表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/34

06 魔王麾下四天王曰く

 テノーは魔王軍参謀ドゥムに付き従い魔王城を案内されていた。

 四天王の一角を決闘で破り入れ替えで四天王入りを果たしたテノーだが、魔王城を見るのも中を歩くのも初めてだ。無論、魔王に拝謁するのも。荘厳で雄大な魔王城には常に暗雲が立ち込め、轟く雷が窓から不気味な明滅で廊下を照らしている。雷鳴の他にはドゥムが杖をつく音しか聞こえない。


 昏き森から魔王が迷い出、四体の魔物と共に地上を瞬く間に制圧しはや三十年。テノーが物心ついた時には既に世界の支配者は魔王であり、魔王が君臨していない時代というものを知らない。

 だから親や祖父母世代が魔王の統治に不満を垂れ流し、昔は良かったとくだを巻くのが理解できなかった。


 圧倒的暴力で世界を支配する魔王が提唱する法は至って単純。

 即ち【力こそ全て】。


 これは何も剣技や魔法による力だけを指すものではない。統率力で強者を従えてもいいし、魅力で篭絡してもいい。全ての強さを魔王は認めている。

 そもそも魔王が魔王と呼ばれているのは魔王がその神域の剣技で世界を支配し、真っ先に世界中の魔法使いを招集したからだ。魔王は魔法を一切使えない。だからこそ力で全てを屈服させ、自分にできない魔法を使える者を集めた。


 贅を尽くした料理を毎日貪り、煌びやかな服を着て、目を楽しませる芸術品を集め、かしずき意のままに動く配下を指先一つで操る。逆らう者は斬り捨てる。

 それが許されるのは魔王が圧倒的な力を持つからである。魔王は力で全てを手に入れたのだ。テノーもまた、魔王の法に従い力で成り上がった。


 テノーは力なく貧弱で強者の慈悲が無ければ何もできない弱者とは違う。

 若くして剣技で名を馳せたテノーは並み居る猛者を斬り殺し、稀に負けても逃げ延び命を繋いで必ず雪辱を果たしてきた。

 勝つたびに金が、女が、名誉が手に入った。

 その果てにテノーは魔王城にいる。魔王直属、四人の強者・四天王として認められたのだ。四天王の権力は魔王の他に並ぶ者なし。その権力は計り知れない。


 今まで以上に良い暮らしができるとテノーは浮かれ浮ついていた。

 そしてあわよくば四天王の更に上(、、、)も獲ってやろうと密かに画策してもいた。

 若き天才剣士テノーにとって魔王城入城は上洛であり、下見でもあった。


「魔王様の治世は」


 と、先導する参謀ドゥムが赤い絨毯の敷かれた長い廊下を歩きながら呟くように口火を切った。

 ドゥムは強力な雷魔法で「魔鎚のヨーウィ」を破り四天王入りを果たした大魔法使いだ。その魔法は世界一と謳われ、魔王城の暗雲と雷もこの老魔法使いの仕業と噂されている。

 そんな卓越した魔法使いであるから、何をしてくるのか分かったものではない。何かの魔法で逆心を見透かされたのでは、とテノーは身を固くした。


「無能に厳しく、才人に易い。弱者は搾取されるのみ。強者が隆盛を誇る」


 ひっそりとした声はかすれて小さかったが、不思議とはっきり耳に届いた。


「弱者は無慈悲な地獄だと嘯くが、無能な者どもが才人に群がり足を引っ張り食いつぶす世――――奴らが崇拝する『慈悲深く平和な世』こそが地獄だ」

「ああ」


 テノーはどうやら叛逆計画に気付かれたわけではなさそうだと安堵しながら老人に相槌を打った。難しい頭の良さそうな話はよく分からなかったが、咎められてはいないようだ。

 ドゥムは陰気にぼそぼそと続ける。


「故に我々四天王はこの素晴らしい世を蒙昧の地獄に戻さぬよう尽力せねばならぬ。魔王様は統治に興味をお持ちでない。勝手にせよと仰せだ。御身の代わりに我々が成すのだ」

「ああ」


 何を話しているのか半分も分からない。テノーはとりあえず曖昧に頷いた。

 ドゥムはため息を吐く。


「貴様も力の意義を理解できぬか。まあよい、四天王とはいえ魔王様の下では平等。好きに生き好きに成せ。今までもそうしてきたのだろう? 今までと何も変わらん。ただ、今までより金が増え道具が増え部下が増えるだけの事――――無論、頂点を求めるのであれば更なる強者を打ち負かし奪ってもよい」


 ドゥムは神話の大英雄が彫られた巨大な鉄扉の前で立ち止まり、肩越しにテノーに一瞥をくれた。テノーは一瞬腰の剣に手が伸びかけたが、魔王軍の老参謀に敵意は全くなかった。

 あったのは僅かな嘲りだ。


「できるものなら、な」


 テノーが言葉を返す前に、巨大な鉄扉が独りでに開いていった。

 中は大広間になっていた。天井から吊り下げられた硝子のシャンデリアの魔法光に照らされ、柔らかく優しい光で満ちている。広間の端には彫像のように微動だにしない使用人がずらりとならび、広間の中央には磨かれた大理石のテーブルがあった。

 テーブルの前には小さな肘掛け椅子が置いてあって、そこに一人の少女がちょこんと腰かけ、足をぶらぶらさせながら使用人の一人と札遊びに興じてた。


「あ」


 テノーはその瞬間まで魔王という存在を理解していなかった。

 世界を支配する最強の剣士、神代の神業を継承すると云われる魔王、いずれ超えるべき最後の敵を値踏みするつもりでいた。

 一目見た瞬間、テノーは悟った。


 絶対に勝てない。

 アレ(、、)はこの世のものではない。


 自然と足の力が抜け跪いた。

 小刻みに震えるテノーの隣でドゥムが優雅に叩頭する。


「魔王様。『山崩しのヨーウィ』を破った剣士テノーを連れて参りました」

「ん」


 手元の札から顔を上げた魔王は美しい銀髪だった。

 目の下に黒々とした酷いクマがあり、息を呑むほど美しく整ってはいるが痩せてほっそりとした顔立ちをしている。体にはりつくデザインのドレスは華奢な痩身を際立たせ、テノーが想像していた筋骨隆々とした巨体とは正反対だ。


 だが彼女が魔王で間違いない。

 「魔王の紅蓮拳」の噂通り両手は赤かったし(紅蓮というより単に赤黒いだけだったが)、何よりも背中に背負った抜き身の剣は見間違えようもない。夜闇の如き黒い刀身に渦巻く夜空の星々……天上天下唯一無二の神剣、アストラル=ライトだ。


 テノーも剣に人生を捧げてきた。相手を見れば大体の実力が分かる。勝ち筋も見える。

 だが魔王は勝ち筋が全く見えなかった。まるで海のような、大地のような、空のような。巨大で絶対的な自然が人のカタチをとっているかのよう。

 それでも剣士のはしくれとして相手から目離し床を見て頭を下げ震えるような無様だけは晒さなかった。本音をいえば今すぐあの恐ろしい存在の目の前から逃げ出したかったが、なけなしの自尊心がそうさせなかった。


 ドゥムと何事か魔王が話している間、石化したように固まるテノーは妙な事に気付いた。

 魔王は全てを支配し、全てを手に入れ、贅の限りを尽くしていると聞いた。

 それにしては魔王の周りにあるものは貧相だった。


 遊んでいる札は確かに作りはいいが町で普通に遊ばれているものだし、テーブルの上の籠に盛られた果物は普段は食べないが村の祭りで振舞われる程度のものだ。テノーもまだ幼く村で燻っていた頃はこんなに美味しいものは他にないと思っていたが、町に出てからはもっと美味しいものがあるのだと知って二度と食べていない。

 ドレスも簡素だ。姫君が着るようなフリルや宝石をふんだんに使った仕立ての良い物には数段劣る。田舎の村娘が結婚式で着るならば感嘆の声も上がるだろうが、金持ちがパーティで着れば見下されるだろう。


 なんというか……世界の支配者の贅を極めた栄華と言うより、貧乏な村娘が想像した「ぜいたくなくらし」といった印象だった。


「――――なるほど。それでお前がそのテノーか」

「は」


 首を傾げていたテノーは、魔王の幼げではあるがこれ以上ないほどの威厳に溢れた声で我に返った。


「お前も最強になりたいのか?」

「いえいえいえいえいえ、そんな!!!」


 遠回しに「この私との戦いを望んでいるのか」と聞かれたと思ったテノーは首よ千切れよといわんばかりの勢いで首を横に振った。拝謁する直前まではそう思っていたが、今ではその野望も潰えた。


「魔王様が最強です。俺なんて足元にも及びません」

「私は最強じゃない。二番目に最強だ」

「ははは、ご冗談を」


 不機嫌そうに言った魔王にテノーは愛想笑いをしたが、魔王が真顔だったため顔色を変えた。

 馬鹿な。目の前の常軌を逸した最強存在より更に上がいる? ワケが分からない。

 一体何者だというのか?


「まあ最強になりたくなったらまずは私を倒せ。ししょーはその後だ。あとは……そうだな、四天王のあれこれはドゥムかヨーウィに聞け。話は終わりだ、下がれ」


 美しき銀髪の魔王ハニャが気だるげに手を振る。テノーは混乱しながらふらふらとドゥムの後について魔王の御前を辞した。

 分からない事だらけの拝謁だったが、世界はテノーが思っているよりずっと広い。それはよく分かった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>ドゥムは神話の大英雄が彫られた巨大な鉄扉の前で立ち止まり これ、この扉に粗雑な扱いしたらブちぎれられる奴や
[良い点] ハニャかわいい 数十年経過で幼女パート終わっちゃった!と思ったら鍛えた魄のお陰でまだ幼女だった!!うれしい [気になる点] 偶にししょーに顔見せには言ってるのかな?
[一言] 読み返していたら前任の四天王がヨーウィしか出ていない。 さらに現役のヨーウィがいる。 未だに現れていない四天王は・・・まさか
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ