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05 全てを斬り裂く刃となれ

 理論上は上手くいくはずだった。

 幼く痩せていてボロボロなハニャだが、魄はしっかりしていた。食事と睡眠をしっかりとってゆっくり養生するより、手っ取り早く魄を鍛えた方がいい。

 魄を鍛えると肉体は活性化する。毒や病に強くなり、より少ない食物・水・空気でも生きられるようになり、回復力が高まる。寿命も延びていつまでも若々しくいられる。

 魔法耐性や魔法力に関しては魂の領分だから、呪いや魔法への抵抗力は上昇しないのだが、こと健康面に関しては魄だけ鍛えておけば良い。肉体はあとからついてくる。


 だが、流石にハニャは無茶をし過ぎた。魄が育つ前によせと言ったのに無理な自主訓練をして魂魄が宿る器であるところの肉体そのものをぶっ壊してしまった。

 やっちゃったな。


 俺はハニャが言う事を聞いて真面目に鍛錬してくれると油断して監督を怠った。

 ハニャは仮にも師と仰いだ俺の言葉を軽視した。

 俺もししょーとして弟子の気持ちを考えられていなかったし、ハニャもししょーを信じきれていなかった。

 つまりこれはすれ違い事故だ。どんまい! 反省して次がんばろう。


 俺はまずヨーウィに命じ、彼らの寝床にハニャを運ばせた。爬虫類っぽい生臭さが漂う干し草の寝床でも野ざらしよりはずっといい。清潔だしな。臭いも意識がなければ分からんだろ。

 ハニャはヨーウィに担がれても反応を示さず、異常に汗をかいているのに水を飲めていない。放っておけば確実に死ぬ衰弱具合だ。

 人間も神もエイリアンも死ぬ時は死ぬ。だが心臓も血液も残っているのだからまだまだ生き残るチャンスはある。


 淡々とハニャの世話をしているヨーウィに言う。


「例の薬湯を飲ませてやってくれ」

「? 師、殺すのか」

「ハニャなら耐えるさ」

「楽観では。あれに耐えたヨーウィ皆無。人間は我らより弱い。死ぬ」

「ハニャの魄の素質はどのヨーウィより高い。頼む」

「分かった」


 ヨーウィはあまり食い下がらずあっさり頷き、寝床の近くの木の洞を漁り始めた。

 俺が森に生える奇形植物群を元にヨーウィ達を下働きとして使って開発した薬湯は、宇宙産金属植物抽出物を主成分としている。薬湯といえば聞こえはいいが液体金属に近い。

 これを飲むと肉体に液体金属が浸透し、より肉体と魄の連結が強まる。


 もちろん液体金属を体内に取り込んで無事ではいられない。液体金属は有害だ。水銀をイッキ飲みするようなもんだから普通は死ぬ。良質な魄を持つ者だけが毒性以上の恩恵を受け強くなれる。魄が強ければ一般人なら致命的な衰弱からでも復活可能だ。


 ハニャの魄は鍛えられていない状態でも相当質がいい。薬湯にも耐えられる。

 ……と思う。耐えるかどうかは五分だろう。


 回復魔法さえ使えればもっと話は簡単なのだが、ゴーストには文字通り手も足も出せない。出せるのは口だけ。

 すまんハニャ。俺にはこれ以外の方法が分からんのだ。がんばれ、耐えてくれ。


 ヨーウィが木製水筒を逆さにしてハニャの口に金属光沢のするテロリとした液体を注ぐと、高熱で真っ赤になっていた顔が紫になり、血の気が引いて白くなった後、土気色に変わった。

 や、やべぇ。まるで生気が感じられない。

 だが辛うじて生きてはいる。頑張れ、頑張ってくれ。生にしがみつけ。俺には祈る事しかできない。


「師。我、鍛錬を望む」


 俺が固唾を飲んで見守っていると、暇を持て余したヨーウィくんは我関せずとばかりにマイペースに言った。

 君達はほんといっつもそんなんだな。今それどころじゃねーんだよ! あっち行っててくれ!

 ……いやまてやっぱここで待機しててくれ! 容態が急変してもヨーウィくんがいてくれないと何もできない! ゴーストですまん!


 ハニャの闘病は三日三晩続いた。

 生気の無い小さな体はほとんど死体で、完全に冷え切り呼吸はか細い。脈も無いに等しい。

 それでも生きていた。


 果たして四日目の朝、ハニャは目を覚ました。

 本人の類稀な素質とヨーウィくんの献身的ではないが正確な看病のおかげだ。


 目覚めたハニャは、すぐにヨーウィが用意した薄い粥に口をつけた。最初は瀕死の猫が差し出された椀に舌を伸ばすように弱々しく。しかし一皿を平らげた後は身を起こして自分で食べ始め、二皿を食べ終えると腹を空かせた高校球児の如く勢いよくがっつきだした。


 いい食べっぷりだ。そういえば生前の俺もあんな感じだった。

 瀕死になった後のメシは美味いんだよなぁ。わかる。無限に食える。


 ヨーウィにまで噛みつく勢いでたっぷり十日分の食料を夢中で貪り食ったハニャは、そこでようやくさっきまで死にかけていた事を思いだしたらしい。

 無言で給仕しているヨーウィくんと懐かしく見守っている俺に気付き、びっくりして固まった。


「旨いか?」

「……私、死んでない?」

「飯が旨いって事は、生きてるって事だ。良かったな、ハニャは強いから生き残ったんだ。強いって良い事だろ?」

「うん」

「あとヨーウィにもありがとうって言っとけ。看病して貰わなかったら死んでたぞ」

「ありがとうヨーウィ。ししょーもありがとう」


 ハニャは匙を口に咥えたままちょっとモゴモゴしてはいたが素直に頭を下げた。

 ヨーウィは興味が無さそうに木の実をすり潰して次の粥を作っているが、尻尾をちょっと揺らして礼に応えた。


 よし!

 ハッピーエンド!

 じゃねえや、ハッピースタートだ!


 なんせようやく修行を始められるんだからな!








 一度生死の境をさ迷った後、ハニャは忠実に師匠の言う事を聞く聞き分けの良い弟子になった。しかし盲従するわけでもなく、分からない事があればどんどん聞いてくるし、自分の考えた新しい修行法を提案してくる時もあった。


 スタートがスタートだったからハニャは死の縁に立たされ続けるような過酷な修行を想像していたらしいがそういう修行はしない。拍子抜けした様子のハニャに俺は諭した。

 何度も死の縁に立ったらいつかうっかり転がり落ちて死ぬだろうが。当たり前だよなあ? 俺もエイリアン戦争で何度も死線潜って強くなったけど最後は潜り損ねて死んだ。死んだら積み上げた強さも全部パァだ。だから死の縁に立たずに済むように修行するんだよ! あの薬湯みたいなギリギリの賭けはやらずに済ませるのが一番。


 本人の元々の素質と薬湯の効能、そして世界最強の俺の全面監督指導のおかげでハニャはメキメキ強くなっていった。兄弟子・姉弟子にあたるヨーウィ達が相手をしてくれるため稽古相手にも事欠かない。

 驚嘆すべき成長速度だった。戦の神と同じぐらいの成長速度は常軌を逸しているとすら言える。


 ハニャはほんの一年で十年剣技を磨いていたヨーウィを打ち倒した。

 二年経つ頃には森で一番強いヨーウィを七日七晩に渡る決闘の末斬り殺してみせた。


 ハニャの魄は鍛え上げられたが、肉体は普通だった。小さな細身の少女のままで、顔色は悪く目の下には濃いクマが浮いていて、病弱にすら見える。森に来る前に血が染みついてしまったらしい赤い拳も変わらない。

 だがその身体能力は見た目と真逆だ。病とは無縁。不眠不休で百日動き続け、息継ぎなしで丸一日水底で瞑想できる。鋼鉄を握りつぶして砂鉄に変えてしまえる握力。雲を突き抜ける跳躍力。

 流石に剣捌きはまだ拙いが、魄の力が技術の差を覆す。そして本人も剣術の反復訓練と新技習得に余念がない。


 五年が経つと、森の中でハニャの相手をできる生物はいなくなった。

 俺が生きていれば相手をしてやれるのだが……


 ハニャを育てるのは楽しかった。ししょー、ししょー、と慕ってくる可愛い俺の一番弟子だ。

 不愛想なヨーウィ達とも仲良くなったようで、一緒に宇宙船の残骸から金属を切り出し、楽しそうに剣を鍛えたりしていた。


 しかし、楽しい日々は矢のように過ぎ別れは来る。


 俺の小さな銀髪の女剣士は、「私が二番目に(、、、、)最強って証明してくる」と言って森を出て旅に出た。ちょうど外に行くつもりだった数人のヨーウィを引き連れて。

 ハニャの話では外の世界は文明が相当衰退しているようだ。しかしハニャも小さな村に住んでいて、世界全てを知っているわけではない。偶然ハニャの村周辺が他地域に取り残された文明後進地帯だったという事も有り得る。

 強者はいる。俺も初めて神と勝負した時はその強さにビビったもんだ。勝ったけど。


 世界に覇を唱えんとするハニャの野望は果たして叶うものやら――――

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 二年経つ頃には森で一番強いヨーウィを七日七晩に渡る決闘の末斬り殺してみせた。 えぇ…殺しちゃうのか。斬り伏せるくらいにならんのか でも武士然とした性質みたいだから本望なのかな
[一言] さす黒留
[良い点] 面白さが留まるところを知らない!!!! [気になる点] 続きっっっっ!!!、早く続きをくれぇ!!、 [一言] 応援してます!
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