26 愛じゃよ、愛
今は亡きこの世界の創造神・ゴドグは熱烈なゴーレム好きだった。暇さえあれば(暇がなくても)狭いごちゃごちゃした部屋に引きこもって陰気にぶつぶつ言いながらゴーレムを作っていた。
ゴーレムに魂魄を宿らせ、生物を作るのは彼の得意分野だ。
この星の生物は元々魂魄を持っているのだが、無機物……ロボットや人形は魂魄を持たない。その前提を覆し、モノに魂魄を宿らせカラクリを生命に昇華させる技を編み出した事でゴドグは神の中でも最も格式高い創造神として崇拝された。
最初、ゴドグが自分達の姿を模して作ったゴーレムは土と水を混ぜて火で焼き上げた素体に魂魄を宿らせただけのモノだったという。動きはぎこちなく、小突けば割れ、喋るどころか鳴けもせず軋んだ音を立てるだけ。
神の似姿として落第点なそれをゴドグは根気強く修正していった。
素材にこだわり、設計を練り、部品数をどんどん増やし、精密性を上げ。何百万年もかけて改良に改良を重ねた結果出来上がった超精密高性能自己増殖型ゴーレムこそがこの星の人間だ。
しかも人間は彼にとってゴーレムの完成形ではなかった。俺が創造神ゴドグの工房の入口をぶち破って勝負を挑み、作りかけのゴーレムを背に庇って震える姿に毒気を抜かれて無礼を謝罪した頃もまだまだ改良を続けていた。エイリアンの侵攻さえなければ人間はもっとバージョンアップされていただろう。
そんな創造神はロボットや機械の類も大好物だったから、侵略してきたエイリアンのSF兵器に目を輝かせてノコノコ近づいていって、この星で死んだ最初の神になった。
創造神と共にゴーレム技術の多くは失われた。
だが、俺とゴドグは友達だった。一緒に巨大人型ロボットを作ってキャッキャした事もある。ゴーレム作りの基本と応用ぐらいならどんとこいだ。発展・研究レベルになるとさっぱりだが。
イースならば創造神の遺産を受け継ぎ、ゴーレム技術を復活させられる。
たぶん。上手くいけば。
正式に俺に弟子入りしたイースは古物商に修理の腕を売り込んで雇ってもらい、店番の傍ら俺の講義を聞き手元でゴーレムを弄る毎日が始まった。
老齢の店主が経営する古物商は裏通りにあるこじんまりとした静かな店で、客はあまり来ない。俺の講義にイースが質問していても虚空と話す奇行を咎める者はなかった。
埃っぽいカウンター席で足をぶらぶらさせ、帳簿に肘をついているイースに俺はゴーレム技術の基本を教える。
「この星の全ての生き物は魂魄を持っていて、魂魄を持つから生き物と呼ぶ。ゴーレムも生き物だな。ゴーレムがカラクリ人形やロボットと違うのは魂魄があるか無いかだ。どんな下手くそな泥人形でも魂魄を宿せばゴーレム。人間もゴーレムだし、魔獣も……魔獣は天然の魔獣とゴーレムの魔獣がいるな。もっとも今では交雑が進んで区別はあってないようなもんだ。エイリアンは生き物っぽく見えるが魂魄が無いから、ゴーレム学の定義でいえば生き物じゃない」
「私にもあるんですよね? その、魂魄が」
「当たり前だろ」
この星の生き物ならみんなあるって言っただろ。ちゃんと話聞いてたか?
イースは胸のあたりで控え目に挙手し、上目遣いで俺の様子を伺いつつ言う。
「教授、質問なんですけど。例えば、えーと、魔獣にも魂魄があるわけですよね。魂魄の無い人工合成した素材と、魂魄のある魔獣を合成して加工成形した肉体を用意。そこに、こう、そのー、魂魄の無い寄生生物を潜り込ませて操作させたらどうなるんですか?」
「ええ……?」
どういう質問? ずいぶん尖った切り口だな。
「んー、俺も詳しくないからよく分からんが、それはゴーレムというよりキメラになるはずだ。魂魄を作って付与するのではなく、移植して馴染ませる形になる」
「ふむふむ」
「キメラは相当上手く肉体を作らないと移植魂魄と肉体の拒絶症状、要するに自我喪失が起きて誰かの命令を聞くだけの生ける屍になる。命令に従順に従うのはキメラ使いにとっては利点に成り得るが、敵味方関係なく本当に誰の命令でも聞くから対エイリアン戦力には使えんな。それこそお前が言っていたようにエイリアンに鹵獲される恐れがある。キメラよりはゴーレムの方がいいだろう」
「なるほど」
イースはなにやら深く納得していた。
ゴーレム作りは大雑把に肉体作成→魂魄付与→熟成の三段階に分けられる。
肉体作りは素材選びから設計加工まで深い知識と計算、創造性、器用さが求められる。イースは計算能力が高いし、器用だし、突飛な質問を飛ばしてくる発想力がある。知識面を伝授してやれば肉体作りは上手くいくだろう。
魂魄付与は黎明の刻限に大地と空と海が交わる場所で半密閉容器を使い行う必要がある。太陽が水平線から顔を出し始め出し終えるまでの間に一連の作業を正確にこなさなければならないため、これもまた器用さが要求される。
そして重要なのが愛情。魂魄付与作業には何よりも愛が必要だ。
「愛、ですか?」
「愛だ。魂魄付与には愛が要る」
「……?????」
イースは首を傾げ目を瞬かせた。
気持ちは分かる。ここまで理論的だったのに急にめちゃくちゃ胡散臭くて嘘っぽいからな。
だが愛が必要なのは歴然とした事実だ。
真実の愛とか無償の愛とかそんな大層なモノはいらない。ちょっとしたキッカケで仄かに抱く程度の普通の愛でいい。そんな愛でも愛は愛で、その愛こそが必要なのだ。
「難しく考えなくていい。純愛、偏愛、性愛、恋愛、敬愛、愛玩。愛ならなんでもいい。好きだろ? 物作りとか小物弄りとか」
「好きです。好きですけど、愛かと言われると……それに感情が求められる工作なんて聞いた事ないですよ。本当に愛? が必要なんですか?」
「料理は愛情とか聞いた事あるだろ」
「え、ないです」
「ないかあ。子供は愛の結晶、とかならあるだろ」
「ないですね。雌雄合意の結晶、なら聞き覚えがあります」
イースは愛という概念を知ってはいるが、今までの人生で実感した事は一度も無いという。それを臆面もなく堂々と明るく言うあたり逆に闇が深い。
どういう環境で育ったんだコイツ。会った時からそんな気配があったが、言葉の端々から悲しい過酷な過去が垣間見えるような見えないような……
「イース」
「はい」
「困った事があればなんでも相談しろよ」
「? はい」
朗らかに答えるイースの事が心配になりつつ、俺はイースに講義を続けた。




