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23 一方その頃エイリアン

 ナクーブ銀河連合はその名の通りナクーブ銀河系に版図を広げる成熟した宇宙文明である。


 ナクーブ銀河連合が把握している限り、宇宙は10349個の大小さまざまな銀河団で構成されている。

 銀河団はそれぞれ数十の銀河群から成り、銀河群は100~1000程度の銀河から成り、銀河は1000億前後の恒星を持つ。

 一つの恒星を取り巻く数個から数十個の惑星のうち、どれか一つでも生命の誕生に相応しい条件を備えている確率は約100億分の一であるから、生命ある星は一つの銀河系につきおよそ10個。

 更に生まれた生命が文明を持つに至る確率は4500分の一であるから、ナクーブ銀河に三つの文明が誕生したのは偶然の偏りが生んだ奇跡と言えよう。


 ナクーブ銀河に生まれた三つの文明のうち、宇宙進出を成し遂げたのは今は無き赤い惑星の知的生命体ナクーブである。

 ナクーブは柔軟な体組織を持つ不定形の炭素生命体で、現地環境に適した機械を制作し融合搭乗する事で母星を離れ他の星への入植を成功させていった。ゆえにある星のナクーブは植物のような姿をしているし、別の星では岩のような姿をしている。星によって外見は違えど全てナクーブだ。


 ナクーブが初めて他の星の文化的生命体に遭遇した時、現地生物から激烈な攻撃を受けた。最初は意思疎通を図り交流を図ろうと試みたが、失敗が続いたためあっさり殲滅に移行。ナクーブは圧倒的科学力の差により現地生物を完全に消滅させた。

 だが滅ぼされた現地生物は科学力こそ悲惨であったが適応力が高く頑健で高性能な肉体構造をしていた。ナクーブは彼らを参考にして有機機械を作成し融合搭乗。

 以降、不定形の生命体であったナクーブは皆何かと便利な人型をとって活動する事となる。


 二度目に文化的生命体に遭遇した時、ナクーブは最初から容赦がなかった。自分達よりも科学力が低いと分かるや交流する価値なしと判断し、殲滅。ただし現地生物の科学ではなく芸術に触発されたナクーブが現れ、ナクーブの文明に芸術の概念が普及したため全く無意味な遭遇でもなかったと言えよう。


 ナクーブは二つの文明と遭遇殲滅し、強靭な肉体と特異な概念(芸術)を吸収した自分達をナクーブ銀河連合と称するようになった。


 さて。

 一つの銀河系を制覇し、宇宙史上類を見ない広域な文化圏を築いたナクーブ銀河連合は隣のアマノガワ銀河への進出を開始した。

 手始めにアマノガワ銀河のチキュウ文明を滅ぼし、入植。チキュウを基点に勢力圏をみるみる広げていく。


 ところがアマノガワ銀河の大半を制圧した頃に遭遇した原始文明との接触で、ナクーブ銀河連合は想定外の事態に襲われた。

 

 その星の生物は全く原始的な科学しか持っていなかった。ナクーブならば子供でも作れる核融合炉を作成できないどころか概念すら知らない。

 ナクーブ銀河連合は星を滅ぼすのに慣れている。問題はむしろ現地生物を殲滅した後のテラフォーミングだ。

 意気込みも何もなく、退屈な単純作業として始められた殲滅は、現地生物の意味不明な抵抗によりたちまち戦争に発展した。


 ナクーブは理解できなかった。

 あらゆる次元からの侵入を防ぐはずのシールドを、奴らは何故突破してくるのか?

 理論上必ず発見できるはずの索敵網を、奴らはどうやってすり抜けているのか?

 どこにでもある普通の石の投擲で、なぜ超新星爆発にも容易く耐える装甲が破壊されるのか?


 これが自分達より優れた科学力を持っているならば理解できた。自分達に匹敵する科学力を持つ文明と戦争になれば当然苦戦は免れない。

 だがそうではない。鹵獲した武装は科学的に見て全くありふれた機能しか持っていなかった。現地生命そのものを解剖・解析しても何も分からない。


 しかし理解できないもの、説明のつかないものを説明する試みこそが科学である。

 ナクーブは懸命に現地生命が使う正体不明のチカラを解析しようとした。が、現地生命が「魂魄」と呼ぶリソースに基づいているらしい技術体系はナクーブの科学とあまりにもかけ離れていて、解析作業は難航した。


 ナクーブの先遣隊は現地生物の反撃で潰され、近隣で活動していた警邏隊が現地生物駆除に乗り出しても逆に駆除される。事態を重く見て宇宙戦艦を派遣しても、現地生物の中で特に強力な個体、通称『大英雄』にあろうことか単独で墜とされた。


 ナクーブの被害は甚大で、戦争後期などは戦役参加者が恐慌状態に陥るほどだった。


 簡単に済むはずの現地生物駆除は信じがたい事に失敗した。深入りによる更なる被害拡大を恐れたナクーブ首脳陣は、恐るべき星からの撤退を決めた。

 数十万の星を制圧できるだけの資源と時間を費やしてなお現地生物の殲滅に失敗したという事実はあまりに重い。


 ナクーブは真っ二つに割れた。

 改めて大兵力を編成しなおしナクーブの誇りにかけ再侵攻し殲滅すべきだという派閥。

 たった一つの星の制圧のために大量のリソースをつぎ込むのは無駄であるから無視すべきだという派閥。

 意見対立はやがて連合を分裂させ、千年続く血で血を洗う泥沼の内乱を引き起こした。


 千年の内乱はナクーブ銀河連合を見る影もなく衰退させた。かつて一つの銀河系を丸ごと支配し、二つ目の銀河も統一しかけた銀河連合は、今では数万の雑多な星間国家になり果てている。栄光の時代はもはや遠い昔、歴史書の中だけのものだ。


 イースはそんな歴史書を読み千年前の事件に興味を持ったナクーブの若き学者である。

 現代っ子のイースはナクーブ銀河連合の栄華を知らない。昔はそうだったんだなあ、とぼんやり思うだけである。イースの興味を惹いたのは昔のナクーブではなく今の不可思議惑星だった。

 千年前、全盛期のナクーブを撃退してのけた脅威の星は今どうなっているのか? この千年の間、ナクーブは自分達の内乱にかかりきりで、驚異的存在がいるとはいえ宇宙進出技術を持たない星の動向は探られていなかった。

 あの星は、ナクーブと互角に渡り合った不可思議な文明は、今どうなっているのだろう?


 好奇心を抑えきれなくなったイースは中古の宇宙船を買って一人探索に乗り出した。

 亜光速航法で十年余の歳月をかけ例の星に接近したイースは、ひとまず衛星軌道上に宇宙船を置いて観察に入る。迂闊に地上に降り昔のナクーブと同じように殺される愚は犯さない。

 慎重に慎重を重ね、イースは100年もかけて慎重すぎるほどの安全確認を行った。

 おかげで現地生命体の中で『神』『大英雄』と呼ばれていた特異存在が絶滅していると判明。

 イースは安心した。これで心おきなく地上に降りて実地調査ができる。


 イースは自分の性別と同じ雌性体の肉体を現地生物に似せて構築し、融合搭乗してついに地上に降り立った。


 イースが降り立ったのは『街』と呼ばれる現地生命体のコロニーだ。ナクーブ文化のどれとも違うエキゾチックな雰囲気にイースはワクワクを抑えきれなかった。やはり宇宙船から遠巻きに観察するより自分の脚と目で調べて回る方がずっと面白い。


 イースの肉体は現地民が好感を抱き、警戒されにくい見た目にしてある。大多数の現地民はイースを見て「亜麻色の髪をしていて、快活で人好きのする印象の、若い魅力的な女性」といった評価を下すだろう。

 おかげで街中をきょろきょろ目を輝かせ落ち着きなく歩き回るイースは誰にも怪しまれず、むしろ「田舎から来たおのぼりさんだろう」と微笑ましく見守られていた。


 ウキウキと異星文明見学を楽しんでいたイースだが、残念ながらお楽しみは長続きしなかった。

 市場の肉屋の塩漬け肉の樽の中からひょっこり顔を出した透明な男の姿を見たイースは息を飲んだ。


「ひっ!」

「ん? なんだお前。もしかして俺が見えるのか?」

「え? 見え……あ?」


 その名前をイースは知らない。

 だが、その顔をイースは知っていた!

 彼の名前は散逸して分からなくなっているが、その恐ろしさは教科書や歴史書や娯楽作品の悪役を通し何度も何度も教え込まれてきた。

 彼は宇宙一危険な生物。ナクーブと敵対しており、遭遇すれば必ず殺される。

 記録によれば彼はナクーブの宇宙戦艦落下を食い止め燃え尽き完全に消滅したはず。

 だが、こうして生きて……生きて?


 恐慌状態に陥りかけていたイースは更に混乱した。

 彼には生命反応が無かった。

 彼の存在を示すあらゆる反応がなかった。熱センサーにも光学センサーにも引っかかっていない。そこには何もいないはずなのだ。

 しかしイースには彼がそこにいて、びっくりしている自分を同じようにびっくりして見つめ返してきているのが分かる。


「ほぇ」


 あまりの恐怖と完全に自分の理解を超えた超現象に、イースは間抜けな声を漏らし倒れた。疑似脳も目の前の矛盾しきった情報に耐えきれずシャットダウンする。

 有体に言って、イースは白目を剥いて失神した。


 そのイースを、現地生命体に完璧に擬態しているエイリアンを、幽体の男は困惑しきって見下ろしていた。


「なんなんだこいつ……?」


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― 新着の感想 ―
[一言] 地球人にも子供で核融合炉作れる奴がちょっとだけいるぞ!!
[良い点] 宇宙人が逆にSAN値ロール失敗してて草
[一言] これ勇者弟子取りの前の「緑の光」ではなかろうか?伏線有効活用さすが。
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