09 名前が既に勇者
俺は平身低頭で弟子入り志願? してきた少年を見下ろし顎をさすった。
魔王を倒すとは穏やかじゃないな。いや穏やかなのか? 魔王だもんな。倒せば世界が穏やかになる系の存在筆頭だ。
一応、理由を聞いてみる。
「なぜ魔王を倒したいんだ?」
「……俺の村は魔王に滅ぼされたんだ」
地べたに這いつくばり頭を下げたまま答える少年の言葉には、隠そうともしない怨嗟が込められていた。
「父さんは笑う魔王に殺された。妹を守るために立ち向かった母さんもだ。叔父さんも、鍛冶屋のスミス爺さんも教会のアリスさんも、みんな殺された。村を血の海に変えて、それで奴がなんて言ったと思う? なんて言った? 『弱すぎる。来た意味無かった』だ! 俺は分かった。魔王は本当に魔王なんだ。邪悪で不遜な、心ない魔物の王だ。許してはおけない。誰も倒せないなら俺が倒す。倒さないといけないんだ!」
少年は語る内にアツくなり、地面にこすりつけていた顔を上げ、最後は俺を涙の滲む目で睨みつけるようにして力強く言い放った。
痛ましや、幼くして悲劇を背負ってしまったらしい。彼の言葉を聞くと魔王がとんでもねぇ悪者に思える。
だが俺は魔王その人をよーく知っている。
「……お前の村は魔王への反乱を考えていたか?」
「!? なぜそれを?」
なに驚いてんだ。ハニャが平凡な村を襲うわけがないだろ。
「高名な魔剣士か魔法使いが村にいただろう」
「す、すごい。昏き森の精霊はなんでもお見通しなんだな」
なに感服してんだ。ハニャが戦力のない村を襲うわけがないだろ。
当事者にとっては憎悪を煮えたぎらせるに足る大事件なのだろうが、事実を確認してみれば割とよくある話だった。
彼にとっては「故郷を魔王に滅ぼされた」だが、国の目線に立てば「武力を集結させ国家転覆を企んでいたテロリストのアジトを総理大臣が殲滅した」だ。何もおかしくない(?)。例え国が弱者を切り捨て見捨てる厳しい政策をとっていたとしても、テロはテロだし、テロなら鎮圧される。
うーん。どっちもどっちなんだよなあ。
ハニャじゃなくても当然村を潰しただろうし、村を滅ぼされ復讐に燃えるのも分かる。
ハニャにはハニャの都合と目的があり、村にも村の都合と目的があった。
村とハニャは必然的に衝突して、ハニャが勝ち。恐らくあまりにも弱かったためハニャに弱者と見なされ見逃された少年がこうして俺の目の前にいる。
「昏き森の精霊よ。お願いだ、その叡智の欠片でもいい、俺に授けてはくれないか。みんなの無念を晴らすためにも、同じように悲劇に見舞われる村を二度と出さないためにも、俺は魔王を倒さなければならないんだ」
「…………」
少年は拝み倒すように言った。
さて、どうしたものか。
ぶっちゃけ、俺は彼を魔王ハニャと戦わせたくない。来るべき第二次エイリアン戦争の兵力として鍛え上げたい。
彼は悲劇を防ぐために魔王を倒すなんて言っているが、エイリアンが来たら村どころか星が滅びる。魔王と戦うのではなく、魔王と轡を並べてエイリアンと戦って欲しい。潰し合うなんてもっての他。
でも魔王と仲良くしてエイリアンと戦ってくれ、なんて頼んでも無理だ。絶対に受け入れないだろう。むしろ怒って帰ってしまいそうだ。魔王を倒す力が欲しいのに魔王と仲良くしろなんて頭がおかしい。
ふむ。
とりあえず「強くなりたい」と「強くしたい」の目的は一致しているから鍛えるとして。この少年の魄(肉体素養)はハニャより弱いが、魂(魔法素養)はハニャより強い。長ずれば五分の戦いができるぐらいにはなりそうだ。今でこそ少年は弱い。しかしそれぐらいの戦いができるようになるだけの優れた素質がある。
問題は将来的に拮抗した戦いを繰り広げた結果、ハニャか少年が死んでしまう事だ。
そこは防ぎたい。少年の目的を叶えつつ、俺の目的も差し込む形で……んん……よし。
「少年、望み通りに魔王を倒す力を授けよう」
「おお……! なら、」
「だが条件がある。魔王は殺すな。打ち倒して敗北を認めさせるだけにしろ」
「なんだと!?」
少年は凄い剣幕で怒って立ち上がった。
どうどう、落ち着け若人よ。
「つまり魔王が、魔王軍が村を滅ぼして回るような真似をしなくなればいいんだろう。魔王は強者を尊ぶ。殺さなくても負けを認めさせれば言う事を聞く」
「悪逆非道の魔王の命を助けろと!? 命を奪う魔王の命をどうして助けてやらないといけない!? 魔王が死ぬのは当然の報いだ!」
少年の血を吐くような叫びも正論ではある。
散々殺しまくっておいて殺さないでくれ、は道理から外れる。
が、魔王にも魔王の道理がある。ハニャは命乞いする奴は殺さない。弱者を助けはしないが、わざわざ痛めつけもしない。
しかしそのあたりを説明しても無駄だろう。激情と義憤に駆られた若者に正論を言っても納得しない。だから俺は彼が納得しそうな方向で攻める。
「そうか。ではお前は、結局殺して済ませるわけだ」
「なに?」
「魔王は村人を殺した。お前は魔王を殺す。何かを成し遂げるために『殺し』という方法を選ぶんだな。それでは魔王と同じだ。魔王と同じ場所まで堕ちていいのか?」
「!!!」
少年はショックを受けたようだった。
顔を真っ赤にして何か言い返そうと口を動かし、しかし言葉は出ず。
段々落ち着いて、やがて苦しげに応えた。
「それは――――それは嫌だ。魔王と同じには……なりたくない……」
「では、魔王を倒すに留め、殺さないと誓うか?」
「………………………………………………………………………………誓う」
少年は歯を砕けんばかりに食いしばり葛藤していたが、長い沈黙の後にはっきり答えた。
よし! よく言った。これで一安心。心置きなく望み通りに鍛えてやれる。
彼は純粋で、素直で、良い子だ。てっきり納得するまでヨーウィに頼んで何度か叩きのめし体で分からせる必要があるかと思っていた。
この子には苛烈な感情を理性で抑え込めるだけの度量がある。チョロいとも言えるが。
「ではお前は今から俺の弟子だ。ところで少年、名前は?」
俺が尋ねると、少年は堂々と名乗った。
「ストロンガー。俺はブレイブ村のストロンガー。いずれ魔王を倒す男だ」
つよそう。