03 I need more power!!!!!
世界に神託が下されなくなって久しい。
天よりやってきた邪悪な神々との激しい戦いに傷つき眠りについているのだと古老はいう。あるいはかの大英雄、神より出で神を超える者と共に終わりの無い旅に出たのだとも。
真相はどうあれ、大多数の人々にとっては神がいなくなったという事だけが事実だった。
神の救いはなく、神の罰もない。
最初は最後の神託通り、邪神の滅びの光から辛くも逃げ伸びた人間は身を寄せ合い助け合って暮らしていた。
しかし十年、二十年と時が過ぎ、天災はぱったりと止んだ。
空の淀みが消え、海に色が戻る。
しかし神は戻らない。人々を導く神の声はなく、姿もない。
長らく狭い保護地で息を潜めていた人類は、やがて外に目を向け恐る恐る自分の足で歩き始めた。
大地に刻まれた天災の爪痕は深刻で、人々は少ない獣の肉や僅かな飲める水、乏しい果物で生き抜かなくてはならなかった。逞しい自然は少しずつ元の繁栄を取り戻していったが、少しでは足りなかった。
少ない資源を前に人々の対応は二種類に分かれた。
即ち、分け合うか奪い合うか。
神の最後の言葉を守り、少ない資源を分かち合った人々は残酷にも共倒れした。
誰も彼もが最低限生きていく食料すら口に入れられず、平等に餓え、平等に絶えた。
だから生き残った人々の間では欲しいものを手に入れるチカラこそが尊ばれ、正義とされた。
国というものはとっくに崩壊し、知識技術の継承が途絶え文明は衰退していたが、自然が戻り人口も戻りはじめると再び結束しはじめた。各地に小さな村ができていった。
ハニャはそんな小さな村に生きる少女だ。
背が低く力が弱いハニャは虐げられ馬鹿にされ、毎日野菜クズと腐りかけのイモを火も通さず口に押し込み、物置小屋で丸くなって寝ていた。服はなく、破れたイモ袋が服代わり。
朝早くから夜遅くまで働かされ、目の下の濃いクマはしみついて取れなくなっていた。
今は亡きハニャの母は銀髪が麗しい美女で、娘にも母譲りの美貌の片鱗は見えていたのだが、生来の身体の弱さが蝶よ花よと育つ事を許さなかった。物心ついてから死ぬなら死ねとばかりに働かされた。厳しい時代だった。
そうして育ったハニャは甘える事を知らず、力を渇望した。
目に映るのは倒した魔物を担いで狩りから戻り、大歓待を受ける男達の満足気な笑み。
魔法で水を薬に変え、戦いに傷ついた戦士を癒す女達の着飾ったすまし顔。
毎日お腹いっぱい食べて、温かい寝床でぐっすり寝て。
力さえあれば自分もああなれるのだと、ハニャは羨んでやまない。
ハニャは力を求め、見様見真似で鍛え始めた。
師もなく身寄りもない少女はなんでも自分でやるしかない。
男達が丸太を持ち上げ、岩に拳を打ち付けてるのを見て、ハニャもその通りにした。
そうしてハニャは腰を壊し、拳が砕け数日指が効かなくなった。
体が訓練に耐えられなかったのだ。強くなるどころか弱くなってしまった。
だがハニャにはそんな事は分からない。村の強者が苦しそうに鍛錬するのを見ていたから、痛くて苦しくても強くなるためには必要な事だと信じた。
血が出るまで小さな拳を岩に叩きつけ、全身の骨が悲鳴を上げても丸太を持ち上げようと顔を真っ赤にして唸った。
明らかに身の丈に合っていない体を壊すだけの無茶な鍛錬だったが、止める者はない。
ちょっと振り回しただけで折れそうなほど華奢で薄汚れ酷いクマの浮いた不健康な少女に稽古をつけてやろうという物好きは誰もいなかった。
一年経ち、二年経ち、三年が経つ。ハニャはようやく自分の鍛錬が間違っているのではないかと思い始めた。岩に打ち付け続けた拳は血が染み込んで赤黒く染まり、腰の痛みは慢性的になっていた。
誰も何がどう間違っているのか教えてはくれなかったから、ハニャは一生懸命頭を捻り自分で考えた。
出した結論は「手本が悪い」だった。
村の戦士や魔法使いを手本にするのでは足りない。
もっと強い生き物をお手本にする必要がある。
目を付けたのは森の魔物だ。
魔物の中でもいわゆる森の魔物は別格とされている。
彼らは神が特に近づいてはならぬと定めた禁足地、神々の戦いの終わりを結ぶ破壊神降臨の忌まわしき土地、今では「昏き森」と呼ばれ畏れられる場所からやってくる。
森の魔物は強く、賢く、大きく、全てにおいて強靭だ。
森から迷い出てきたヒポグリフは長年魔物を屠り頼られてきた村一番の力自慢を爪の一閃で殺す。普通のヒポグリフを二体同時に相手にできる戦士ですら、森のヒポグリフは手に余る。
それほどまでに森の魔物は強い。
昏き森の魔物には手を出すな。
それが森の近くに住む村に伝わる伝承だ。
とはいえ森の魔物は滅多に昏き森の外に出てこない。出てきた時は村が幾つか壊滅するほどの甚大な被害が出る。村の垣根を超えた戦士団が組まれ、総出で討伐される。足手まといにしかならないハニャは見物すら許されない。
どうすればいいんだろう、と考えるハニャに転機が訪れる。
薄汚れ痩せていても、ハニャは少女だ。酷い生活でボロボロになっていてもなお可愛らしさの片鱗は残る。
村の最底辺に人権などない。ある日のこと、新進気鋭の若い戦士の男がハニャが寝床にしている物置小屋にやってきて、乱暴に無理やり慰み者にしようとしてきた。
咎める者はない。弱い者は弱く生きていくしかないのだから。
ハニャの決断は素早く苛烈だった。
不埒者の股間を食い千切り、鋤で頭を殴り飛ばして村を逃げ出した。
抵抗されるとは露ほども考えていなかった男を一人倒したところで自惚れはなかった。村を敵に回して戦い抜く力はない。村の貴重な戦力を戦闘不能にしてしまったハニャは許されはしない。
自分の弱さをハニャはよく知っていた。
私にもっと力があれば。
力さえあれば逃げずに立ち向かえたのに。
力が。
力が欲しい!
進退窮まったハニャは、優秀で勢いづいた戦士達を幾人も呑み込み帰らぬ人にしてきた呪われた昏き森にふらふらと入っていった。
自分が求める力がそこにあると信じて。
物置小屋で血まみれになっている若い戦士の男からハニャの離反を聞いた村人達は、少女を追いかけようとはしなかった。昏き森に迷い込んでいく後ろ姿を見た者がいたのだ。
自殺も同然。恐るべき魔物達の巣窟に入り込みどうして生き残れようか。それにハニャにしつこく追いかけるほどの価値はない。いてもいなくても大差ない弱者だったから。
そうして虐げられ力を渇望する少女は世界最強の男のゴーストに出会った。