08 災厄再来の前兆(気のせい)
かつてエンシェントドラゴンにすら勝てなかった頃、魔王ハニャは師匠に『盛者必衰の理』を説かれた。どれほど栄華を極める者でもいつか必ず衰える、という理だ。
ハニャはこれを信じていなかった。他ならぬ師匠が衰えていなかったからだ。
ハニャは神々の時代が終わったすぐ後に生まれた。神代の終わりを結ぶ大英雄、師匠の伝説を話の上でしか知らない。「えいりあん」と相打ちになり、ゴーストになり、魔法も剣技も使えなくなったのを衰えと師は言うが、ハニャの見解は違う。
師は既に死んでいるから、もう死なない。誰も殺せないが、殺されもしない。ある意味で無敵になったのだ。さらに指導者として自分のような強者を育て上げる事もできる――――強さと引き換えに別の強さを手に入れたのだ。
稽古をつけてもらう度に理解させられる。
例え肉体がなくても、師匠は最強だ。
魔王だ、最強だ、世界の覇者だと持てはやされても、いつまで経っても師匠に教わってばかりだ。苦労を重ねて乗り越えた壁も、師が遥か昔に既に通り過ぎていたと分からされる。
悔しさもあるし尊敬もある。
大抵の強者は衰えるが、飛びぬけた強者は栄え続ける。それがハニャの結論で、栄え続ける圧倒的強者であるため剣を磨き続けるのだ。
ハニャは師と並び立ち追い抜くために力をつける。
そしてそれはハニャを目指し追い抜かんとする者もいるという事だ。
可愛い俺の弟子、ハニャは世界を支配する魔王なんてものをやっている。森から出られない俺にはよく分からんが、強いヤツが正義なんだよォーーーーッ! みたいなエグい統治を敷いているらしい。本人は統治というほどに内政をやっていなくて、そのへんは四天王任せのようだが。
弱い奴が虐げられ、強い奴が幅を利かせる世の中な訳で、スーパー平和国家日本の記憶を持つ俺視点だとなんやこの地獄と思う。が、一方でこの世界で生きた今世の俺の感性はスゲー平和だな、という評価を下す。
だってハニャの統治下でも人類滅びないからな。エイリアンが人類どころか星の生命を丸ごと滅ぼしにかかってきた頃と比べたらもうラブ&ピースの愛と平和の時代といっても過言ではない。虐げられた弱者もなんとか下克上すればちゃんと評価されるしな。弱者には厳しいが成り上がりのチャンスはしっかりある。
が、大多数の人々にとってはやはり生きにくい時代だというのは否定はできない。
世の中の人間を強い・弱いに分けた時、九割はザックリ「弱い」に分類される。特に取り柄のない大多数の人々の目立たない地道な仕事が、服を作り道を敷き食物を育て家を建て道具を修理し物を運び、一握りの強者を支えているのだ。
苦しめられた弱者はもちろん反乱を起こすのだが、弱者ゆえに尽く失敗してきた。弱者が全て力を合わせ反乱を起こせば9vs1に持っていける。しかし人はそう簡単に団結しない。団結すれば分裂する。裏切者が出る。そしてこの世界の強者は戦力差十倍を覆せる。
それでも百年以上続く治世の中では強者が弱者側に立ったり運に恵まれたりして反乱が成立し勢力が拡大していく事もあるのだが、反乱が一定規模を超えると魔王が「私と反乱軍、どっちが強いか勝負!」とばかりに襲い掛かってくるので、魔王の統治が終わる事はなかった。
さて。
俺はというと、時々昏き森にやってくるハニャに稽古をつけたり、ヨーウィ達に魔法や薬学、鍛造の秘密を教えたりする日々を過ごしていた。ヨーウィは皆賢く頑健で才能がある。しかし教えがいはあまりなかった。
ヨーウィという種族はほとんどの能力や才能が高水準でまとまっていて欠点が無い代わりに、ズバ抜けた天才も存在しない。あと怠ける事がない代わりに、死に物狂いで頑張ったり、野望に燃えるという事もない。
誰に教えても同じ手応え。ハイスペックでフラットな奴らなのだ。
そんなヨーウィの一人で天文学に興味を持ち、毎晩お手製の望遠鏡で夜空を眺める昼夜逆転生活をしているヤツがいるのだが、彼がある晩ひょっこり俺を訪ねてきた。
「師。最近、西の空の女神座の下に緑の星が現れた。アレはなんだ」
「緑の星……?」
言われて樹冠の隙間から西の空を見上げる。
「星辰によって他の星と重なり合って見えていた星が見えなくなる事はあるが、見えるようになるのは珍しいな。超新星爆発が起きたとして……赤方偏移はたぶん関係ないよな……緑色の光か……どれだ? ああ、あれか。あ?」
夜空を彩る何千もの星々の中に、その輝きはあった。
女神座の下のあたりに見覚えの無い小さな星の光が一つ。
それは病んだようなほの暗い緑色をしていた。
数百年前の記憶が蘇り、無いはずの血の気が引く。
あの独特の不吉な緑色は、エイリアンの母船が発するエーテルエンジン光とそっくりだ。
「ヨ、ヨーウィ。あの光はどれぐらい前から見えた?」
「28日前」
ヨーウィは端的に答えた。
28日前!!!
……28日前?
それは……どうなんだ?
奴らは亜光速航法が使える。エンジン光が目に入る圏内まで来ているなら、即日地上降下して侵略を再開できる。
28日も目前で停滞している理由はなんだ?
……分からない。
良い方に考えれば、たぶん偵察中か、躊躇しているか、だ。前回の侵略では俺と神々が送り込まれたエイリアン戦力を尽くぶちのめした。
エイリアンにしてみれば、戦闘機とミサイルひっさげて上半身裸でウホウホいってる原始文明に植民地戦争を仕掛けたら、何故か棍棒でミサイルをホームランし投げ槍で戦闘機を撃墜してきた……といった感じの意味不明な大惨事だ。
だから前回の二の舞にならないよう再侵攻前に様子見をしている? 有り得る話だ。
実際にはエイリアンの壊滅と引き換えにこっちの戦力も壊滅している。警戒して躊躇してくれるならしめたもの。
エイリアンが再侵攻を開始したら今度こそこの星は終わる。
神々が斃れ、俺がゴーストになった今、この星でエイリアンと戦いになるのはハニャぐらいだろう。ヨーウィでは勝負にならない。そして奴らが前回と同じ規模で攻めてきたらハニャ一人では到底勝てない。
許せない。
ああ許せねぇ。
あいつらに滅ぼされるなんて絶対許さん。
この星は、この俺と、俺の大切な友達が命を燃やして守り切ったんだ。
この星は貴様らが何度来ても勝つぞ。エイリアンなんかに絶対負けない!
エイリアンと戦う戦力が無いなら増やさねばならぬ。
ハニャだけでは不足だ。ハニャと同等の戦力が最低でもあと十人は要る。
神代の終わりから数世紀、文明は復興してきているがまだまだ雛鳥。自然に強者が生えて来るのは期待できない。俺が強者を育て上げ、来るべき戦いに備えなければ。
とはいえ俺は森から出られない。ハニャのように有望な奴が迷い込んで来るのを待つか。ハニャに頼んでいい感じの奴を連れてきてもらうのも手だ。
ハニャは数日から数年空けて不定期に来るので、次に来た時に頼むしかない。今までそれで事足りていたから不便を感じてもいなかったのだが、これからは何かしらの連絡手段を持っておきたい。
今から弟子を育成してエイリアン再侵攻に間に合うか?
すぐにでも攻めてきそうだし、28日間も謎の待機をしていたならあと数年ぐらいは攻めてこない気もする。
分からん! 分からんから最善を尽くすしかない。
逸る気持ちを抑え、ふらふらっと迷い込んでくる才能の塊がいないかと森の外周を数日うろうろ巡回していると、粗末な剣を担いだ貧相な少年が悲壮な顔で怯えながら森に入ってくるのを見つけた。
ムムッ……こいつはイケメン! ショタコンのおねーさんに人気ありそう!
それはそれとして痩せ気味ではあるが骨格の形はよろしい。成長期にはまだ入っていないようだし、今から飯をちゃんと食わせればいい体格になるだろう。そして魄よし、魂よし。素質十分!
なんだァ? めっちゃ都合よく磨けば光る人材が転がり込んで来るじゃないか。
「そこの少年!」
「おわっ!?」
大樹をすり抜けて少年の前に出て声をかけると、びっくりして腰を抜かしてしまった。
「すまん。大丈夫か」
「……あなたは昏き森の精霊か?」
尻もちをついた少年が俺を見上げ恐る恐る聞いてくる。
うん? 精霊? 俺ってそんなキラキラした存在だっけ。
まあいいや。
「うん、まあそんなところだ」
俺が雑肯定すると、少年は頭を地面にこすりつけて懇願した。
「頼む! 俺に……俺に魔王を倒す力をくれ!!!」