04 その刃の研ぎ方、未だ知らず
そのくすんだ銀髪の少女はヨーウィにくっついてやってきた。本人はこっそり尾行しているつもりらしかったが、木の幹の後ろに隠れていても顔が思いっきり出ていてバレバレだ。濃いクマの浮いた顔はギラついていて眼力が強すぎる。気付かないフリすら無茶だ。
なんなん?
「師。我、鍛錬を望む」
木刀を担いで剣技の訓練を要求してくる若いヨーウィくんは平然としていて、後ろの少女を気にした様子はない。
だからなんなの?
「後ろの女の子はなんだ?」
「迷い子。無害。ついてきた」
尋ねれば二又に別れた舌をチロチロさせ平坦に答える。ヨーウィの喋り方はみんなこんな感じだ。要点は伝わるのだがディティールがね。もうちょっと詳しく知りたいところだが本人に聞いた方が良さそうだ。
少女に手招きすると後ろを振り返り、首を傾げて周りを見回す。そうして自分が見つかっている事に気付くと飛び上がって驚いた。
かわいい。とりあえずかくれんぼの才能が絶望的に無い事はよくわかった。
抜剣したまま俺の返事を待って微動だにしないヨーウィくんに手振りで少し待つように伝え、素直にのこのこ出てきた女の子に話しかける。
「きみ、名前は?」
「ハニャ」
「ハニャ、どうしてここに?」
「強くなりにきた。透明の人はこのヨーウィより強い?」
「俺は世界最強だよ」
それは自信をもって言える。
なんやよーわからんが強くなるために俺の前に来るとはお目が高い。
「強くなりたいなら俺以上の先生はいないぞ。しかしよく俺を見つけたな」
「? よくわからない。森に入って、ヒポグリフに襲われた。ヒポグリフはヨーウィを見つけて逃げてった。だからヒポグリフよりヨーウィが強い。でもヨーウィはお前が師匠って言った。だからヨーウィよりお前が強い。私はお前から強さを学ぶ」
「あー」
なるほどね。別に俺に弟子入りしに来たわけではないのか。ほとんど偶然の産物に近い。
しかし結果的には正解だ。
俺は外の世界の話を聞きたいし、視たところ将来有望そうなこの子を鍛えるのもやぶさかではない。本人も強くなりたいならwin-winってもんだ。
「よし。それじゃあお望み通り強くしてやろう。強くなるために必要な事は全部教えてやる」
「……教えてくれるの?」
「? おお、教えてやる」
ちょっと不思議そうな、びっくりしたような様子でハニャは首を傾げた。
そりゃあそうだろう。そのつもりで俺のところに来たんじゃなかったのか。
「ちなみにハニャはどれぐらい強くなりたい?」
「すごく強くなりたい」
「ああまあ気持ちもそうだけどな、例えば誰かに勝ちたいとか、なんかの大会で優勝したいとか、そういう目標はあるのか」
目標を持つ事は大切だ。目標はモチベーションになり、モチベーションが高いと漫然と鍛錬するより身の入り方が違う。
尋ねると、ハニャは力強く即答した。
「誰よりも強くなりたい。私は最強になる」
「お、言うねぇ。よしハニャ。お前は今から俺の弟子だ。俺についてこいッ!」
「分かった。それで強くなれるなら」
ハニャは素直に頷いた。
実際のとこ最強になるのは俺がいるから無理だ。でもまあ、既に死んだ亡霊を最強格付けランキングに入れるのもどうかと思うし、俺を除けば最強にもなれるだろう。たぶん。
こうして俺に初めて人間の弟子ができた。
そして長々と待たされたヨーウィは暇そうに舌をチロチロさせた。ごめんて。
ハニャを弟子にして最初にしたのは適性検査だ。
強さには色々ある。
交渉術を極めれば戦わずして勝てるようになるし、狙撃を学んで遠距離から一方的に勝つのもいい。暗殺術で音もなく忍び寄り始末するのも強さの一つ。絶対に死なない生存術だってある意味では最強の強さと言えるだろう。人心掌握術を磨き、自分だけではなく部下や仲間の力を借りたり統率したりして常勝できるならそれもまた最強だ。
もちろん、単純に力持ちだとか強力な破壊魔法が使えるとかもシンプルで分かりやすい強さだ。
ハニャに一通り色々やらせてみたところ、剣技にズバ抜けた才能がある事が分かった。
本人は今まで岩を殴ったり丸太を持ち上げたりして鍛えようとしていたらしいが、そういうのは全く向いていない。完全に無意味とは言わないが。非効率が過ぎる。
ハニャは魄が強いしそっちを鍛えるのが最強への近道だ。
俺はとりあえず彼女に鉛の剣を持ったまま滝に打たれてくるよう命じた。
ワケが分からない、という顔をする無垢な少女にこの鍛錬の理由を説明する。
どれだけ効率的な訓練でも、理屈を説明されずやらされるのはストレスにしかならんからな。しっかり理解してしっかりやるのが大切だ。
「全ての生き物の構成要素は、肉体と、魂と、魄だ。魂と魄を合わせて魂魄といい、魂魄は肉体の性能を引き上げる。魂を鍛えれば魔法的に強くなるし、魄を鍛えれば物理的に強くなる。見た感じハニャは肉体が弱いし、魂が強くなりそうにも見えない。だが魄は強そうだ。だから魄を鍛える」
「……?」
「分からないか。えーと、単純にレベルアップするより物理能力値上昇スキルを手に入れた方が強くなれるからそうしましょうって話で」
「……?????」
やっべ、全然伝わってない。
神々はなんだかんだ頭良かったから俺の説明で理解してくれたんだが。十歳そこらの小さな女の子に鍛錬理論を分かりやすく説明するのは難しい。
「剣持って水に打たれてなんで強くなるの?」
「剣というか、金属を身に着ける事が大切なんだ。金属は魄と相性がいいから――――」
「むずかしい話しないで。私は強くなりたいの」
「うん。だからな、今はその強くなるための話をしていて、」
「あれやりたい。教えて」
放置され続け暇を持て余し、岩を剣で斬り裂く自主練習を始めたヨーウィを指さしハニャが言う。
いやいや、あれをやるには色々足りてない。要求レベル50の鍛錬をレベル1のやつがやったら体ぶっ壊すぞ。
「あれはまだ無理だ。基礎固めをしっかりやってようやく、」
「どうして? 私、やる気ある。やれる」
「やる気の問題じゃないんだよ。こういうのは手順を踏んでやらないとダメなんだ」
「才能あるって言ってたのに?」
ハニャは不貞腐れて口を尖らせた。
う゛う゛ーん! イライラしてきた。
落ち着け俺。ハニャは何も知らないんだ。俺は全部分かってるから物分かりが悪いように感じているが、ハニャ視点で考えればいきなり本当か嘘かも分からんややこしい理屈をべらべら喋る胡散臭い幽霊にしか見えてないんだ。
子供らしい全能感。
自分はもっとやれるんだ。
正当に評価されていない。
先生は、上司は、師匠は自分を低く見積もっているんだという幻を信じている。
ああああああああああああああああ苦しい!
どうやって分からせたらいいんだこれは?
俺はなかなか理解してくれないハニャに苛立ちながら、努めて優しく言った。
「才能はある。間違いない。才能あるがまだ早いんだよ。あのな、あのヨーウィはああやって岩を斬れるようになるまで五年かかってる。ハニャなら一年……いや半年でできるようになる。そのためにはまず魄を鍛錬しないとダメなんだ。魄の強さは物理的強さの全ての基礎になるから、まずはそこをだ。今は苦しくても、成長しなくて足踏みしてるように思えても、後になったら必ず地道な基礎訓練をして良かったと思える。俺を信じて言う通りにしてみてくれないか?」
「……ししょーがそう言うなら」
ハニャは露骨に納得していなかったが渋々頷き、ヨーウィから鉛の剣を受け取り近場の滝にてってこ歩いて行った。
よかった、分かってくれた。
「師。終わったか」
「ああ悪かった。鍛錬を始めよう」
俺はヨーウィに頷き、ハニャを見送って彼の剣技指導をはじめた。
滝に打たれる基礎訓練は本当に基礎的なもので、剣を持って滝に打たれるだけでいい。細かい指導もクソもない。ただ剣を握って滝に打たれる。それさえ守っていればよく、逆立ちしていてもいいし明日の晩御飯のことを考えていたっていい。
見張ってあれこれ指図するのはかえって雑念になり鍛錬効率を落とす。
そう考えてハニャの自主性に任せ滝業をさせてたのだが、直弟子の面倒見を怠ったツケはすぐに来た。
言いつけを破り、滝業をサボって鉛の剣で岩を斬る訓練をコソコソやったハニャは順当に体を壊し、体を壊し高熱を出し意識不明の重体になってしまった。
だから言ったじゃん!
だから言ったじゃん!
ああああああああああああああああああああ初の直弟子が死ぬゥ!