32 全員集合!
勇者ストロンガーは修行に捧げた青春時代を悔いてはいない。おかげで魔王を倒せたのだから。
しかし歳を取ると考えも変わる。友と遊び、親の手伝いをし、親方の弟子入りをして、私塾に通い……といった普通の青春を過ごしていたらと思うのだ。
魔王を倒し、国政に携わるようになったストロンガーは自らの未熟さを思い知った。
どれだけの力があっても広大な小麦畑の世話を一人ではできない。布を織り服を仕立てる事もできない。そういった人々を導いていくのも難しい。
戦場で旗頭となって戦う事と、政治の場で言葉を戦わせるのは全く違った。
ストロンガーも鈍くはない。普通の市民として生きるに過不足ない程度の社会性はある。だが、海千山千の商人や政界の魑魅魍魎を相手に立ち回れるかといわれれば無理だった。
勇者を国王に、という民衆の熱狂的な声にストロンガーは応えず、魔王戦役の盟友戦士ヴォーリの勧めで新国家の軍部に就いた。
ストロンガーは軍部で自らが先陣を切る他に部下を使う事を覚えた。部下を育てていく中で、自分を育ててくれた先生の苦労も身に染みて知った。
やがて結婚し、戦場から離れたストロンガーは以前と比べ穏やかになった。自分が知らない穏やかで優しい青春の日々を笑って過ごす子供たちを屋敷の窓から眺めて微笑むストロンガーは、魔王戦役の苛烈な彼を知る者の目を疑わせるほどだ。
しかし魔王への憎しみだけは消えてはいない。
魔王はどれほどの歳月が過ぎ去ろうと許されない事をした。
魔王のせいでどれだけの人々が苦しみ、死んでいった?
魔王はストロンガーの友を、親を殺し、全てを奪い去った。
ストロンガーは魔王を決して許さない。
先生に魔王について尋ねられた時、ストロンガーは嫌な予感がして封印の地を確かめにいった。魔王は相変わらず腹の立つ涼しげな顔で封じられていた。
ホッと一安心したのもつかの間、魔王は何者かに封印を解かれ逃げ出す。
一体封印を解いたのは誰なのか?
愚問だ。考えるまでもない。
そしてストロンガーの想像が正しければ、逃げ出した魔王とその手助けをしている者を見つけ出すのは困難を極める。少なくとも自分は無理だ。戦い方は知っていても追跡術は知らない。
ストロンガーはひとまず出せるだけの追手を差し向けながら、魔王を確実に見つけ出せる本命の人物を探した。
ストロンガーには心当たりがあった。かつて自分の警戒をすりぬけ、警告を残していった謎めいた存在。単独犯なのか複数犯なのかも分からないが、自分の警戒をすり抜けたのなら、魔王一行の警戒をすり抜け隠形を見破り追い詰められるに違いない。
初対面(?)で警告するぐらいだ。件の謎めいた存在が決して勇者に好意的でないのは明らかである。
しかし問答無用で殺しにかかりもしてこなかった。交渉は可能なはず。
警告を発し遠ざけようとしていたぐらいなのだから、勇者ストロンガーに探されていると知られれば手の届かない闇に潜ってしまうだろう。
遠回りに慎重な接触を試みたストロンガーだったが、探し始めてからものの数日で目論見は露見した。再び枕元にナイフが突き立てられテーブルに古今東西の暗器と毒薬が綺麗に整頓して並べられているという怪異が起きたのだ。
それでもストロンガーは諦めなかった。
屋敷の使用人が何かに怯え次々と辞職していっても、食事に致死性の毒を盛られ生死の境をさまよっても、探し続けた。
一年後。七度殺されかけ、しかし一切の反撃をせず対話・交渉を求め続けたストロンガーに謎の存在、おそらく伝説の暗殺者「ニンジャ」は根負けした。
妻が寝た後、深夜にカーテンの影から音もなく現れたフードの案内人に導かれ、ストロンガーは政府公認の賭博場に案内された。真夜中だからこそカードやルーレットで賑わっている着飾った上流階級の人々の間を足早に抜け、防犯魔法がかけられた扉の奥の部屋に案内される。
ストロンガーは政府側の人間だが、公営賭博場の奥の部屋の存在は知らなかった。まさか自分達が運営しているお膝元に暗殺者が食い込んでいるとは夢にも思わなかった。
更に二つ、三つと扉を抜け、階段を降り、上り、隠し持っていた短剣を預けさせられた後、ようやくストロンガーは探し求めた人間に対面する事を許された。
狭い密室でテーブルに着いたその男は身振りで傍らの使用人を後ろに下がらせ、底知れない暗さをたたえた瞳でじっとストロンガーを見つめた。
「それで?」
顎で促され、ストロンガーは男の対面に座った。男は印象の薄い顔立ちをしていて、二十代の若者にも見えれば、五十代の壮年にも見える。声もしっかり聞こえているはずが耳に残らない不思議な声音だった。
「何か俺に頼みたい事があるそうだな。金は?」
催促され、ストロンガーはずっしり重い金貨袋をテーブルに滑らせた。大金だが目的のためなら少しも惜しくはない。
男は頷いた。
「いいだろう、事情は聞かん。さて一体誰を」
「待ってくれ。君ではなく君の後ろの人には頼めないか?」
「……何?」
「彼は、いや、彼女か? その人は失礼ながら君より優れているように見える」
対面に座っている男はかなりの実力であるのが分かった。少なく見積もっても剣士にして双魄級。気配を読みにくいが連魄に手がかかっている可能性すらある。
ストロンガーが彼ではなく背後に控えている人物に注目したのは直観に近い。確かに男は自分に敵対し得るだけの実力はあるだろう。しかし例え実力を隠しているとしても、自分を翻弄できるほどの脅威は感じなかった。確かに強いが怖くはない。
それよりも後ろにいる何の変哲もない使用人の方が気になった。一体何に違和感を感じているのか自分でも分からないが、漠然とした何かが引っかかったのだ。
「何を言い出すかと思えば。勇者殿も耄碌したと見え――――」
「下がれ」
鼻で笑った男は、使用人の一言で表情を消し、一礼して影に溶け姿を消した。
フードを被った使用人は瞬きの間にいつの間にか椅子に座っていた。
性別、年齢、実力。何も掴めない。意識を向けても霞のように全てが朧気で、目の前にいるのに空気のようだった。
ゴクリと息を飲むストロンガーに、伝説のニンジャは言った。
「私の仕事は暗殺。人探しじゃない」
「そこを曲げて頼む」
ニンジャは話す前に既にストロンガーが何を依頼したいのか知っていた。
ストロンガーは頭を下げ、更にもう一つ金貨袋を重ねて置いた。
「…………」
ニンジャは二つの袋を手元に引き寄せ、片手で投げ、掴み、重さと音を確かめる。
それから少し考え、袋を懐にしまった。
「一日、待て」
「感謝する」
翌日、ストロンガーはニンジャの影渡り魔法で辺境の地に隠れた魔王の元へ急いでいた。
影から影へと渡る珍しく扱いの難しい魔法をニンジャは巧みに使いこなし、本来なら十数日かかる旅路を数分に縮めてみせた。
海に面した急峻な山岳地帯を二人は素早く登った。
ニンジャは必ず自分から逸れず、余計な物に触らず自分の足跡以外を踏まないよう警告した。巧妙に隠された罠があると言うのだ。
ストロンガーならば罠にかかっても死にはしないものの、罠発動時の騒音で接近を悟られ逃げられてしまう。
勇者をして振り切られそうになるほどニンジャは素早かった。実のところニンジャも自分の速度についてくる勇者に戦々恐々としていたのだがストロンガーは知る由もない。
登山の途中、二人は恐ろしい気配の出現を感じた。
まるで大地が、海が、星が、剥き出しの暴力になって表れたようだ。
二人は何が生まれたのか、何が復活したのか悟った。自分達よりも遥かに強い隔絶した気配を放つ魂魄の持ち主は一人しかいない。
ストロンガーは気配の元に急行する。
そして激しい怒気を発する師が、怯える若い女性を殴り殺そうと拳を振りかぶっているのを目にした。
勇者ストロンガーは修行に捧げた青春時代を悔いてはいない。おかげで魔王を倒せたのだから。
しかし歳を取ると考えも変わる。友と遊び、親の手伝いをし、親方の弟子入りをして、私塾に通い……といった普通の青春を過ごしていたらと思うのだ。
魔王への憎しみは今も変わらない。
だがそれだけではない。
ストロンガーは普通の幸せを謳歌する無垢な人々を守る事に喜びを感じるようになっていた。自分が知らない普通の人生を、自分の代わりに普通にまっとうして欲しい。
憎しみで魔王を倒す偉業を成した勇者は、時を経て勇者らしい弱者を守る心に目覚めたのだ。
「先生、駄目だ!」
「やめて、ししょー!」
ゆえにストロンガーは剣を抜き、魔王と同時に飛び出し、女性と先生の間に割って入った。




