02 世界で一番ヤベー森の、一番ヤベー幽霊
自然は強い。それは地球でも異世界でも変わらない。
エイリアンによって99%の生命が死に絶えたといっても、逆に言えば1%も残っているという事だ。
破滅的なVSエイリアン大戦争の後、自然は思いのほか素早く復活していった。焼け野原で草一本生えていなかった不毛の大地に数年でコケが生え、数十年で草が生い茂り、百年で木立が生まれた。
草が戻れば虫が戻り、木が戻れば鳥も獣も戻る。
枯れ果てた川床が湿り気を帯び、せせらぎを生むようになっていく過程は、陳腐な表現だがまるで魔法のようだった。
俺はその全てを母艦の残骸が墜落してできたクレーターの中から見守っていた。
魂だけの存在、ゴーストになった俺はクレーターの中から出られなかった。一種の地縛霊のようなものなのだと思う。自分が死んだ土地、思い出深い土地に縛られているのだ。
クレーターができた場所はエイリアンと俺達の主戦場で、神々が人類に決して近寄らないよう厳命していたから、訪ねる者もなかった。
数十年の間は一縷の望みを持っていたのだが、百年が経ち、知り合いが全員寿命を迎える頃になると来訪者の望みも持たなくなった。俺の友は動物達だけだ。
半球状に抉れた巨大クレーターはデカ過ぎてどれだけ大きいのか分からない。直径数百キロか数千キロか。クレーターはどうやら複数の地下水脈か何かにぶち当たったらしく、クレーターの端々から流れ出た水が川を作り、中心に大きな湖を作った。そしてその湖を中心に草木が生え、深い森が形成されていった。
湖を中央に据えたクレーターの中の大森林には常に霧が漂う。クレーターの中にあるのだから、必然的に盆地になる。湖から発生した霧は外に流れていく事も吹き散らされる事もなく淀んで留まり、森に陰鬱なベールをかけた。
森は植生もどこかおかしかった。見た事もない奇妙にねじれた木や、地中に葉を広げ空中に根を張る意味不明な草、タネの中に花を咲かせる草、コピーしたように全く同じ姿形で成長するキノコ群などなど。
中には宇宙戦艦に乗り込んだ時にケースに収められ保管されていた植物サンプルとそっくりなものもいくつかあった。
たぶん、落下した母船の残骸の中で生き伸びたサンプルがあったのだろう。全く、自然は逞しい。
宇宙産らしい植物はクレーターの中心付近ほどよく育ち、外周部になるとほとんど見られない。クレーターの端に立って外を眺めた限りでは、クレーターの外に進出している様子は全く無い。
朽ちかけた宇宙船の残骸周辺ではよく育っているから、たぶん宇宙船だけが持つナニカが成長に必須なのだろう。難儀な生態をしている。
俺と同じくクレーターの中でしか生きられない存在にちょっと親近感が湧く。
星の彼方から宇宙船ではるばる運ばれてきて育成放置。お互いクソエイリアン共には苦労させられるな。
妙な事になっているのは植物だけではない。霧に包まれた深い森に住む動物達はクレーターの外の世界よりも数段上等だった。
賢かったり、デカかったり、素早かったり、しぶとかったり、その全てだったり。
ただのネズミですら数メートルもジャンプしたり岩を前歯で掘削して巣穴を作ったりする。
バジリスクやらスライムやらヒポグリフやらの魔物もクレーターの外のやつらより数段強い。
クレーターの中では強くなれる、という事を本能か高まった知性で理解しているらしく、大抵はクレーターの中で一生を終えるのだが、稀に外に迷い出る魔物もいる。大戦争で文明がガッタガタに衰退したであろう人類が強化魔物に対処できるかちょっと心配だ。
せっかく俺と神々が守り抜いたのに尻すぼみに滅びてしまったらやりきれない。
まあ人類だって大概しぶとい。きっと大丈夫だろう。
最初、俺はこの魔境なクレーター大森林の中でどう生きて(?)いこうか迷走した。魂だけの存在にはどうやら寿命がない。死に方(消え方?)も分からない。どうしても時間を持て余す。
何かを目指そうと思っても、もう世界最強になったし、世界だって救ったし、やる事全部やっちゃった感がある。
自分でも何がしたいのか分からないまま一日中詩を作ってみたり、歌ったり、木の数を無駄に数えたり、目に付いた小鳥を観察という名のストーキングしてみたり、ぶらぶら湖畔を散歩してみたり。しかしどれもしっくりこない。
ゴーストはどうやら半透明でちょっと浮いているだけで誰にでも見えるらしく、暇つぶし中にバッタリ遭うと逃げていく動物が半分、遠巻きに警戒してくる動物が半分といったところだ。喋れはするが触れないから危害を加えようとしても加えられない無害なゴーストなのだが。
しかし人生に迷い森を彷徨い続けていると、森の生き物たちも俺が無害な存在だと理解し始める。
そして無害だと分かると好奇心が出て来るものらしい。
狐は噛みつこうとしたりじゃれつこうとしたり砂をかけようとしたりしてきたし、バジリスクは尻尾で掴んで巣に持ち帰ろうとしてきた(触れないのでスカった)。小鳥が俺を止まり木にしようとして着陸できず体勢を崩して墜落し、憤慨して鳴き散らしながら糞を置き土産に飛び去っていったりもした。
そんな色々な反応をする動物達の中で、一番積極的に俺と交流を持つようになったのが魔獣ヨーウィだった。
ヨーウィは人型の爬虫類系魔物だ。人間サイズの二足歩行のトカゲといった感じで、鱗はくすんだ緑色をしていて森の中では迷彩色になる。
ヨーウィがリザードマンと違うのは老齢個体は鱗が脆くなる代わりに毛皮が生える事で、賢く大人しい事だ。野生では群れを作り集団で社会生活を営む。
ヨーウィは猿並に頭がいい。
仕込めば簡単な芸を覚えるし、オウムのように人間の声真似をする。手先も器用で、石を投げたり木の枝を振り回して威嚇したりもする。
そのヨーウィのクレーター森林産となると、もうほとんど人間並だ。普通に喋るし、生命がどうの魂と死がどうのと哲学的な討論をしているのを盗み聞きした事もある。
知的好奇心が旺盛で温厚なヨーウィは俺に興味を持ち、俺が超越的な知識や技術の数々を持っていると知ると教えを乞うてきた。
ヨーウィは悪いやつらじゃない。無限に続く死後の暮らしをどう過ごそうか悩んでいた俺は、喜んで彼らの願いに応えた。
木刀を作らせ剣技を教え。
杖を作らせ魔法を教え。
工芸だとか製薬だとか絵画だとか、知りたがれば知る限りの全てを教えた。
最初はただただ願われるままに教えていたのだが、ヨーウィ達が試行錯誤し悩んで知識や技術、力を身に着け喜ぶのを見てると段々楽しくなってきた。
俺はゴーストだ。もう成長できない。
肉体を失い、魂だけのアンバランスな存在では新しい魔法を習得したり剣技を磨いたりもできない。既に完成された、終わった強さだ。
俺の剣技を弟子が身に着け、俺の魔法を弟子が覚えていくのを見るのは自分が強くなるのとはまた別の達成感があって良かった。ただ自分だけが強いより、周りのレベルを引き上げる強さのほうがずっと強い。
弟子の強さは俺の教えあってこそ。
俺の弟子の成長は全部俺のお陰ってワケだ。ドヤドヤのドヤァ……
いや全部は言い過ぎか。半分ぐらいだな。半分俺のおかげで、もう半分は本人の努力の賜物だ。
調子に乗るとエイリアンが攻めて来る。自制自制。
俺を通して地球産の知識や神々の秘奥、俺が編み出した剣技、宇宙人の超技術を吸収したヨーウィはやがて大森林の支配種族として君臨するようになった。
ヨーウィは数々の業の全てを学びきったわけではなく(学びきるほどの素質もなかったし)、アレをちょっと齧りソレを触りだけ知って、といった程度だったが、それでも知と技は確かな力になる。
クレーターの生き物は外の世界の同種より数段強化されている。森の中なら条件は皆同じ。そして同程度に強化されスペックが同じなら知識と技術があるヤツが勝つ。当然だ。
ヨーウィは賢く強靭な知的種族と化した。服や鎧を身に着け、杖や剣を佩き、簡素な家を建てた。森の狂暴で強大な魔物達を尽く返り討ちにし、ヨーウィは温厚だが決して手を出してはいけない最強種として恐れられるようになった。
そしてその最強種を最強たらしめた俺もまた畏怖の目で見られるようになる。
なんか俺を神だと勘違いしているっぽいそこはかとない雰囲気も感じた。
神より強いし神の仲間だし神を滅ぼしたエイリアンを逆に滅ぼしたけど別に神ではないぞ。
霧深く薄暗い、奇妙な植物が繁茂する鬱蒼とした大森林。
その中で繰り広げられる強靭な魔物達の食物連鎖。
連鎖の終着点、頂点に位置するヨーウィたち。
それを導き見守る俺。
森はひとまず平和になった。
欲を言えば俺が身に着けた全てを受け継げる才能ある弟子が欲しいところだが贅沢は言うまい。
そんな日々が続き、大戦争終結から何百年かが経った頃。
森に初めて人間が――――1人の少女が迷い込んできた。