34 師は弟子を育て、弟子は師を(完)
イースは俺の顔色を窺いながら遠慮がちに身の上話をした。長い長い星間種族の物語だ。
曰く、エイリアンはとっくの昔に再侵攻を諦め文明を衰退させていて、イースは興味本位の単独行動でこの星にやってきただけなのだという。
侵略するつもりは一切なく、学術的調査のために現地に溶け込み、偶然俺に出会い、教科書で何度も見た犯罪者顔に泡吹いて気絶して、なんやかや弟子入りして、恋心を覚え……今に至る。
話を聞いて複雑な思いがした一方で納得もした。
夜空の星に混ざる緑の瞬きの正体。初対面で失神した理由。女神の愛の呪いがイースにだけは効かないカラクリ。アレもコレもソレも、イースがエイリアンだという前提に立てばすっきり説明できてしまう。
だが信用できるかどうかは話が別だ。
だってエイリアンだぞ。この星に生きる全てにとっての不俱戴天の仇だ。味方面して近づいてきた奴を信用して懐に入れて、星を内側から滅ぼされたらどうする? 純真に俺を慕っているように見えても腹に何を抱えているか分かったもんじゃない。
「話のスジは通ってるが。そうやってまた俺を騙してるんじゃないか? 隙をついて殺すつもりなんだろう」
「そんな、」
傷ついた表情で(それすらも演技臭く見えた)反論しようとするイースを手で制し、ニニンが淡々と代わりに答える。
「殺すつもりなら復活させたのはおかしい。騙そうとしているなら肉体を与えてから告白したのはおかしい。肉体が無い時に告白すれば激昂したマスターに殺されかける危険もなかった。イースは命賭けでマスターに誠意と……愛情を尽くした」
最後の部分だけちょっと気恥ずかしげに目を逸らし、ニニンは断言した。
言うねお前。
まあいいだろう、そこは認めよう。理屈に反論の余地はない。イースの愛情が本物だと仮定しよう。
そもそもゴーレムは愛情なしには作れない。偏愛だろうが狂愛だろうが、必ず愛はある。
だがエイリアンだ。どこまでいってもエイリアンだ。
「イースはエイリアンを裏切ってエイリアンの敵につこうって訳なんだろう。理由はどうあれな。一度裏切った奴がもう一度裏切らない保証は?」
「心配なら保険をかけて下さい。裏切れない魔法でも、裏切った瞬間に死ぬ自爆装置でも、なんでも。それで教授が安心できるなら、喜んで」
胸に手をあて、儚げな微笑を浮かべるイースの献身的に過ぎる言葉に流石に揺らぐ。
後で裏切ろうって奴が、一時の熱に浮かされて同族最大の敵を復活させた奴が、ここまで言うか? 今さっき自分を殺そうとした相手に命を握らせるか?
コイツはエイリアンだ。
俺の家族も友達もみんな殺した。
故郷を更地に変えた。
俺だって殺された、苦しめられた。エイリアンさえ来なければ。エイリアンさえいなければ!
でもイース自身がやったわけじゃない。あの星間戦争が起きた時、イースは生まれてもいなかった。
イースはエイリアンだ。敵だ、一匹残らず駆逐しないといけない……そうだろうか?
エイリアンにも色々な奴がいる。イースは例外、なのか?
今までのイースとの思い出が蘇る。
イースは本当にいい娘だ。最初はぎこちなくて、怯えていて、どこか浮世離れして、しかしずっと俺に真摯だった。
ああ分からない。
頭を抱える俺に、退屈そうにアストラル=ライトの切っ先で地面にラクガキしていたハニャが顔を上げて言った。
「みんなどうしてそんなに難しい話してるの? 私、お城のお姫様がよかった。でも奴隷だった。それでがんばって修行して、強くなった。だから私はここにいる。イースはえいりあん。でもがんばって修行して、強くなった。だからししょー復活した。イースは強くてえらい。好き。ししょーはイースの何がダメなの?」
「…………」
純粋に不思議そうに首を傾げるハニャを前に言葉を失った。
エイリアンだからダメなんだ、なんて言えやしない。それが通るならハニャだって元は奴隷だし、勇者はただの村人で、ニニンも貧乏な町娘だ。俺に至ってはこの世界出身ですらない。
人は――――エイリアンも――――生まれを選べない。
「先生。俺は先生の気持ちが少し分かる」
「ストロンガー……」
「許せとか受け入れろとか、事情があったとか。この憎しみが分からない奴らがどいつもこいつも他人事みたいに言いやがる」
小さな魔王を憎々しげに一瞥し、ストロンガーは続けた。
「許さない、受け入れない、事情なんて知った事か。だが憎悪は他の想いと同居できる。コイツは最悪のクズだ。この世全ての苦しみという苦しみを味わい絶望しながら死ぬべきカスだが、イースを、妹弟子を守ったのは認める。俺はそうする」
「…………」
「先生はどうする?」
沈黙が下りる。
皆、言いたい事を言った。あとは俺が結論を下すだけだ。
どうするべきか。
どうしたいのか。
考え、自分の心に聞き、ややあって俺はイースに手を伸ばした。
笑顔は作らない。だが睨みつけもしない。
罵声は浴びせない。だが優しい言葉もかけない。
ただ、手を差し伸べた。
イースが最も欲しているだろう言葉をかけてはやれない。俺は英雄だが聖人ではなかった。口が裂けても「イースがエイリアンでも気にしない」なんて言えない。
エイリアンは気にする。一番気にする。嫌で嫌で嫌で仕方がない。危うく殺されかけたのだ、イースも俺の内心は死ぬほど分かっているだろう。
それでも俺は何も言わない事にした。
イースも何も言わなかった。
何も言わず、全てを理解し嬉しそうに俺の手を取った。
俺が歩き出すと、イースは手を握りしめたまま隣に寄り添ってついてきた。
ストロンガーは肩をすくめて俺のすぐ後ろを歩き、ハニャは楽しそうに前に走り出てちょろちょろしはじめ、ニニンはいつの間にか姿を消している。
俺達は歩いていく。今まで通り、今まで以上に向かって。
その後の話を少しだけしよう。
神が地上から消えて久しい現代、大英雄は朧げなほのめかしとしてしか世に残っていない。加えて俺はイース謹製の人間そっくりなゴーレム体。誰も俺の正体に気付かない。
肉体を得て気づいたのは、自分でも意外なほど弟子育成を気に入っている事だった。イースと同居して彼女が妙な企みの片鱗でも見せないかと目を光らせつつ(イースにとっては願ってもない事のようだった)、ポーション作成やら狙撃術やら魔導建築やらの弟子をとっては育てる日々を過ごした。
ハニャとストロンガーはたびたび俺の体術奥義でクレーターになった僻地で決闘している。長年の封印によるブランクは大きく、魔王戦後も腕を磨いた勇者が勝ち続け魔王を大人しくさせているが、奴もそろそろ身体的なピークを過ぎ老化が始まりつつある。果たしていつまで勝てるのか、勝てなくなった時はどうなるか。それは当人同士のみが知る。
ニニンは基本的に音沙汰がない。その分裏社会では怪しげな噂が一人歩きして、恐ろしい逸話がある事ない事増え続けているようだ。
その全てを上手く使いこなし、伝説の暗殺者は悠々自適の半隠居生活を満喫しているらしい。
俺の弟子は皆歴史に名を刻むヤベー奴らで、そんな弟子達を誇りに思う。
ちなみに。
ようやく「あの時は八つ当たりして悪かった」と謝れたのは二十年後。息子を寝かしつけたイースに七人目の弟子をとるつもりだと話す会話の中での事だった。
イースは笑って許してくれた。




