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逃亡

マーシャは足を医者に診せるため、医務室へと運ばれていった。


「ガルロ!!貴様ぁ…!!!!」


「あ…?」


ズカズカとデカい足音で俺に近付く男。


「ご主人様…」


目の前で止まり、拳を振り上げている。


「ガァッ!!」


バキッ!


「ぐふっ…」


「お前がちゃんと見ていなかったせいでマーシャは怪我をしたんだぞ!!恥を知れ!!!!」


「は…?」


何を言ってるんだ…?元はと言えばコイツが俺の仕事をマーシャに押し付けたから、あいつは足に酷い怪我をしたってのに…


「…」


「なんだその目は!?奴隷の分際で!!!!」


マーシャの怪我の責任を俺に被せる気だろうけど、もう抵抗する気力さえも残ってない…


「申し訳…ありませんでした…」


俺の希望は壊れてしまったから。


「此奴を独居房に入れておけ!!処分はじきに下す!!」


召使いどもに偉そうに指示するコイツの顔を見るのは、これが最後だった。


「とうとう…殺されるんだろうな…」


約束、叶えられなくなってしまった。






――――――――――――――――――――――――






「夢がないなぁ、ガルロは。イマジーネなんか出てっちゃってさ、その先を見てみたいと思わないの?」


「イマジーネの…その先…?」


俺はお前だったから希望を持てたってのに…


「うん。あのね…ノイタークっていう里が、イマジーネの南、深い森林の中にあるのよ。そこは奴隷を匿ってくれるって言われてるの」


「ノイタークねぇ…そんな所に行って、本当にイマジーネから隠れ続けられるのか?」


俺はその話については半信半疑だったが、あいつは目を輝かせて信じきってやがったんだ。


「へへーん!ガルロ、わかってないなぁ?」


「なんだよ?」


まるで夢のような話だった。


「噂によると…その里には魔法がかけられていて、イマジーネの兵士でも見つけられないって言われてるのよ」


マーシャは俺の手を握って、こう言ってくれた。


「いつかこの屋敷を抜け出して、私と一緒に行こうよ!!」


「一緒に…?」


「そうよ!!」


俺なんかが夢を持っていいのかと、希望を見てしまったんだ。


「だからあなたはこんな所で死んじゃダメ。あなたが死ぬ時は、私が側にいる時しか許さないんだから」






――――――――――――――――――――――――






「…」


独居房に入れられ、俺は膝を抱えてずっと考えていた。


「どうすれば…マーシャと一緒にここを逃げられる?あいつが足を怪我した今、ろくに動く事なんて…」


カッ…カッ…


木が床を突く音が独居房の廊下から響く。


「なんだ?」


カッ…カッ…バタッ…


「何かが…倒れた?」


「ガルロ…」


すっかり聞き慣れてしまった、俺の名前を呼ぶ声。


「まさか…!!」


ガシャアン!!


聞き覚えのある声に、つい体が反応して独居房の鉄格子に顔をめり込ませる。


「マーシャか!?」


「え、へへ…」


ズリズリと音を立てて体を引き摺りながら、独居房の廊下からマーシャが這って現れる。


「医務室から抜け出してきちゃった…」


さっきの木が床を突く音は松葉杖の音だったのか。


「お前…怪我は大丈夫なのか…?」


マーシャはその言葉に対し、顔を伏せて応じる。


「ダメ…みたい」


「!!!!」


「もう杖なしじゃ歩けないって言われたわ…」


そんな…じゃあ俺たちの約束や…夢は…!


「それじゃお前と一緒にノイタークになんて…」


「そう…ね…約束…叶えられないや…」


「マーシャ…」


悔しい表情で涙を流すマーシャの顔を、鉄格子越しに支える。


「ごめんね…でも…」


「…?」


「あなただけは…逃してあげるから…!」


そう言うと、マーシャは懐から小さい鍵を出す。


「それは…?」


「眠っている監視から盗んできたのよ…!」


そしてその鍵を鉄格子の錠に差し込む。


ガシャッ…


「はぁぁッ!!」


ガッ!!


「何を!?」


グイッ…!!


俺の首元を手繰り寄せ、どこにそんな力が残っていたのかそのまま俺を独居房から押し出すマーシャ。


「おい!!やめろ!!」


「くっ…うぅぅぅ…!!」


ガシャッ!!


俺を押し出した反動で、マーシャは独居房に転がり込み、内側から鍵をかけて立て篭もった。


「なんだよこれ…!!マーシャ!!!!」


「ごめんね…ガルロ…」


「どういうつもりだよ!?俺だけ逃げろってんのか!?」


嘘だろ…?なんでこんなことするんだよ…???


「俺はお前と一緒じゃなきゃ…!!」


マーシャは首を横にブンブンと振って、俺の言葉を遮る。


「今、屋敷の人達は寝静まっているけれど、じきに見回りのために監視がやってくるわ。その時に独居房の中に人がいないと、すぐにあなたを捜す兵士が出てきてしまう…」


「なっ…」


「身代わりがいないと、あなたが逃げることなんて出来ないわ…」


何を言ってるんだ…?


「身代わりなんて…」


俺はマーシャがいないとダメなんだ。たとえ俺一人だけノイタークに行ったところで、お前がいなければ…


「行きなさい…ガルロ。あなたは優しいから、私以外にも愛してくれる人はいるわ」


「マーシャ…」


「なんだ…?独居房から音がしたぞ…???」


監視がさっきの物音に目を覚ましたのか、足音が近付いてくる。


「まずい…!ガルロ!!」


「あああ!!!!」


俺はもう…二度とマーシャと会えないのか…?


「行きなさい!!!!」


俺はどうすればいい!?マーシャを置いて逃げるしかないってのか!!?!俺に夢と希望を持たせてくれたマーシャを…!!


「早く!!!!!!」


「あああああ!!!!!!クソッ!!!!クソォォォッ!!!!!!!!」


取り返しのつかない現実に直面し、俺の希望と言えるマーシャと一緒に逃げる夢よりも、一人で逃げるという絶望を選んでしまった。






――――――――――――――――――――――――






「そうして俺はマーシャを置いて逃げてしまったんだ…」


「…」


スーマさんに全てを話した。こんな俺に幻滅してしまっただろうか…?


「…今日はもう寝よう。私の家を拠点にし、暫くの間は生活を補助しよう」


「…ああ」


何も言わないのが、この人の優しさなのだろう。その優しさが俺の心に深く、深く突き刺さる。


「マーシャ…俺はどうすればよかったんだ…?」

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