27 その気持ち、まさしく
イースは常々思う。教授がエイリアンに抱く憎しみは不条理だと。
イースはようやく200歳になったばかりの現代っ子である。1000年前の戦争に参加したエイリアンはひいおばあちゃん・ひいおじいちゃん世代だ。顔も知らないご先祖達の過去の物語。
そんな昔の話を引きずって「お前の国に昔攻められたから、お前の国の国民は全員殺す」なんて言われても理不尽の一言だ。
いや知りませんけど? そういうのはひいおじいちゃん達に言って。ご先祖様への怒りを私にぶつけないで! 私は知らない、無関係です! 友達の仇と同種族というだけで殺意を向けられても困ります。
そう言いたくても相手は戦争の当事者であり、全宇宙最強存在であり、魂魄技術を伝授してくれる教授でもある。自分こそが正にその怨敵であるナクーブ、教授の言うエイリアンであると明かすほどイースは馬鹿正直ではない。
一方で教授の授業は合理的で分かりやすく的確だった。
自分とはほど遠い正体不明の謎だと思っていた魂魄について知識を深め、魂魄を利用した技術を習得できたのは教授の熱心な指導あってこそ。
少なからぬ感謝の念を抱いているし、それが教授曰く「ゴーレムに愛を込めて魂魄を込める」作業に役立ってもいる。イースが初めて実感した愛は『敬愛』だ。
敬愛する教授に隠し事をするのは辛かった。
秘密を打ち明けてしまいたい。楽になりたい。本当の自分を知ってもらいたい、分かってもらいたい。
でも嫌われたくない。憎まれたくない。今まで仲良くしていたのに、エイリアンについて話す時のあのゾッとする冷たい目を自分に向けられたらと思うと胸が苦しくなった。とても耐えられない。
イースは感情の板挟みになりながらもメキメキとゴーレムクラフターとして頭角を現し成長していく。
神代の終わりに最盛期を迎えたゴーレム技術は、現代ではほとんど失伝に近い状態にあった。沿岸の小村で細々と作られ、風変りな土産物として認知されるのみ。
既存のゴーレムは木を削ったり粘土をこねたりして作る手のひらサイズの警報用だ。
玄関だとか門前だとかに置いておき、来客や侵入者を見つけるとガタガタ震えて主人に伝える。出来の良いものだとちょっと動いて来訪者に手招きしたり逆に追い払う仕草をしたりもできたが、バランスが悪すぎて歩けないし、喋れもしない。耐用年数も十年に届けば良い方だ。
警報魔法で容易に代用が利くゴーレムは全く注目されていなかった。
その点、イースが制作し市場に流すゴーレムは品質が違った。
最初にイースが作ったのは愛玩用ゴーレムだ。
簡単に手に入る布と木を組み合わせて作った動くぬいぐるみである。
動く! 後ろをちょこちょこついてくる! 撫でれば甘えた鳴き声! カワイイ!
犬猫やヒポグリフを可愛らしくデフォルメした手のひらサイズのぬいぐるみゴーレムは、女性を中心にたちまち人気を爆発させた。
本物の愛玩動物よりも世話が楽だし、制作者に注文すればカスタマイズもできる。例えば蛍光ピンクの熊を飼いたいと思ってもそんな熊は存在しないから飼えないが、ゴーレム技術ならオーダーメイドが可能だ。
難しい注文には高いゴーレム技術が求められ、難しい注文を完遂すれば相応の値段で売れる。
売った金で素材を買い道具を揃え、更に注文を受ける。
そうしてイースは毎日毎日ゴーレムを作り続け売り続け、腕を磨き名前を売っていった。
一年で街の市場の顔利きになり、二年で自分の店を構え、三年で下働きを雇う。
そして四年で首都に移転し、五年で経営を代理人に任せゴーレムクラフトに専念できる状況が出来上がった。
自分の心技体を鍛えるのが肝要な剣技・魔法・暗殺術と違い、ゴーレムクラフトはいかに自分を磨いても材料がなければ何もできない。材料を揃えるためには金と人脈が要る。ゴーレムクラフトの辛いところだ。
逆に金と人脈があれば自分一人とは比較にならない効率を出せるのがゴーレムクラフトの良い点である。人を雇って材料集めや簡単な削りだしなどを任せ、高度な部分の熟考・作業に専念するようになったイースは加速度的に腕を上げていき……
とうとう七年目にして師を超えるに至った。
「教授、どうでしょう」
イースは大型フラスコ炉と三重立体魔法陣を備えた快適な工房で、緊張しながら渾身のゴーレムを教授に見分してもらった。
弟子入りして七年、おもちゃ同然の布のぬいぐるみから始まったイースのゴーレムは見違えた。
厳選した材料を丁寧に切削・調合・合成して組み上げた3400パーツから成る素体に、七日七晩付きっきりで愛情をこめて魂魄を付与し、十カ月と十日じっくり馴染ませたゴーレムはまるで鋼でできた人間のよう(教授は人型ロボットと呼ぶ)。
簡単な魔法と剣技を最初から使える状態にあり、立魄の剣士にも食い下がれるだけの性能をもつ。ゴーレムは魂魄を持ち成長する人造生物であるから、育てば魄鳴りに手をかける可能性も十分だ。
繁殖機能がない、代謝自己修復機能がなく損耗したら修理が必要、記憶容量が低く学習に限りがある、などまだまだ改良が求められるが、たった七年でたどり着いたゴーレムの性能としては破格だ。ゼロから始めた事を鑑みれば、同様のモノを作るのに七百年かかって然るべきなのだから。
教授はそわそわするイースを尻目にふよふよ人型ロボットゴーレムの周りを飛び回り、ボディに顔を突っ込んで中身を調べ、やがて満足気に頷き微笑んだ。
「うん、文句の付け所がないな。よくここまで腕を上げた。イースは俺の教えを全て学びきった。素晴らしい、免許皆伝だ」
「……ありがとうございます!」
教授に絶賛されイースは舞い上がり、同時に心の奥に湧き上がる深い悲しみを押し隠し笑顔を作った。
今回制作したゴーレムは国軍に試供品として納品する契約だ。
個人経営の腕利きゴーレムクラフターで収まらない、国家お抱えの偉大な大技術者への道が拓かれる。教授も必ず国から声がかかるだけの性能があると太鼓判を押している。
だが、それは同時に教授との別れを意味していた。
修行が完遂すれば教授は新たな弟子を探しに旅立ってしまう。
曰く、あの有名な魔王や勇者、裏社会で囁かれる伝説の暗殺者も教授を師と仰ぎ、免許皆伝と共に巣立っていったという。
教授の目的は弟子を育て対エイリアン戦力を確保する事。全て教えきった相手にいつまでも構ったりはしない。
「何度も言ったが、腕を上げれば双魄の剣士クラスのゴーレムは量産できるはずだ。そこまでは創造神が通った道だからな。そこにたどり着けるか、それ以上に行けるかはイース次第だ。ぜひ頑張って欲しい」
「はい……」
教授の激励にイースは悲しく頷いた。
イースは教授と別れたくなかった。
手抜きをして行き詰っているフリをして、教授に教えてもらう楽しい時間を引き延ばそうかと悩んだぐらいだ。教授の喜ぶ顔が見たくて、褒めてもらいたくて、結局は実力を全力で発揮してしまったのだが。
最初の頃はナクーブの敵に加担している事に罪悪感を感じたり、魂魄技術を故郷に持ち帰ろうと企んでもいたが、教授との日々は楽し過ぎた。今ではこの星に生きこの星に死ぬ覚悟を決めている。
故郷の方が断然科学が進んでいて快適だが、千年の内乱で分裂し疲弊し、衰退していく世界より、未熟でも前に進んでいく新鮮な楽しみがある世界で生きていきたいというのが偽らざる本音である。
その世界で隣に敬愛する教授がいてくれればどんなに心が弾み温まるか。
この感情は敬愛に収まるモノなのか?
ゴーレム作りに熟達し愛について造詣を深めたはずなのに、イースは自分の気持ちが分からない。
だが教授と一緒に居たいという気持ちは紛れもない真実だ。
教授と一緒にいたい。
しかし教授を無理に引き留めて嫌われたくない。
イースは人型ロボットゴーレムを作りながらどうすればもっと一緒にいられるかずっと考えていた。
結論の出なかったその答えは、背を向きあっさりと去っていこうとする教授の背中が壁の向こうに消える寸前に出た。
「あの、教授っ!」
イースは大声を出して教授を呼び止め、閃きをそのまま口に出した。
「教授、私が教授の肉体を作ります。だから……だからそれまで、ここにいませんか?」




