24 綱渡りの第三種接近遭遇
ニニンが結成した暗殺ギルドはなかなかしっかりした組織構造をしていた。特に情報コントロールの面で。
まず、暗殺ギルドは世界各地の都市に暗殺者と仲介人を抱える大規模組織なのだが、組織名がない。「我々」とか「組織」、「例の集会」「闇ギルド」「物騒な団体」といったあやふやな呼び方がされている。不便な代わりに暗殺ギルドを探ろうとする者に負担をかける事ができる。純粋に調べにくいし、例えば「我々」について嗅ぎまわっている者がいると分かったのなら、「我々」という呼称を使っている地域や人員を警戒すればいい。逆探知にも有効なのだ。
もう一つはギルド所属の構成員ですら自分達が何に属しているのか知らない事だ。
直属の上司と仲介者とだけ面識を持ち、他の構成員については顔どころか名前も知らない。暗殺組織に自分が属している自覚はあっても、組織の規模や構造は全く分からない。
この仕組みによって裏切り者が出ても情報漏洩が最低限で済む。知らない秘密は話せないのだ。全容を知っているのはニニンのみ。
そのニニンも(主に勇者への恐れから)厳重に正体を隠している。
ある時は老人、ある時は若い娘、ある時は魔物の姿を取り、「ギルドマスターの命令で動いている」という体をとって構成員に接触する。自分がギルドマスターである事をひた隠しにして、顔も知らないギルドマスターの命令に唯々諾々と従う中間管理職のフリをするのだ。
ニニンに接触するだけで相当な苦労を要し、接触できても彼女こそがギルドマスターだと見破るのは至難の業。仮に見破ったとしてもニニンは世界一逃走が上手い。見破られた瞬間に煙のように姿を消し、二度と見つからなくなるだろう。
他にも金銭管理、暗殺技術の錬磨継承、組織の腐敗を防ぐ自浄作用などなど、暗殺ギルドの体制は勇者とその仲間達が時間をかけて育てている現政権よりもしっかりしている。
暗殺術には人心掌握術なども含まれるから、ニニンはそれを応用した形だ。賢い。
最近では免許皆伝を得たニニンは腕を鈍らせないよう時折高額暗殺依頼を請け負うのみとなり、無数の表の顔と裏の顔を使い分け、暗殺ギルドから吸い上げた上納金で人生を満喫し始めた。
そうなると俺はお役御免だ。
ニニンが自分の技を暗殺ギルド内で受け継いでいってくれれば、ニニンの死後も安定して強力な対エイリアン戦力を維持できる。
素晴らしい。俺は弟子育成結果に大満足して次の弟子探しをはじめた。
そう、まだまだ弟子を育てないといけない。
対エイリアン戦力はいくらいても足りない。エイリアンと戦える兵力はようやく三人。圧倒的に足りない。今攻め込まれたら一瞬の抵抗の後に押しつぶされて星が滅びてしまう。
弟子にするのは誰でもいい。エイリアンと戦ってくれるなら老若男女関係ない。なんなら魔獣でもいい。
だが問題は俺を視る事ができる存在が限られているという事だ。これは! と思う光る素質を持つ奴がいても、俺が視えなければ、声が聞こえなければ、弟子どころの話ではない。
俺は依り代である剣の欠片をニニンに任せてあちこち、移動させてもらい、行く先々の街で弟子候補を探した。
俺が視える女を見つけたのはそんな弟子探し中の事だった。
彼女は背が高めで、二十歳前後に見えた。ショートカットの亜麻色に白い帽子を乗せ、ありふれたシャツとスカートを身に着けている。背中に大きなカバンを背負い、目を輝かせて周りを見回し楽しそうに道行く人を捕まえアレはなんだコレはなんだと質問攻めにする様子はいかにも田舎から都会にやってきたばかりのお上りさんらしい。
地味でやぼったい田舎娘なら都会のシティボーイ達も相手にしなかったろうが、彼女は顔がよく整っていてスタイルが良く、服装も清潔だった。
そんな若い女性が人好きのする笑顔で礼儀正しく簡単な質問をしてきて、答えてやれば喜んで感謝する。そういう訳だから話しかけられた人々は誰もが好印象を持ったようで、彼女がいる場所だけ独特の明るい雰囲気になって少し目立っていたから、俺もなんとなくそちらを気にしていた。
そんな明るい田舎娘は、俺と目が合った途端に顔が真っ青を通り越して真っ白になり、白目を剥いてぶっ倒れた。
「なんなんだこいつ……?」
なんで倒れた? 見ただけで気を失うショッキングな見た目をしているつもりはないが。見た目も中身もただのイケメン大英雄お兄さんだぞ。
周りにいた市民が驚いて急に倒れた田舎娘の周りに集まり、親切なおばさんが旦那の手を借りて失神者を担ぎ上げ診療所に連れていった。
俺も当然、後ろから下心満載でフヨフヨついていく。
貴重な俺を視れる人間だ。弟子にするかはとにかく交友関係を作っておいて損はない。
大昔は神殿が治療施設だったが、医神が死んで久しい現代では普通に診療所で治療が行われている。未だ医療免許や大病院といった概念はなく、治療魔法を使う者や霊薬作成の心得がある者が好き勝手に医者を名乗り、診療所を経営している。
田舎娘が運び込まれたのもそんな個人経営のこじんまりとした診療所で、医者が気付けの魔法を使うとすぐに目覚めた。
ただの精神的ショックだという診断を受け、念のため一、二時間は安静にしておくように、と言われた田舎娘は、運んでくれた夫婦に厚く礼を言って病室のベッドに横になり一息ついた。
うむ。病室には彼女一人。では失礼して……
「もしもーし」
「きゃあ!?」
今度は驚かさないよう壁から顔を出す前に一声かけたのだが、それはそれで驚かれてしまった。かわいらしい悲鳴を上げて飛び起き、掛布団で体を隠し身を縮こまらせる。
「いや、そんなに怖がるなよ」
「ひぃぃ……!」
俺が壁抜けしてするりと病室に侵入すると、田舎娘はこの世の終わりのような顔をした。
「何をそんなに怖がるんだ。俺が何かしたか?」
「だ、だってあなたは、死っ、死ん……死んで……!」
「ああ」
それを聞いて納得する。
なるほど、俺は幽霊だ。
幽霊を見て悲鳴を上げる。
全く普通の反応だ。
魔法がごく当たり前にある世界だから忘れがちだが、この世界に幽霊はいない。怪談やら小説やらには登場するが実際には存在しないフィクションで、俺も俺以外の幽霊を知らない。
幽霊を見て気絶するとは、彼女はものすごい怖がりなのだろう。お化け屋敷が苦手なタイプと見た。
「確かに俺は死んでるが、死んでるから大丈夫だ。物に触れない、魔法を使えない。何もできない。君に傷一つつけられない。できる事といえばこうやって喋ったり、この半透明の体でうろつくぐらいだ。な?」
俺がベッドや壁やら花瓶やらをすり抜けて見せると、田舎娘は俺の一挙一動に過剰反応して限界までベッド端に後ずさった。
「そんなに怖がられると傷つくぞ。怖くない、怖くない」
距離をとって両手を上に上げ無害アピールをする。まずは誤解を解かないとマトモに話もできない。あとこんなに怯えられた事はないから普通に悲しい。ちょっと死んでるだけなのにそんなに怖がらなくてもいいじゃないか。
しばらくじっとしていると、哀れな怖がり娘も段々落ち着いてきた。
何度か口を開いたり閉じたりして何か言いかけるのを根気強く見守っていると、やがて恐る恐る尋ねてきた。
「……あの、あなたは私をどう思います? どういう……どういう存在だと思いますか?」
「は? 存在? いや、会ったばかりでよく知らんからな。どういうも何も」
「第一印象でいいので」
「あー、怖がりな田舎娘、だな」
「田舎娘ですか」
俺の答えに露骨に安心した様子で一気に警戒を解く田舎娘。
なんだ? 田舎娘と言われてなぜ安心するのか分からない。馬鹿にされたと思って機嫌を悪くするのが普通ではなかろうか。
もしかして実はどこぞのお忍びの姫様とかそういう感じか?
「俺の事は好きに呼んでくれ。幽霊さんでも英雄さんでもなんとでも。君の名前は?」
「イースといいます。怖がりな田舎娘です」
「よろしくイース」
「え、はい、よろしくお願いします?」
フレンドリーに自己紹介を交わすがまだ堅い。緊張は解けたようだがまだ俺を怖がっている風に見える。
呪い殺されるとでも思っているのか? 幽霊だから?
初対面だぞ。仮にナニカできたとしても会ったばかりでどんな奴なのか知らない田舎娘をいきなり呪い殺したりはしない。
「何度でも言うが何もしないから安心しろ、俺は誰にでも優しいお兄さんで通ってる。そりゃもうこの世界の全てに優しく……いやエイリアンは例外か。エイリアンって言っても分からんだろうけどな。ははは」
「は、はは……」
イースは引き攣った愛想笑いで誤魔化した。
うーむ、イースは人見知りなのか? いきなり幽霊と仲良くできたハニャやストロンガーが特別だったのかも知れないが。思えばニニンも最初は相当警戒していた。
何にせよ、仲良くなるにはしばらく時間がかかりそうだ。




