14 なんで負けたか明日までに考えてきて下さい
ストロンガーが反乱軍と合流してはや一年。ストロンガー率いる勇者パーティはいよいよ暗雲立ち込める魔王城に突入作戦を敢行していた。メンバーは魔法と剣技を超高水準で使いこなす勇者ストロンガー、剛腕の戦士ヴォーリに加え、魔法使い、盗賊の四人である。
少数精鋭でゲリラ戦を仕掛けるのは最初から決まっていた。魔王軍はあまりに強大で、いかに先生の薫陶を受けたストロンガーといえど正面切って全てを相手にするには荷が重すぎる。小回りが利き逃げ隠れしやすい少数精鋭で魔王軍の要となる四天王を落とし、軍が態勢を整える前に魔王を討つ。それしか勝算はない。
相手はただでさえ万が一の勝ち目を拾わなければならない絶対的強さを持つ魔王なのだ。四天王や魔王の軍勢を同時に相手どれば敗北は必定。
実際、計画は半分成功した。
電撃的に邪剣士テノーを倒した後、ストロンガーとヴォーリは二人で仲間を集めつつ四天王を討って回った。二人の他の反乱軍は各地で派手に暴れ、陽動役を担った。
陽動が功を奏して二人目の四天王は暗殺に成功し、三人目は乱戦になったが優勢のうちに勝利した。
そして今、陽動部隊は壊滅し、魔王城はおびただしい数の魔王軍に包囲されている。もはや逃げられない。最後に残った魔王軍参謀・大魔法使いドゥムの結界によって転移魔法も封じられている。退路はなく、最後の四天王を倒したその勢いで魔王を討つ他に生き残る道はない。
元々が魔王の絶対的力というカリスマ性でまとまっている暴力を頼りにした軍勢だ。魔王が負けたと分かればたちまち烏合の衆となるだろう。
それが分かっているからこそ、四天王ドゥムは陰湿な魔法の数々を操り勇者一行を魔王の元に行かせまいとしていた。ドゥムは、陰気な老魔法使いは理解しているのだ。勇者一行が万全の状態で魔王と戦えば彼女を倒し得ると。
激しい戦闘の余波で半壊した魔王城の一角で、ストロンガーは瓦礫の影に隠れ剣を構えなおし歯噛みした。全力を出し魔力を使えばドゥムを倒すのは容易い。しかし魔力を使えば魔王を倒すだけの余力が残らない……
狡猾なドゥムは堅い防御魔法と身の毛もよだつ嫌がらせ魔法ばかりを使ってきて、攻め込む隙が極端に少なく仲間たちも攻めあぐねていた。彼が時間を稼ぐ間に魔王城を包囲する軍勢が包囲網を縮めてきている。先ほどから何度も何度も突破を試みているが老獪な熟練の魔法に阻まれ寸でのところで首に刃が届かない。
魔王は姿を見せず魔王城の頂上で底知れない威圧感だけを放ち存在感を知らしめている。ここまで来てみろと言わんばかりだ。それを強者の油断と呼ぶには感じ取れる威圧感は強すぎた。この一年で数々の修羅場をくぐった勇者ストロンガーですら激しい緊張感に身が縮む思いだった。
そうこうしているうちに強靭な魄によって鋭敏になったストロンガーの聴覚が魔王軍の先鋒が一階の大広間になだれ込んでくる音を捉えた。
いよいよもって時間がない。
手加減して勝てる相手ではない。消耗しても倒せないよりは……と腹を括って魔法を使おうとしたストロンガーの肩を、幾たびの戦場を超え歳の離れた戦友となったヴォーリが軽く叩いた。
「行け、ストロンガー。行って魔王を倒してきてくれ」
「何? しかし、ヴォーリ達だけでドゥムは」
心配し躊躇するストロンガーの口をいつの間にか隣にいた盗賊の手が塞いだ。
「それ以上は言うな。あんな冥府に片足突っ込んだジジイぐらいお前抜きでもやれるさ。だから、ここは俺達に任せて先に行け!」
「ああ。なあに、すぐ追いつくさ」
「世界を……貴方に託します」
無口な魔法使いも珍しく長く喋りストロンガーを激励する。
言い返そうとしたストロンガーだったが、自分を見つめる仲間達の目は揺るぎない。
全てを呑み込み、ストロンガーは一つ頷いて城の頂上へ向け音より速く駆け出した。
横をすり抜けてもドゥムは追って来なかった。一対一で魔王に勝てる生物など存在しない。そんな確信と侮りが肩越しに振り返って寄こした目線から透けて見えた。
だが、ストロンガーは知っている。
魔王より確実に強いであろう、神を凌駕する超常の存在を。
どんな敵であっても先生を相手にするよりは楽。そう思えるだけでどれほど心に余裕ができるか。
背後に激闘の音を聞きながら振り返らず階段を駆け上ると、間もなく魔王城の頂上についた。魔王は見晴らしのよい屋上の縁に足をかけ、じっと城を取り囲む蟻の大群のような軍勢を見下ろしていた。
四天王全員を束ねたよりなお強烈な覇気。
背に負った音に聞く星空の名剣・アストラル=ライトの煌めき。
血がしみ込んだ禍々しく赤黒い両拳。
しかしその圧倒的存在感に反して美しい銀髪を風に流す大魔王ハニャの相貌は幼げで。
目の下に浮き出たクマと、小柄である事を差し引いても痩せた細身から彼女は健康を害しているのではと錯覚しそうになる。
事ここに至って言葉は要らない。やるか、やられるかだ。
ストロンガーが覚悟を決めて剣の柄に手をかけると、その構えを見たハニャは背中の大剣に手を添えながら片眉を上げた。
「殺気はある。なのに殺さない構えだ。どうした? 勇者ストロンガーは魔王軍に容赦が無いと聞いている」
「先生との約束だ」
魔王に口を利くだけで反吐が出る。が、手加減していると思われるのも癪だ。それに例え己の最大の悲願を妨げるものであっても、敬愛する先生との約束を宿敵に知らしめるのは誇りだった。
ストロンガーが答えると、ハニャはますます興味深そうにじろじろ見てきた。
「ふぅん、覚えがある構えでもある。お前、師は?」
「…………」
「そう。じゃあ私が勝ったら名を聞こう――――つまり絶対に聞く。さあ、やろう。私とお前、どっちが強いか!」
抜剣は同時。方や四つの鈴の音、片や三つの鈴の音が鳴る。残酷に、そして明白に実力差を示す抜剣の音色の数は、しかしストロンガーが重力・時間・敏捷・筋力・幸運・反射神経とありったけの自己強化魔法を瞬時にかける事で一拍遅れて拮抗する。
上空に立ち込める不吉な雲から稲光が走り、そして二人の剣が衝突した。
押し寄せてきた魔王軍の雑兵とドゥムを相手取り泥沼劣勢の消耗戦を強いられていた勇者パーティの三人は、不意に魔王城の頂上で閃いた二筋の光を見て反射的に回避行動をとった。二つの光のうち一つが見覚えのあるものだったからだ。三人はストロンガーが本気を出した時に何が起きるか知っていた。
三人の回避は辛うじて間に合い、刹那の一瞬のあとに乱れ飛ぶ空前絶後の剣士二人の剣圧が魔王城をバラバラに切り裂き崩落させた。
「――――おらッ!」
「!? しまっ」
悲鳴をあげ瓦礫の下敷きになっていく軍勢を尻目に空を飛んで逃げていくドゥムに、ヴォーリはバランスをとり狙いすまして斧を投擲した。斧はドゥムの強固な防御魔法を貫通できなかったが、姿勢を崩す事には成功する。そして姿勢を崩したせいで瓦礫を避け損ね、たちまちなだれ落ちてくる城の残骸に押しつぶされ見えなくなった。
「よし! みんな、ストロンガーの……」
援護に行こうとしたヴォーリは絶句した。
魔王と勇者の戦いは人の域を完全に超えていた。
激しく剣を交える二人の周りの瓦礫は幾重にも切り裂かれ砂と化し、旋風と血煙が吹き荒れる死地になっていた。
「……援護をするぞ! 少しでもいい、魔王に負担をかけろ!」
ヴォーリが見たところ血煙の原因となっているのは全てストロンガーの負傷だった。強力迅速な回復魔法で傷口を適宜塞いではいるものの、その回復に費やす一手のせいで更に劣勢になっていっている。世界最強、神にすら伍するとうたわれる魔王と渡り合えているが、渡り合えているだけだ。
戦いを目で追えない魔法使いが盗賊のナイフをありったけの魔法で強化する。そして盗賊が全神経を集中し全身全霊で投げたナイフを、ヴォーリが蹴り飛ばして更に加速。共に戦ってきた仲間だからこそ成せる連携の一撃が、二人の剣士が織りなす全てを塵に変える剣閃結界を突破し魔王に迫る。
「む……!」
完全な死角から背中を狙ったナイフを、魔王は振り返りもせずに半歩ゆらりと体を傾けるだけで容易く避け切った。
が、その半歩は超常の域にある剣士の戦いにおいては致命的だった。
「ぁぁあああああああああああああああッ!!!」
ストロンガーが吠え、ほんの一瞬ヴォーリの目では追えない速さに到達する。呼応して魔王の姿も掻き消え……世界を揺らすような甲高い一閃が響き渡った後、二人の立ち位置が逆になり、剣を振りぬいた姿勢で静止する。
そして息の詰まる静寂ののち、勇者が血を吐いて膝をつき、魔王が倒れ伏し動かなくなった。
「ストロンガー!」
空を仰ぎ半死半生で痙攣している勇者ストロンガーに仲間達が駆け寄る。
「大丈夫……じゃあないが、これなら助かる。回復を急げ!」
膝をついて傷の具合を見た盗賊の素早い見立てに、一行は大急ぎでなけなしの魔力を振り絞り回復魔法をかけ、残り少ないポーションを口にねじ込みはじめる。
勇者ストロンガーは魔王ハニャに勝利した。
それは長い暴力と暗黒の時代の終わりだった。




