていただかなくても」

「いいのいいの、いつでも作れるから」


 そう言って、メリィは歩き出す。


「……はぁ」


 と同時に、小さく溜息を吐いた。

 今のように、カイゼルは自分の事を顧みないことが多い。

 だから、時々心配になるのだ。




 ■□■□■□■□■□■□■□




「………」


 先を歩くメリィの背中を見ながら、カイゼルは思う。


 ――主は優しすぎる。


 幼い頃、カイゼルを拾ったメリィは、彼を自分の家へと連れていった。

 そしてメリィは、カイゼルに食べ物を与え、寝床を与え、下僕と呼びながらも、普通の家族のように扱ってくれたのだ。

 カイゼルは、魔女が恐ろしい存在だと思っていた。

 そう、少なくとも捨てられるまで、周りの大人や家族も、そう話していたからだ。

 何が恐ろしいものか。

 食料を奪い合い、互いを虐げ合うあの村の人間達よりも、自分を捨てた家族よりも、カイゼルにとって魔女は、何よりも優しい存在だった。

 自分は、彼女を守らねばならない。

 下僕として、使い魔として、家族として。

 命に代えても。

 10年前から今日まで、その想いは一切変わらない。

 彼女は優しすぎる。

 その優しさに付け込まれないか、心配なほど。

 彼女の命を狙う者も多い。

 彼女のもたらす利益を、利用しようとする者もいるだろう。

 彼女を守るため、彼女の為に強くなる鍛錬を、カイゼルは今日までずっと積んできた。

 北に魔獣が暴れているという話を聞けば、行って挑み。

 南で荒くれの山賊達が村を襲っていると聞けば、行って討伐し。

 生死の瀬戸際を常に味わうような戦いも、血の滲むような鍛錬も、辛いと思った事は一瞬も無い。

 むしろ、常に飢餓感を覚えるくらいだ。


 ――主。


 いつまでも、自分が傍で守り続けたい。

 そのためには、今の百倍……いや、千倍強くならなければ。

 ……少なくとも、今のように簡単に傷を負って、主に未熟だと思われないようにしなければ。

 振り向きざまに彼女が漏らしたのは、失望の溜息だろう。

 もっと、もっと強く――。

 そう、メリィの知らないところで、カイゼルは彼女の為に、今日も強く強く決意を固めるのだった。


「主、家まで走りますので、俺の背中に乗ってください。今度は、4分で到着してみせます」



 お読みいただきありがとうございました。

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[一言] えっ、ちが、、、 そうじゃない、カイゼル、、、! と、ツッコみたい下僕が良い!
[良い点] 面白かったです!ぜひ続きが読みたいです!
[一言] とても可愛らしかったです
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