29 愛が重い
神々は人間によく似ている。いや、人間が神々によく似ているというべきか。人間は創造神が自分達を模して作ったのだから当然だ。
その類似性は見た目だけに留まらず、心の在りようにも及ぶ。つまり神々も泣くし笑うし、友達のために怒ったり浮気したりサボったり、人間と変わらない。
自分より立場の弱い奴に絡んで延々と自慢話を聞かせ困らせたりもする。
そんな自慢話をしたい心理の名残が現代に残る神々のモノリスだ。
自分の偉業を書いた自称オシャレな詩歌を人間に無理やり読ませて喜ぶ質の悪い酒場の酔っ払いおじさんが如き所業が、今俺の役に立つ。
神々のモノリスは大地に突き立てられた大人の背丈ぐらいの大きさの壁岩あるいは金属板に見える。そしてそこに色々な文章が刻まれているわけだ。若かりし頃の創造神が愛の女神に送った顔から火が出るほど恥ずかしい短文詩とか、戦神が巨人族をボコった時の勇ましい歌とか、死神お気に入りの爆笑死因集とか。
モノリスは素材も刻まれた文字数も文体も多岐に渡る。どれにも共通するのは超高強度かつ不朽の頑丈な素材で作られているという事だ。さもなければ創造神は読んでいるこっちが恥ずかしくなる初々しい黒歴史の証拠をとっくに破壊していただろう。
エイリアンとの戦いに巻き込まれて壊れたり消滅したりしたモノリスは多いが、いくつかはまだ残っているはず。すごく頑丈な謎の石碑を見つけたという話をハニャから聞いた事もある。
神の文字の読み方を知っているのは最早俺だけ。友達の生きた証を壊してしまうのは気が咎めるが、どうか許して欲しい。モノリスの回収・加工は俺が復活する上で必須だ。
ゴーレム研究所爆破事件の責任から逃げるように旅に出たイースはかつてないほどウキウキしていた。旅に出るにはどんな服がいいかと俺同伴で服屋を何件もハシゴする浮かれっぷりである。ここしばらく沈んだ様子を見せていたが吹っ切れたらしい。
時々遠くを見つめたり溜息を吐いたりしていて、何か悩み事があるのは間違いないから折に触れて悩みは無いか聞いていたのだが結局相談してくれなかった。自己解決できたならいいのだが。
修行完了のタイミングで吹っ切れたから、たぶん自分が修行を完遂できるか不安だったとかそんな感じだと思われる、そんな悩みなら相談してくれれば良かったのに。
どこかで頭打ちになって大成できなかったとしても怒らない。俺の心はそんなに狭くないと自負しているのだが、無能に厳しいと思われていたのだろうか。少し悲しい。
石碑の噂を頼りに旅に出て最初に訪れたモノリスはちょっとした観光名所になっていた。
都市を結ぶ交易路の中継地が発展してできた小さな町で、町の郊外にある果物畑の一角にひっそりと謎材質のモノリスがあった。半分土に埋もれたモノリスは落書きだらけで、二人一組の名前がこれでもかと書かれ元の文字を上書きしてしまっている。
上書きされた文字の下に見える詩は古い記憶のままだった。懐かしい。
昔は碑文を読んだ誰もが感銘を受け偉大な神の足跡を知ったものだが、今は誰も読めないし読めたところで誰の話なのかピンと来ないだろう。
かつては世界の中心だった神も大英雄も今では断片的に発掘される過去の遺物。物悲しい。
さて。
モノリスを回収する前にひとまずイースは宿をとった。いざとなれば無断で盗んでいくが、所有者や管理者がいるのなら譲ってもらうよう交渉した方が穏便だ。
宿に旅の荷物を置き、カウンターで帳簿をつけていた宿屋のおばちゃんにイースがモノリスの所有者について尋ねる。
「あの、町外れに黒っぽい大きな岩みたいなのあるじゃないですか。アレを買い取りたいんですが、誰の持ち物ですか?」
すると宿屋のおばちゃんは帳簿から顔を上げ、目を吊り上げイースを咎めた。
「買い取る? アンタ、願い石を独り占めしようなんて欲深過ぎるんじゃあないかい?」
「願い石っていうんですね。独り占めするというか、普通に欲しいだけですよ」
「それを独り占めって言うんだよ。ダメだよ、アンタが持ってったらみんな困るだろう」
「え、何かに使ってるんですか?」
落書きだらけだったのに? という疑問を言外に含ませたイースが首を傾げると、おばちゃんは物知らずに言い聞かせるように答えた。
「そりゃ、恋人の願掛けさ。それ以外にあるかい?」
おばちゃん曰く、モノリスは恋愛成就の願掛けに使われているようだった。
自分の名前と好きな人の名前を並べて書き、その文字が風雨に晒され見え無くなれば恋が叶うのだとか。
なるほどね。よく聞くヤツだ。黒板に相合傘で男女の名前を書くとカップルになるとか、ミサンガが切れると願いが叶うとか。どこの世界どの時代でもこういうのは変わんねぇな。
創造神も自分の恥ずかしい石碑が恋愛成就祈願に使われていると知ったら恥ずかしがって恋愛関係粉砕ゴーレムを量産しはじめる事だろう。
おばちゃんは同情的に続ける。
「アンタの気持ちも分かるよ。願うだけで恋が叶うってんなら持ち帰れば御利益もっとありそうだからねぇ。アンタはよっぽど好きな人がいるんだね」
「え、えへへ……」
「アンタの恋路は応援するけど、願い石はみんなのモノだからね。持っていったらいけないよ」
腰に手を当てたおばちゃんにやんわり叱られて、イースはすごすご退散して客室に戻った。
モノリス回収は全てイースの仕事で、文字通り手も足も出せない俺はプカプカ浮いて見守っているしかない。余計な口出しをしてウザがられるのも嫌なので黙っていたのだが、今のやり取りには流石にスルーできない部分があった。
俺はベッドに腰かけ考え事をしているイースに聞いた。
「お前、好きな人いるのか」
「……いますよ?」
「お。誰だよ、言ってみろよ」
「ナ、ナイショです」
頬を赤らめて上目遣いにこっちをチラチラ見ながら小声で言われたら流石に俺もピンとくる。流石にね。
俺に言い渋るという事は、俺に関係する奴が好きなのだろう。となると、たぶんお相手はストロンガーだ。イケメンだもんな、あいつ。
しかしニニンとこっそり禁断の恋をしている可能性も捨てきれない。ハニャは封印中だから違うと思う。
俺が知る限りイースは他の俺の弟子と面識はないが、俺もずっとイースを見張っているわけではない。どこかで知り合う事もあっただろう。
ちなみにイースが俺を恋愛的意味で好きという可能性は論理的にあり得ない。
俺は愛の女神に一生誰にも愛されない魔法……というか呪いをかけられているからだ。それも死に際に彼女の全存在を賭して行使された超強力なヤツを。
神や人に限らず、魔獣、植物に至るまでこの星の生きとし生けるモノ全てはこの魔法の影響を受ける。俺は好かれはしても決して愛されないのだ。
愛の女神のクソ重超重力愛には参っちまうよ。モテる男は辛いね!
……辛いね……
辛いというか熱愛通り越して狂愛だと思います。今思い出しても素直に怖い。
おばちゃんにモノリスを持って行ってはいけないと言われたその日の晩のうちに、イースはモノリスをスコップで掘り出し馬車に乗せて夜逃げした。
そもそもモノリスは創造神のものだし、創造神がいなくなったらどちらかというと奴の友達である俺のものだろう。持ち出しを咎められるいわれはない。無いが、所有権を主張してもややこしい事態になるだけなのが目に見えているのでササッと盗って逃げるに限る。
三日ほど馬車を走らせ追手が無いのを確認した後、馬車備え付けの工房でモノリスの加工に入ったのだが、恐れていた事が現実になってしまった。
モノリスを加工できないのだ。硬すぎて刃が通らず、耐熱性が高すぎて熱しても溶解せず、叩いて曲がらず、削れもしない。どうしようもできない。
俺のボディに相応しい頑丈さだ。相応しすぎて困る。
「教授、これはどうすれば……?」
「奥の手を使うしかないな」
お手上げ状態のイースに俺は最終手段を提示した。
イースがどんな工具を使ってもモノリスは加工できない。
道具が、そして技術が足りないのだ。技術が足りないなら力でカバーするしかない。
力づくで捻じ曲げ、強引に削り落として加工するのだ。尋常の手段で加工できないなら尋常じゃない手段を用意するまで。
そしてこの世界の尋常でない手段、尋常でないパワーの持ち主といえば一人しかいない。
暴力世界最強――――ハニャの封印を解く時がついに来た。




