奴隷
「そういえば、ずっと気になってはいたんだが、その首輪は『隷従の首輪』か?」
「ああ、そうだよ」
俺の首に固定され続けている、忌々しい呪いがかかった首輪を凝視するスーマさん。
「そんなに見つめても、これは生半可な力じゃ取れないぞ?」
「どれ、試してみよう」
スーマさんが首輪に手を添え、前に見た時のような黒い風の魔法で切り裂こうとするものの…
バチッ!!
その魔法の強さに応じた同じ力で反発され、無力化されてしまう。
「ふむ…」
「これは呪われてるんだ。これを付けた本人か、その人間よりも更に格上の心の強さを持つ人間じゃなきゃ外す事もままならないし、ましてや傷なんか一つさえ付けられない」
「そこまでの呪いがかかっている『隷従の首輪』は珍しいな。いやしかし、イマジーネの貴族は奴隷のスキルを重んじると聞いてはいたが、なぜそれを封じられた?」
「…俺のスキルは他人の運を可視化し、呼び覚ます事ができる『招き人』っていうものなんだ」
「『招き人』か…」
「そう。だがこの『招き人』は、同時に不運をも呼び覚ます事ができる」
あの貴族の悲痛の叫びが今でも耳の中で踊り狂う。足の骨だけで済ませたのは俺なりの優しさだ。
「なるほどな。つまりガルロはレベリア家の人間に不幸を齎し、首輪を繋がれてしまったわけだ」
「俺を売った親に、それを買った貴族に、そして奴隷制度を受け入れているイマジーネに一石を投じてやりたかったんだよ」
「それについては何も言うつもりもないよ。だがしかし、そんな事をしたら貴族どもは黙ってちゃいなかっただろう?」
「まあな、だが俺は満足してたんだ」
「なぜ…?」
あの時の俺はどうにかしてた。
「これでようやく死ねる…ってな」
「…」
「だが地獄に生まれた死に損ないの俺なんかを必死に庇ってくれた奴がいたんだ。地獄に舞い降りた天使様ってやつさ」
「…君と同じ、奴隷か?」
「ああ…マーシャつってな。奴隷にしては綺麗な顔、見た目をしてたもんで、貴族に好かれてたんだ」
「…君にとって、その人は大切な存在なんだな」
「ハハッ…そうだな」
――――――――――――――――――――――――
「ぐあああ!!!!」
「…」
貴族め、ざまあみろ。『招き人』の力で、転んだ拍子に足の骨を折るように働きかけてやった。
「うぅ…貴様ぁ…!!ガルロ!!!!」
「なんですか?俺が何かをしたとでも?一人で勝手に転んだのに、それすらも俺のせいにするんですか?」
まあ、俺が足を掛けたんだけどな。
「だ、黙れ黙れ!!貴様にはそれ相応の罰を受けてもらうぞ…!!
「お待ち下さい!!!!」
覇気を帯びつつ、凛とした表情で俺と貴族の間に割って入ったのは先輩奴隷のマーシャだった。
ガッ!!
「うぐっ…!?」
マーシャが俺の頭を掴み、自分の頭と一緒に床に擦り付ける。
「なっ、やめろ…!!」
「いいから…!!」
貴族なんかに頭を下げるなんて、死んだ方がマシだ!!
「そんな事をしてもガルロの罪は消えん!!そいつの首を跳ねるのは決まったのだ!!!!」
へっ…願ったり叶ったりだ。今のまま生きるよりも、来世に期待した方がよっぽど有意義だね。
「ご主人様…!!この様な事が起こるのは、ガルロがスキルを使えるからではないでしょうか!?」
「『招き人』の事か?運を左右し、幸福を齎す力があると、こいつの親が言っていたが…まさか不運も呼び起こすと?」
「はい、私はそう愚考しております!!ですがガルロに『隷従の首輪』を付ければスキルも使えなくなり、ご主人様に見舞われるであろう不幸も無くなるとご提案いたします…!!」
「…貴族の私に卑しい身分の貴様が意見しようと言うのか?」
「あっ…えっ…???」
バキッ!!
「あうっ!?」
こいつ…!マーシャを殴りやがった!!
ギロッ…
「ふぉっ!?」
足の骨なんかじゃなく、首を狙えばよかったと後悔した。
「ま、まあいい!マーシャに免じて、ガルロの処分は『隷従の首輪』を付け、館の掃除を毎日こなす事だ!!」
「あ、ありがとう…ございます…!」
「フン…やっと死ねるかと思ったのに…」
――――――――――――――――――――――――
「ガルロ」
「ん?なんだよ」
パシン!!
「このバカ!命を粗末にするなんて、何様になったつもりよ!?」
こいつ…ビンタなんてしやがって…
「うるせえな、いいだろ別に!!」
相変わらずガミガミと口うるさい女だ…!!
「奴隷に命の価値があるってのか!?そんなもの親に売られた時点で無くなってるようなもんだろ!!」
「…!!」
「第一、なんでお前が俺を庇…」
ぎゅっ…
「え…?」
「あなたが奴隷のまま死ぬなんて…私が嫌なのよ…」
「チッ…」
いけ好かねえ女…今の人生に期待しろって方が難しい話だ。
「ねえガルロ、外の世界を見てみたいとは思わない?」
「外だと?」
外に希望もクソもあるかってんだよ。ここと同じように、弱者を強者が食らう地獄が続いてるだけだ。
「今更外に行けるなんて思ってんのか?『隷従の首輪』を付けられた俺達が逃げたところで、兵士に捕まって更に酷い目に遭うのが結末だ」
「夢がないなぁ、ガルロは。イマジーネなんか出てっちゃってさ、その先を見てみたいと思わないの?」
「イマジーネの…その先…?」
なんだよ…それ…???
「うん。あのね…」
――――――――――――――――――――――――
グシャッ!!
「ぎゃあああああああああ!!!!」
「今のは!?」
女の悲鳴だ!館の外の掃除は俺だけしかやらないはずだぞ…!?
「う、うう…」
「ここから聞こえたが…ん!?あれは…?マーシャ…???」
マーシャが苦痛の表情で足を抑えているのが見えた。
「マ、マーシャ!!!!」
「ガ、ガルロ…」
右足から大量の血を流し、彼女は倒れていた。
「お前…足が…!!」
チクショウ!!高所から落ちたのか!?右足の腱が切れてやがるし、骨まで…!!
「えへへ…屋根の掃除をしようと思ったんだけど…しくじっちゃった」
「なんで屋根の掃除なんかしてたんだ!!危険な仕事は俺の担当で、お前の担当は屋敷内のはずだろ!?」
「ご主人様に言われて…」
「なんだと?クソッ!!!!」
いつもなら俺の仕事だってのに、なんで…!!
ツゥ…
「やっぱり…あなたは奴隷のままで死んでいい人なんかじゃない…」
「あ、あれ…?」
いつの間にか、俺の目から涙が出て、頬を濡らしていた。
「あなたはとても優しいわ…その優しさを多くの人に分け与えてあげなきゃ…ね?」
「………ああ」
俺はこいつに会って変わった。奴隷のくせに、希望を持ってしまったんだ。
ぎゅっ…
「んむっ…ガルロ…?」
「しばらく…こうさせてくれ…」