12 盗賊に襲われている馬車に遭遇して助太刀するあるあるイベント
ストロンガーは森から出立した時に大きな不安を抱えていた。
果たして外の世界で自分の力は通用するのか?
八年の修業期間、一度も森から出なかった。ヨーウィとばかり戦い、たまに魔獣と戦った。人間と戦った事はない。
無論、森で生まれたわけではないから、外の世界は知っている。故郷の村にも剣士や魔法使いはいたし、彼らがどれぐらいの力を持っていたのかは朧気に覚えている。
だが八年は長い。故郷が魔王によって滅ぼされるその日まで強さというものをあまり意識した事がなく、強者たちの動きや技をわざわざ覚えようともしていなかった。ゆえに朧気な記憶は摩耗し既に霞のようにあやふやで、今の自分と記憶の中の彼らのどちらが強いのか判然としなかった。
先生はそうそうは負ける事はない、と太鼓判を押してくれてはいたけれど。それでも不安なものは不安だった。
昏き森は大昔から禁忌とされていて、滅多に近づく者はない。ゆえに道はなく、ストロンガーは樹幹から透けて見える太陽と、影の向きを頼りに方角を確かめ、魔王城があるという北へ道なき道を向かった。
やがて森を抜け草原に出る。野兎を狩り食料を得、焚火を友とし、マントで夜露を凌いで眠り。誰とも会わない辺境の旅が数日続く。
修行を終え、毎日の鍛錬がなくなったのは妙な気分だった。先生からあとは多様な相手との戦闘経験だ、と言われてはいたものの、落ち着かない気持ちから毎日起きてから少しの間、剣の素振りと魔法の反復訓練はつづけた。
森を出て幾日か経った頃、道を見つけた。舗装されていない土がむき出しの道で、馬車のものと思しき轍の跡がついている。ストロンガーは跪いて轍を触り観察し、頭を働かせ考えた。
小さな村には維持にも運用にも金がかかる馬車の往来は滅多にない。馬車の跡がついているならば、それは大きな規模の村か、小さな町を結ぶ道である。大都市間を結ぶ道ならば舗装されているか、もっと道幅が広く轍の数も多いだろうから。
つまりこの道をたどればある程度の情報収集が可能な人口密集地にたどり着ける。
まずは情報だ。仲間も集まればなおいい。居場所も明確でない魔王とその軍勢にたった一人で立ち向かい、撃滅できると思うほど自惚れてはいない。
ストロンガーは一人頷いて立ち上がり、道に沿って歩き出した。
長い修行により鍛え上げられた健脚でも道を見つけてから人に会うまで丸一日を要した。
その前兆は魄の働きにより人の域を超えた聴覚が捉えた。断続的な幾つもの金属音。怒号。馬のいななき、悲鳴。鋭い風切り音。
戦いだ、と理解した瞬間、ストロンガーは疾風の如く駆け出していた。戦場に向けて。
実戦経験を積む格好の機会であるし、何よりもかつての故郷のように強者に力によって蹂躙される弱者がいるならば助けたい。そのために力を得たのだから。
もうストロンガーは戦いの気配に震えて縮こまるだけの幼子ではない。一人前の剣士だ。
ストロンガーの一歩毎に土が抉れ後方にはじけ飛ぶ。土煙を巻き上げ、姿勢を低くし音より速く疾走する。鋭敏な嗅覚が血の匂いを捉えた数秒後には横転した馬車とそれを守る護衛、そして群がり襲い掛かる盗賊達の姿が見えた。
見たところ盗賊側が劣勢のようだった。しかし一方的ではなく、馬車を守る護衛達も数人が負傷している。これならば横やりを入れ無用な混乱を招くのは悪手か。
足を緩めかけたストロンガーだが、馬車の幌に縫い留められた紋章旗を目にした瞬間に激憤とともに加速した。
「助太刀するッ!」
咆哮、抜剣。三度鈴に似た独特の音が鳴り、護衛のうちの体格がよく構えに隙が少ない一人だけがそれを耳聡く捉え顔面蒼白になる。
音速を優に超える若き勇者の剣戟は、声が戦場の人間の耳に届くよりも早かった。
自分の声を追い抜き奔る鋭い閃きが二度、三度。
たったそれだけで、護衛と御者の首が綺麗に断たれ、胴体から滑り落ちた。
土煙と共に現れ、戦場を貫いて走り抜けた剣士を盗賊達は茫然と見やった。
文字通り目にもとまらぬ早業だった。何かが来た、と思った途端に戦っていた相手の首が落ちたのだ。ちょっとした恐怖、異常事態である。何が起きたのか誰も理解できず、中には腰を抜かして尻もちをついている者すらいた。
足を止め納刀したストロンガーは息を整え振り返り、舞い上がる砂埃を魔法の風で散らす。それから馬車の魔王の紋章旗を親指で指し、盗賊達に尋ねた。
「念のために聞くが、お前たちは反魔王軍だよな?」
「あ、ああ……君は?」
盗賊達は恐る恐る顔を見合わせ、代表して髭の巨漢が得体の知れない青年に尋ね返す。
見事な剣を佩きマントを翻す金髪碧眼の精悍な剣士は、にっこり笑って手を差し出した。
「俺は魔法剣士、ストロンガーだ。魔王を倒す旅をしている。同志に会えて良かった」




