第4話 常陸の小田ってどこの誰やねん!
信長じゃない茨城の織田さんの、
城下町で過ごすことになって数日後。
織田さんにお城に呼ばれた。
前回会った時に、信長じゃないのに、
『これが後に天下を取る男か―――』
などと思ってしまったのが、非常に恥ずかしい。
部活を見にきていたおじさんを、
OBだと思って丁寧に接していたら、
ただの近所のおっさんだったのが分かった時みたいな恥ずかしさだ。
っていうか「織田様」とは言ってたよな。
そこすら不安になってきた。
僕は今、誰と会おうとしてるんだ?
廊下から足音が聞こえる。襖が開いた。
「よう、参った、天羽源鉄」
「え、はい。あ、あの、お屋形様。え、げん?てつ?」
「今日も諸国の話をしてくれるか?」
いや、良いんだけど、“げんてつ”って何?
「左衛門から聞いておる。天羽源鉄と申すのだろ?」
「いや“天羽源”です!」
もう信長じゃないことが決定しているこのお屋形様は、
首を傾げて側近から書状を受け取る。
書状を読んで再び首を傾げる。
「左衛門からの文には“源鉄”と書いてあるぞ」
「え?そんなはずは」
側近からその書状を受け取って確認する。
「いや、読めねーよ!!!!!!」
これ、漢文でもなければ古文でもない、
古文書なんて読めるわけなかった。
そういや、オタクが多かった同級生の中にも、
古文書を読めるやつなんて一人もいなかった異質のジャンルだわ。
間違えられた経緯は、
どうやら「伝言ゲームでの伝達ミス?」っぽい。
いや、あの、この時代って、
これまで見てきた感じ、
右筆とか呼ばれている人が、
お屋形様とか菅谷おじさんとかのお偉いさんの近くにいて、
口頭で内容を伝えて書いてもらってるパターンが多いみたい。
聞いた話だけど、なんでも、
そこから出世していく側近の人もいるらしい。
っていうかさ、右筆とか伝言係?の側近の人たちって、
上司に口頭でバーっと伝える内容を言われて、
文章にするだけじゃなくて、頭に細かい内容を暗記して、
伝える相手のところにお使いに行ってるのよ。
いや、スゴくね!?
それだけ賢けりゃ、そりゃ出世していくわ。
ということで、
まず「げんです」までが名前だと勘違いした菅谷おじさん。
菅谷おじさん「あいつの名は“げんです”」
右筆「了解っす! “げんてつ”っと」
ってな流れっぽい。
後日確認したんだけど、多分そうだったみたい。
信じられない流れだけど、
この時代って、時代劇にみたいに「〜でございまする」とか「〜ござる」とかで、
どうやら「〜です」って使わないみたいだから、聞き間違えたのもちょっと無理はないか?
そんで右筆の人が親切に、漢字まで充ててくれてた。
それが「源鉄」。
だ、だせー!!!!
「源」だけでも、古風すぎて重たい名前でちょっとイヤだったのに、
さらに「鉄」なんてついたら、古風すぎるだろ!
でも不思議とすぐに受け入れた。
なぜなら「この時代に来ておいて“古風”も何もないだろ」と思ったから(笑)
うん、時代自体が古風そのものだったわ。
あ、あと、常陸に来て数十日過ごしている中で気づいたこと。
どうやら、この時代の人々は、漢字が合ってるかどうかを気にしないってこと。
えっと、どういうことかと言うとーーー
「源鉄」の件で、お屋形様の右筆に説明してもらってる時に分かったんだけど、
漢字で大切なのは、あくまで「読み」ということ。
例えば「天羽」という字を書く場合、極端に言えば、
「雨羽」でも「尼葉」でも「甘刃」でも良いということ。
ああ、この時代に生まれたら、
漢字テストなんてない世界線だったのか、とか思った(笑)。
あ、あと、そのついでと言ってはなんだけど、
ある決定的なことを知ってしまった。
このお屋形様は「織田様」とも呼ばれているが、
その漢字はこれ『織田』を使うのかと聞いてみた。
すると右筆は、
「読み方は確かにそうだけど、さすがにその漢字は使わない」
と答え、正しい漢字を書いてくれた。
それは超簡単な漢字だから読めた。
『小田』
誰やねん!!!!!
どうやら僕は、尾張の織田家ではなく、
常陸の小田家の家臣になったみたいです!