31 英雄復活
ハニャ曰く、勇者ストロンガーは封印の安全を確かめた後に近日中に別の場所に移送するから大人しくしているように言い、首を絞めて殺したそうに手をウズウズさせながら舌打ちして立ち去ったらしい。
俺とイースによるハニャ奪取を防ぐために封印場所を変えようと考えたようだ。その移送計画のおかげで居場所を特定し奪取できたのだから皮肉という他ない。ストロンガーには悪いがこっちにもこっちの事情があるんでね。悪く思え。
深さ数キロはあろうかという深い渓谷の底から、イースはハニャに担ぎ上げられひとっ跳びで地上に戻った。急激な加速で失神し目覚めると共にふらついてゲロを吐き始めたイースをハニャは地面に転がし、匂いを嗅いで停車させておいた馬車に目を付ける。そして馬車にするりと潜り込み、積んでいた食料を食い漁りだした。
「あんなのただの猛獣じゃないですか」
吐く物を吐いたイースが口元を拭いながら青い顔で言う。戦々恐々とした目線を向ける先ではハニャが一抱えほどもある水がめを持ち上げ逆さにして、明らかに自分の質量を超えた量の水を一気飲みしていた。
「馬鹿、猛獣がチーズの包み紙破ってパンに挟んで食うかよ」
「そういう事じゃ……ああいや、やっぱりいいです」
食料を食い漁るハニャがイースの着替えのオシャレな服を見つけ、目を輝かせて自分の体に当てがいサイズの違いに肩を落とす。それを見たイースは苦笑して猛獣発言を取り下げた。
そうなんだよ。ハニャはちょっと世界征服した経験があって世界最高峰の剣士なだけで普通の女の子なんだよ。
たらふく食っておねむのハニャを馬車に乗せ、俺達は勇者に見つかる前にさっさと逃げ出した。馬車は魔法で浮かせているから、轍の跡を追われる心配もない。
七日七晩かけて封印の地から遠く離れた海辺の山岳地帯に移動した俺達は、ハニャが山肌をくりぬいて作った洞窟を拠点化しさっそくゴーレムの制作に取り掛かった。もちろん、作業の主役を担うのはハニャだ。
ハニャの魂は弱い。魔法を使えないし、魔法抵抗力もめちゃくちゃ弱い。お母さんが子供の子守歌代わりに使うような、気休め程度の効果しかない睡眠魔法でもコテンと寝てしまう。
そしてその魔法脆弱性をカバーして余りあるのが魄の強さだ。ハニャは魔法の前兆を察知し斬り払い、全ての魔法を無効化できる。ハニャは斬る事しかできず、斬る事ならなんでもできるのだ。
ハニャの愛剣、エイリアンの宇宙船の残骸の装甲版を加工して鍛えたアストラル=ライトは勇者が持っているから、数打ちのどこにでもある普通の剣しか使えない。
それでもハニャはその普通の剣を巧みに力強く操り、イースの指示通りにモノリスを切断加工していった。
モノリスほどの強度の物を切断する剣技は即断即応が求められ目まぐるしく状況が変わる忙しない戦闘中に使える技ではない。非戦闘時に落ち着いて冷静に集中してはじめて使える、実戦では役に立たない大道芸だ。
俺はその大道芸を実戦レベルで戦いに組み込めるが、ハニャはその域にない。数回斬れば剣は曲がり、欠け、あるいは砕けてしまう。
ハニャの仕事は指示通りにモノリスを切断加工する事で、俺の仕事はイースの設計図を分かりやすくかみ砕いてハニャに伝える事で、イースの仕事は材料となるモノリスの回収や食料・剣の調達だ。
イースが引いた俺の体の設計図は複雑で込み入っていて、俺では理解できない箇所も少なくない。それでも相当人間に寄せた設計だというのは分かる。代謝再生機能はとにかく、生殖機能なんてあっても仕方ないと思うのだが。そのせいで部品数が無駄に増えてるし。
勇者は早々に魔王の封印が解かれたと知り、世界に混乱を招かないよう秘密裡に追跡部隊を放ってきた。国の諜報部隊に森林や山岳に慣れた腕利きの狩人達。海への逃亡を考慮して航海士も多数動員する徹底ぶりだ。
だがこちらには俺がいるし、ハニャもいる。尋常な手段では見つけられない。
見つかる事もあったが、生きて返す事はなかった。
そして勇者と鬼ごっこをしながら丸一年。
俺は組みあがった俺そっくりのゴーレムの心臓部に剣の欠片を埋め込む工程を見届け、視界が真っ暗になりゴーレムに吸い込まれ溶け込んでいく感覚に身を任せた。
イースの魂魄は貧弱だ。
魔法も剣技もからっきしで、そういったモノへの感性も鈍い。ハニャが強いと聞いていても、ハニャの姿を目の当たりにしても、ハニャが実際にその力を振るって見せるまで強さが分からなかった。
ゆえにイースはゴーレムの体に霊魂を宿らせ、フラつきながら立ち上がった敬愛する教授を見ても喜びこそすれ恐怖はなかった。
顔を土気色にして全身から滝のように冷や汗と脂汗を流し、ガタガタ震えるハニャの反応こそ分からない。
「し、ししょー?」
「skhんmいみおにddshyヴぁいおついh」
教授は意味の分からない言葉を漏らしながら、初めて歩いた赤ん坊のようなおぼつかない足取りでイースとハニャに近づいてくる。
「教授? 大丈夫ですか」
「ぴぇっ……!」
イースは転ばないか心配で駆け寄って教授の体を支えたが、ハニャは小さく悲鳴を上げ物陰に隠れ、こわごわ顔だけ覗かせた。
「イース、イース。触らないのがいい。うっかり塵にされる」
「ええ? 教授はそんな事しませんよ。教授、六感リンクは正常に機能していますか? 声聞こえてます?」
緊張し泣きそうな小声で忠告してくるハニャへ気楽に返し、イースは危なっかしくフラつく体を抱き留め支え、教授の存在を肌で感じられる喜びに頬を緩ませた。
「もいkmぃいんhsyあぬいぐ……あいぶあぼいんい……あー……いろはにほへとちりぬるを……よし慣れた。ありがとな、イース」
抱擁はすぐに終わった。口から垂れ流していた意味の無い雑音は急速に洗練されていき、音程が整い言語として成立する。イースに全身を預けなければ今にも崩れそうだった体はしっかり床を踏みしめ、逆にイースを軽く抱き返し背中を優しく叩いた。
「ハニャも。もう大丈夫だ、ちゃんと制御した。怖がらせてすまんな」
「……ししょー、そんなに強いのに殺されたの?」
「エイリアンの恐ろしさが分かったか?」
ハニャは物陰から半分だけ出した顔を激しく上下させ頷いた。
エイリアン、という単語を聞いたイースはニヤけてほわほわしていた表情を引き締めた。
そう。それが自分と教授の間に立ち塞がる唯一最大にして致命的問題だ。
ずっと悩んで悩んで悩み続けていた。
だが結論を出し、行動する時が来た。
今言わなければ永遠に真実を告白する勇気を持てないに違いない。
「あの」ハニャをこうまで怯えさせる教授の怒りを買えば殺されるだけで済まないだろう。それでもイースは本当の自分を知ってもらいたかった。受け入れてもらいたかった。
「あの、教授。言っておきたい、言わないといけない事があるんです」
「ん?」
口が乾く。頭が痺れる。今からでも全部無かった事にして口をつぐみ、今まで通りの関係を続けてしまいたい。
だがイースは前に進むと決めたのだ。
イースはもつれる舌を動かし、意を決して言った。
「私は、私は、本当は……ナクーブ、エイリアンなんです」




