私は天使ですが、王子殿下を推しているので令嬢との恋を邪魔して彼と幸せになります。
『やあ、天使エミリ。いつもご苦労さま。さて、一つお願いしたいことがあってな』
「はい、何でしょう?」
ここは精霊界と呼ばれている場所。
私の目の前に立っているのは偉大なる精霊神さまだ。
人間の若い男性のようなお姿で純白の衣を身につけておられる。
『この人間のことなのだが』
精霊神さまが手をかざされると、映像が現れた。
その映像には、精悍な顔つきの男の姿が映っている。
『実はこの人間、国王なのだが心を病んでいてな』
「何があったのですか?」
『それは直接本人から聞いてくれ。このままでは間もなく王国は破滅してしまうだろう。君には、それを阻止してもらいたい』
私はふと浮かんだ疑問を口にする。
「人の世に干渉するのですか?」
『この国が滅ぶとなると色々めんど……ではなくて、影響が大きくてな」
戦争が起きて大量死が起きると、魂の交通整理など色々忙しくなる。
避けたいという気持ちはなんとなく分かる。
『天使エミリ、君に過去戻りの魔法を授けよう。これをうまく使って元気づけてやって欲しい』
過去戻りの魔法。
それは、人の意識を過去に飛ばし異なる人生を歩ませるための魔法だ。
「なるほど。その魔法を使い、彼をリア充にすればいいんですね」
『リア充……』
「違いますか?」
『微妙に違うような。いや、あっているのか?』
「この男性は、すごく顔立ちも整っていますし、私好みです。推しにしたいくらいですね」
『推し……』
「是非、引き受けさせてください!」
『お、おう。天使としての性分を忘れるでないぞ』
「はい!」
精霊神さまは、滅多に見せない不安げな表情をされたように見えたけど、きっと気のせいだよね、うん。
私は天使として生を受けた。
それより前は何をしていたのか?
覚えていないから、最初から天使だったのだろう。
私の一番古い記憶は、目の前の精霊神さまと会話を交わしたことだ。
『やあ。エミリ。気分はどうかね?』
「ここは……? あなたは?」
『ここは、精霊界。全ての魂が集うところだよ。我は一応、ここに住む者の中では一番偉い。皆からは神と呼ばれている。其方の身体を創造したのも我だ』
私に与えられた身体は、美しい女性のもの。
背中には白い羽が生えていて、頭上には輝く光輪が浮かんでいる。
歳は二十代半ばだろうか。
他の天使に比べて華奢で、出るところはそれなりに出ているし、透き通った白い肌に、整った顔立ち。
十分だと思ったけど、もうちょっと胸は大きく、腰は細いといいのに——。
『それは贅沢というものだ』
「あっ。ご、ごめんなさい」
精霊神さまには考えていることが全て筒抜けのようだ。
『まあよい。これから様々な天使の勤めを行って貰う。うまくいったらご褒美をあげよう』
たしか、そう言っておられた。
——あれ?
確かにそう精霊神さまが仰ったのは覚えているのだけど一度もご褒美などいただいたことがない。
また精霊界に戻ったら聞いてみよう。
かくして、私は地上に舞い降りる。
すぐに映像で見た王城の執務室に転移する。
執務室は一見、清潔に保たれているようだ。
しかし、部屋は殺風景で、本も置いてなければ大きな机の上には何もない。
王は、その広い部屋の片隅の……床に膝を抱えて座っていた。
なぜ床?
「あの、初めまして……?」
「……」
背中に羽があり、光輪が頭の上にあり、その身体に光のオーラを纏った私が現れても王は無反応だった。
彼の年齢は二十代後半から三十代のはずだけど、もっと上、五十代にも見える。
頬はこけ、目の下にはクマがあり覇気もない。
様子から察するに殆ど何も食べていない様子だ。
んん?
確かに面影があるものの、映像で見た素敵な王の姿はどこにもない。
おじいさんのように老け疲れ果ててしまった男の人、それが今の王だった。
推しにするほどの魅力は欠片もない。
ちっ。
精霊神さま、私を騙しましたね……。
でも、ぼやいても仕方ない。
とにかく話しかけてみよう。
「あの?」
何度か声をかけたが、彼は返事をしなかった。
どう考えてもこんな派手な私を無視とは……。
ここまで意思が強いとは、なかなかやりますね。
仕方が無いので、今日は諦めて明日来てみることにした。
翌日——。
「こんにちは? 顔を上げて、私を見てくださいませんか?」
少し声を張り上げてみた。
すると王の顔がピクリと揺れた。
私の声に反応を示したみたいだ。
「き……君か? …………いや……誰?」
私を無視するように、彼の視線と手が宙をさまよった。
相変わらず瞳の焦点が合っていない。
うわごとのように、何かを言っているけど聞き取れない。
仕方ないと思い、最後の手段をとる。
私は近づき、視界に入るようにしゃがんで、下から彼の顔をのぞき込む。
「あの? 私が見えますか?」
「…………。……?」
一瞬顔を見てくれたと思ったけど、すぐ逸らされてしまう。
私は声かけを続けた。
「話を、聞いてもらえますか?」
「て、んし……」
彼の瞳は曇ったまま、私の頭上を見上げた。
光輪に釘づけになったみたい。
「はい、私は精霊神さまより遣わされた天使です」
ようやく、彼と言葉を交わすことが出来るようになった。
やったー!
ちょっと嬉しい。
根気よく、声を伝えることに努めると少しだけ会話が進んでいく。
相変わらず彼の焦点は合わず、まともに私を見てくれないのだけど、口数は少しづつ増えていった。
「こんにちは」
「こ……んにち……は」
私の声が聞こえると、彼の表情が緩むのが見て取れた。
喜んでくれているらしい。
私は何度も何度も足を運んだ。
そのたびに、彼の様子は改善されていくようだった。
相変わらず瞳に変化がないけど、話を聞くうちに分かったことがある。
心を病んだのは、王妃殿下が原因であるらしい。
元々は貴族の令嬢だったようだ。
王妃殿下は病気により既に亡くなっている。
それが、王が心を病んだ原因だ。
病気を治すことができればいいのだけど……今回はそれをしないというのが精霊神さまの指示。
だとしたら、王妃殿下となる令嬢と出会わない人生を送れば、王が心を病むことは無いのだろう。
きっと、別の出会いがあるだろう。
解決方法が分かった。
あとは具体的な日時……王と令嬢が出会う日を調べればいい。
早速聞いてみる。
「こんにちは、王さま。つかぬ事を聞きますが、王妃殿下と出会ったのはいつですか?」
「あ、ああ」
彼の視線が下に落ちる。
「その人に会わなければ貴方はこのような辛い想いをしなくてもよいと思います。きっと、素晴らしい人生を送れるでしょう。いかがです? そんな人生」
「あ……ああ。それも……いいかも……しれないな……」
やや誘導してしまったけど、彼は前向きに考えてくれていそうだ。
「そうです。きっと、健全な人生を送れることでしょう」
「わかっ……た」
「それで、その女性と会ったときのことを覚えていらっしゃいますか?」
「……ああ、確か、あれは——」
王から出会いの話を聞く。
どうやら今から十年前、とある茶会の会場近くで令嬢と知り合ったそうだ。
道を聞かれた王(当時は王子)が案内をし、茶会で改めて再会。
意気投合し、それから仲を深めることになったらしい。
あぁ。
ささやかで、偶然の出会いって素敵ね。
たどたどしくも王妃殿下の話をする王は良い顔をしている。
彼女に会わない選択をさせることに少しだけ、心が痛む。
「わかりました。では、過去に貴方の意識を戻し、行動に私が干渉します。令嬢と出会わないように過去を操作しましょう」
「あ……ああ」
「さあ……十年をやり直すのです!」
どうだ! という感じで胸を張ってしまった。
上手くいくといいな。
手順としては、まず先に王の十年前以降の記憶を消す。
次に過去戻りの魔法で、王の精神を十年前に戻す。
当然そのままでは同じ結果になる。
そこで私の出番だ。
私も過去に行き、彼の行動に干渉し、令嬢と出会わないように仕向ける。
その結果、未来が変わる……。
さて、本番だ。
まず王の記憶を消し、過去戻りの魔法をかける。
魔法は正常に発動し、精神が十年前に戻ったのを確認した。
ここまでは問題なし。
そして、私は十年前の出会いの場所に転移したのだった——。
過去に戻り、出会いの日にやってきた。
無事に転移はできたけど、いつまでもこの世界にいることは出来ない。
制限時間があるのがやっかいなところだ。
私は、早速王とその結婚相手が出会う場所に移動する。
茶会が行われる会場の近くで、一人の貴族令嬢らしい女性が周囲をチラチラと見回しているのを見つけた。
道に迷っているようだ。
何かトラブルがあったのか、おかしなところで馬車から降りたのかな?
侍女も一緒のようようだけど二人して道が分からないらしい。
その先に、若き王——この時はまだ王子——の姿が見えた。
なかなかイケメンだし、とても元気そう。
今の彼なら、推せる!
……おっと目的を忘れるところでした。
令嬢は、この王子の結婚相手で間違い無いと思う。
二人の出会いを阻止するために、私はやってきたんだ。
付近にもう一人、ぼーっとした身なりの良さそうな男がいた。
彼も貴族の様子。
丁度いい。王子の行動を逸らせば、この貴族に道を尋ねることになりそうだ。
早速、王子の行動に干渉し、僅かに歩みを遅らせた。
——すると狙い通り、令嬢は貴族の男に話しかけるのが見えた。
「あ、あの、茶会の会場はこの先でしょうか?」
「ああ……それなら——」
やった!
貴族の男も茶会に参加するようだ。
案内するように歩き始めようとしている。
同じようにして茶会でも二人が会わないようにしていけば、勤めは達成できる——。
と、思ったのも束の間だった。
「おっと失礼、君は茶会が行われる館を探しているのかい?」
「えっ? は、はい。この方に案内してもらおうと……」
えっ。
え゛え゛ッ!
なんと、王子が令嬢と貴族の間に割り込んできた。
どうやって? いつの間に?
……なぜ?
「では、私が案内しよう。構わないな?」
「はい、ありがとうございます」
「君は、ここは初めてか——」
王子は、颯爽と令嬢の前に現れ、浚うようにして連れていく。
しかも、王子の方はやや頬を赤らめている。
瞳に熱がこもっている。
令嬢の方も満更ではなさそうだ。
「ええっちょっ、待っ……!」
茶会でも邪魔しようと思っていたのだけど……この様子だともう無理じゃない?
——予感は的中した。
茶会で何度王子に干渉しても、彼はそれを乗り越えて先ほどの令嬢に接近していく。
そして打つ手がなくなり、ついに二人は再会してしまった。
どう見ても、二人ともラブラブな雰囲気を周囲に振りまいている。
つまり……過去を変えられなかった。
くっ。
精霊神さま、ごめんなさい。
力及ばず失敗してしまいました……。
そして身体が透き通っているのに気付く。
制限時間に達したのだろう。
私は光の粒となって十年前の過去から現在へと戻っていく——。
失態だ。
勤めに失敗するのは初めてじゃないんだけど、これはへこむ。
いくらへこんでも、報告は必要だ。
以前と変わらないだろうし覚えていないのだろうけど、今の王に報告と謝罪をしなくてはならない。
最初に会った時のように、心を病み会話が難しい状態になっているのだろうか?
それでも、失敗しました、と伝えなくてはならない。
私は、沈む気持ちを奮い立たせ、以前王と会った王城の執務室に転移した。
「え? どうして……?」
再び王城の執務室に転移した時、私は息を飲んだ。
以前訪れたときと比べて、劇的な変化があったからだ。
机の上には書類の山が堆く塔のように積まれていて、王は忙しそうに書類をめくり、ひっきりなしに何かを記している。
「こんにちは?」
私が声をかけても反応が無かった。
仕事に夢中だったのだろう。
私が「お久しぶりです!」と声を張り上げてようやく王は顔を上げた。
「……ん? お前はだれ……エミリ!?」
ん? エミリ? 前は名乗らなかったのに、私の名をなぜ知っているの?
王はぽかんと口を開き手の動きを止めた。
彼からは覇気を感じ、瞳には明るく強い光が灯っている。
精霊神さまに見せて頂いた映像の姿そのものだ。
彼の瞳に吸い込まれそうになっていると、唐突に私の頬が熱くなる。
王には、憔悴しきっていた以前の様子は見られない。
逆に、彼は射貫くように私を見つめてきた。
次第に私の鼓動が速くなっていく。
同じルートを辿っていたはずなのに? なぜ?
いったい何が違ったのだろう?
「会いたかった!」
王は叫ぶと、立ち上がり私の元まで駆け寄っていらっしゃった。
そして、腕を回しぎゅっと抱き締めてくださった。
その瞬間、私は強く感じた。
彼の匂い、力強さ、温もりなど全てが懐かしいと。
腕に抱かれたのは初めてのはずなのに。
じんじんと目頭が熱くなる。
堪えきれず、言葉が漏れる。
「あなた——」
あらゆる思い出が、次々に頭の中に浮かんでいく。
天使に生まれ変わる前の出来事が、代わる代わる頭の中で再生されていく。
精霊神さまの声が頭の中に響く。
『天使エミリ、ご褒美です。天使になる前の記憶を貴方に返します』
その言葉通り、私の生前の記憶が全て蘇った。
私は貴族の令嬢で、茶会で会場に向かう時に道に迷ってしまう。
困っているところに男性がやってきて会場まで連れて行ってくださった。
そして、茶会にて再会。
彼は、なんと王太子殿下だったのだ。
そして彼と結婚し、やがて私は王妃になった。
その後、私は元々身体が弱く心臓の病に歯止めが利かず……出会いからわずか十年でその生涯を閉じた。
それでも絶えず注がれる王の愛情によって死の間際までとても幸せだった。
先立とうとするとき、私は残される王が心配でならなかった——。
指先から、つま先から、早くも身体が光の粒になっていくのを感じる。
痛みはない。
ただ、あるのは優しい温かさだけ。
間もなく、地上を去らないといけない。
私は手を伸ばし王の背中を抱いた。
「エミリ、君は天使になったのだな」
「はい。仰るとおりです」
「ああ……。万能たる精霊神よ……感謝致します」
大粒の涙が私に降り注ぐ。
そのいくつかは私の肌に留まり、いくつかは身体を透過して床に落ちた。
留まっているものも、私の身体が消えるにつれ次第に床に落ちていく。
「今はこの通り元気にやっているが、君との今生の別れは厳しいものだった。一生分の涙を流しそれでも足りず、激しく落ち込んでしまった」
「ごめんなさい……ごめんなさい」
彼は私の頭を撫てくれた。
私が泣くと、いつもこうしてくれたことを思い出す。
手のひらの感触は懐かしく、とても心地いい。
落ち着いてきた私は、彼の顔を見上げた。
彼は私の顔を食い入るように見つめてくる。
「決して責めたわけではない。羽や光輪は付いているが……エミリは変わらないな」
「あなたは、少しシワが増えましたか? でもそれも含めて素敵ですね」
どちらかということもなく近づき、口づけをする。
そしてまた、強く抱きしめあう。
最後の逢瀬を惜しむように。
「辛かったが、それでもなお君との思い出が私を支えてくれた。大切な思い出をくれて、ありがとう」
「私こそ……。あなたの運命を変えられなかったのは、あなたは……あなたは、後悔していないのですね? 私と会ったことも、一緒になったことも」
彼の瞳に熱がこもった。
「もちろんだ。何一つ悔いはない。思い出したんだ。十年前の選択を。繰り返しの記憶を——」
王は一息つく。
そして、まるで自分に言い聞かせるように、彼は続けた。
「——確信したのだ。君に出会い、君を愛したことは、決して……間違いではなかったのだと」
「私も同じ気持ちですよ」
「別れは辛かった。しかし、それ以上に幸せだった。他の人生なんて、考えられない」
彼の腕に抱かれたまま、私の身体はその全てが光の粒になった。
次第に意識が天に昇っていく。
彼は胸に手を当て、光の粒になった私を見上げて言った。
「さようなら。またいつか会おうな。たとえ……何度人生をやり直したとしても……君を見つけ……君を選ぶだろう」
彼の最後の言葉。
ああ、救われたのは私の方かもしれません。
私は記憶に焼き付けるように、消え去る直前まで彼の姿を見つめていた。
感謝致します。
偉大なる、精霊神さま。
私は一言だけ、彼に伝わればいいなと心に念じる——。
「はい。またいつか、ゆっくり会いにいらして下さいね。——ずっと、あなたを待っています」
お読み頂きありがとうございました。
評価★や感想を頂けると嬉しいです。
新作も公開しています。
「婚約破棄されたので、王子殿下のスキャンダルを野次馬して癒されることにしました。なお、元婚約相手の末路は……。」
下にリンクがありますのでそちらからどうぞ。