地獄
ズキッ…
「痛ッ…」
左胸が痛み、目を開ける。いつも起きる時に目にしている見知った天井だ。
「…ッ」
また、俺は自分だけが五体満足で呑気に家で寝ていたのか。
「…」
なぜ俺や、俺の家だけが無事だったのか。考えたくもなかった。
「全部全部…!俺の…俺が!!」
取り乱し、訳もわからなくなった後、スーマさんに家に帰されたようだ。
「うっ…!!」
頭が痛い。昨日も同じように頭が痛くなった。
「もう…何も思い出したくない!!」
頭は、何かを思い出す時に痛む。
「見たくない…!!知りたくない…!!!!」
――――――――――――――――――――――――
「話せばわかる…!!俺の息子だ!!!!」
「…」
俺の記憶…?
「そうだろ?ジーニ…ス…?」
「邪魔をするな。俺が俺じゃなくなる前に、あの女と話をしないといけないんだ!」
ドササッ…
あああ…そんな…!
「な…んで…?まさか…お前…!!」
俺が父さんの手足を…!
「ジーニスを返せ!!偽物ォ!!!!」
「偽物じゃないんだよ、俺も」
もう嫌だ!思い出したくない!!俺の知らない俺なんて、知りたくないんだよ!!
「さて、もう邪魔をする奴は…」
「ジーニス!」
母さん!?出てきちゃダメだ!!
「あなた…ジーニスよね…?」
「クリナ!!来ちゃダメだ!!こいつはジーニスじゃ…!」
「うるさい」
ボッ…
「えっ…?」
「が…ッ!!ぁぁあああああああ!!!!!」
「あなた!!!!」
あの火傷も俺が…!
「ク、リナ…!逃げ…ろぉぉ…!!」
「ダメよ!だってジーニスが…!」
「そんなにこの体が大事?」
俺なんかのために…!早く逃げてよ母さん!!!!
「ジーニス…!どうしちゃったのよ!!!!お父さんに酷いことするなんて…あなたらしくないわよ!!!!」
「クリ…ナァ…!!」
「うっさいなぁ…どいつもこいつも!」
やめろ…!
「弱者は弱者らしく、地べたを這いつくばって虫でも食ってなよ!!」
やめろぉぉぉおおおおお!!!!
ベゴォッ!!
ああ…そんな…母さんまで…
「ぐっ!!」
ズキッ…
なんだ…?左胸を抑えて…
「なんだと…!は、早過ぎる!!」
でも…どうだっていい…
「ぐふっ!!」
だって…父さん達はもう…
「マズい…!!こうなったら、スーマもろともこの里を…!!!!」
ゴォッ!!
「うっ…」
――――――――――――――――――――――――
「…終わった、のか?」
スーマさんの言う通りだった。俺が父さんをあんな姿にし、母さんまで…
「母さん…生きてはいるとスーマさんは言ってたけど…」
あんな勢いで頭を地面に叩きつけるなんて…スキルを持ってない母さんも無事では…
「あああ…」
ダメだ…
「ああああああああああああ!!!!」
死にたい。
「はぁああああああ…!!!!」
消えてしまいたい。
――――――――――――――――――――――――
あれからどれほど時間が経っただろうか。
「うぅ…」
何日も経ったのに、壊れたダムのように目から流れるものは止まず、決して枯れはしなかった。
「おぷっ…」
食べたものと胃液は既に体の中には残ってなくて、出てくるのは唾液と何かが混じった透明の液体だけ。
「う、うぅ…」
何も食べなくても、腹は減らない。それに代わって俺の中で大事なものが削られていく。
「もう…」
ゴリゴリと、内側から削られていく。
「嫌だ…」
生きているという事実が、俺を削っていく。
「みんな…」
だから、もう二度と、俺が俺じゃなくなる前に…
「ごめん」
終わらせなきゃ。
――――――――――――――――――――――――
「…」
父さんと母さんへの手紙を残す。
「今までありがとう、二人とも…」
二人は誇りだったこと、今まで育ててくれた感謝の印、そして罪人としての謝罪を綴った。
「さようなら」
彼らからの贈り物の剣を手に、自分の首に向ける。
「ふぅ…ふぅ…」
ギリ…
「ふぅ…!!ふぅぅぅっ!!!!」
ブチチ…
「ふぅあッ!!あああああ!!!!死ね!!」
ブツンッ…
――――――――――――――――――――――――
「…」
刻む音はした。
「…」
痛みなど、とうに感じなかった。
「…」
シュゥゥゥ…
だが、白い光が体に纏わりつき、それを許さない。
「…ッああ!!気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!!クソがぁぁあああ!!!!!!」
絶対に刃を通さぬように、遮っていた。
「死ねよ!死ねよ死ねよぉ!!死ね死ね死ね死ね死ね!!!!」
ザッ!!ブズッ!!ガッ!!
何度も首に向かって刃を振ろうが、ジーニスには届かない。
「なんで…」
カランッ…
「なんでだよ…」
死のうにも死ねない生き地獄を味わえと、忌々しい白い光が蠢き、闇の中で輝いていた。
――――――――――――――――――――――――
「死に…たい…」
「許さない」
「は…?」
その欲望を否定する声。
「お前の死は、許されない」
気付かぬうちに、スーマがジーニスの様子を見に来ていた。
「なんで…」
「…皆のためだ」
ガッ!!
その言葉が更なる重みとなり、ジーニスは頭を打ちつける。
「なんでですか…!!」
「お前はノイタークを救う、そう誓っただろ?」
「俺はノイタークを滅ぼしかけたんです!!」
その叫びは、なによりも自分に突き刺さっていた。
「あれはお前じゃ…」
「俺じゃなくてもあれは俺ですよ!!」
「違う。あれは歪みだ」
意味がわからない。
「俺の姿で、俺の声で、俺のスキルで、俺の力で!!俺の手で父さん達を…」
「…」
全て、自分がやったこと。自覚がなかったと言えど、そんな言い訳は通用しない。
「…お前のスキルは『心の干渉』という名だ。思い込みを現実に起こし、それを望もうが望まないが結果は必ず訪れる」
「…」
「私のバリアを弱らせ、イマジーネがここを突き止めた。それはお前がイマジーネに行きたいと思ったからだ」
ノイタークを救うため。イマジーネに行って世界を変えるという思い込みが、その結果を呼ぶ。
「私も一度は賛成したものの…その後、私のバリアが弱っていくのを見た。見て、分かったんだ。私のスキルさえも蝕み、感じ取る事は出来なかった…」
『心の干渉』はスーマのスキルそのものを弱体化させて、バリアが弱まったという感覚さえも鈍らせていた。
「そして『心の干渉』はお前ごと飲み込み兼ねない事態になることも分かった。だから時期尚早だと判断したが…既に発動したスキルはどうにもならなかった」
「やっぱり俺が…」
「だが、だからこそお前は…」
それは、傷ついた心を折るには都合の良い言葉。
「イマジーネに行き、世界を変えるべきだ」




