11 勇者を魔王宛に出荷する鬼畜先生
それはストロンガー少年が弟子入りして半年ほどが経った時の事だ。
彼はまだまだ剣技も魔法も未熟だが、へっぴり腰を卒業し扱いやすい魔法を覚え、見る者が構えを見れば戦いを学んでいると分かる程度には成長していた。既に喧嘩自慢程度の大人は一蹴できる。
痩せぎすの体にも肉がつき、金髪碧眼の幼げな容貌にも精悍さが宿りつつある。あと数年もすれば天才美形魔法剣士として女性にキャーキャー言われることだろう。生前の俺によく似ている。
ストロンガーはその夜、俺がヨーウィに建てさせた倉庫に忍び込み、魔法触媒を保管している宝箱の鍵をコソコソ開けようとしていた。
「ストロンガー」
「!!!!??」
壁をすり抜けて背後をとり声をかけると、ストロンガーは飛び上がって驚いた。針金をさっと後ろ手に隠し、とり繕ったすまし顔を作る。
「こんばんは、先生」
「ああこんばんは。ここで何してる?」
「……散歩」
「散歩というのは入るなと言った建物に入り、開けるなと言った箱を開けようとするのか? それなら散歩の定義を間違えて覚えているようだな」
「いや、あの、ごめんなさい、先生。魔が差して」
最初から言い訳が利かない状況だ。ストロンガーはすぐしどろもどろに謝った。
ええんやで。許す。姉弟子の失敗で先生学びました。お前さんぐらいの歳のキッズはすーぐ先生の言う事ぶち破って勝手に無茶して自滅するからな。警戒して目を光らせてた甲斐あったってもんよ。
「俺の修行は不満か?」
「そんな事は……ある、けど」
「あるよなぁ」
誤魔化そうとしたようだが、根が素直過ぎてゲロってしまっている。
そりゃ、不満が無ければこんな事しないだろう。
既に何度も言った事だがもう一度丁寧に説明しておく。
「いいか? ここに保管してある魔法触媒は強力で危険だ。今のお前が習得しようとすると頭と体がおかしくなって死ぬ。俺がいいと言うまで手を出すな」
「でも強力なんだろ? 俺はあの魔王に勝たないといけないんだ。もっと強くなれるなら強くなりたい。すぐにでも。強くなって、それからその先にいくんだ」
「強力だ。だが今のお前には耐えられない」
「でも強力なんだろ?」
お、無限ループかな? RPGと生意気小学生相手に1000回ぐらい経験した事ある。望んだ答えを返すまで無限に続くヤツだ。悪質!
言いつけを破って馬鹿をやるのは馬鹿としか言いようが無い。しかし気持ちは分かるし馬鹿100%+天才10%ともいえる。
言われた修行だけをする奴は安全に順調にそして無難に強くなるが、無難では収まらない魔王に打ち勝つほどの極まった強さを手に入れるには言いなりでは足りない。言いなりで足りるように修行計画を立ててはいるものの、不安になるのは理解できる。
なまじここまでトントン拍子に強くなれているから、もっと頑張ればもっともっと強くなれると勘違いもするだろう。実際は今の時点で限界一杯最高効率修行だから限界を超えると破綻する、なんて説明したところで納得すまい。納得してない証拠が今回の盗難未遂なのだし。
前向きに考えれば言いなりにならず自分で考え新しい挑戦や自分なりの工夫をする奴はしない奴よりは見込みがある。
その工夫の結果死んだら全てが水泡に帰すわけで、やっぱり馬鹿なのだが。馬鹿と天才は紙一重だ。
まあこの際教育論うんぬんかんぬんはどうでもよろしい。
口で説明して分かって貰えないなら体で分からせるしかない。
「分かった。使いこなせると思うなら魔法触媒をどれか持ってみろ」
「いいのか!?」
「全然よくはないが、やってみろ……おーい! ヨーウィ! ちょっと来てくれ! ……失敗に備えてヨーウィに控えさせる。いいな?」
大声で叫んで近くのヨーウィを呼び、念押しするとストロンガーは目を輝かせて頷いた。若いなー。自分なら無理を押し通せるという自信に溢れた目だ。すぐにその目は曇るんだけどな。
眠たそうにのそのそやってきたヨーウィに宝箱を開けてもらい、ストロンガーは幾つも納められた触媒から一番大きくキラキラした漆黒の宝玉に似たモノを選んだ。
時間操作魔法の触媒だ。もちろん今のストロンガーには到底扱いきれない。
ストロンガーは厳かに宝玉を手に取り、握りしめ――――顔を歪め体を丸めて苦しみだした。
「うっ!?
くっ、なんだこの力は……! 抑え込んで、ぬぐ、負けるかっ、…………!?
ぐがぁあああああああああああああ!!!!!!!!!
無理だ! 死ぬ! 先生! 先生ーッ! 助けてくれ!」
「ヨーウィ、剥がしてやれ」
「承知」
身の丈に合わない魔法触媒に魂を侵される苦しみは常軌を逸する。死ぬほどの苦しみに悶えた挙句、死ぬ。運が良くても廃人。
ヨーウィは白目を剥き泡を吹いて痙攣しはじめたストロンガーの手から宝玉を無理やりに引き剥がした。手の皮が剥がれ魂の一部も持って行かれたが死ぬよりはずっといい。
ヨーウィは引き剥がした宝玉に自分が侵食される前に急いで宝箱に放り込んだ。脂汗で服をぐっしょり濡らし浅い呼吸を繰り返し意識を失っているストロンガーの手首で脈を取り、瞼を開け覗き込む。そして不思議そうに聞いてきた。
「師。ストロンガーは何故無事なのか?」
「無事ではないだろ」
見ろ、失禁してるぞ。
肉体的には手の皮が剥がれたぐらいで済んだが、魂の傷は重症だ。治るまで何十日もかかる。
「その触媒はストロンガーより遥かに魔法に習熟したヨーウィを喰い殺してきた。何体も。ストロンガーが生きて正気でいる理屈が理解できない」
「そりゃ散々言ってるだろ。魂の素質、才能だ」
実も蓋も無い。だがただ強くなるのではなく世界最強格になろうというのならその実も蓋もない才能という素質が絶対的に欠かせない。
努力すれば天才を超えられるなんて嘘だ。努力する凡人は努力する天才に勝てない。
ヨーウィはどいつも平均以上の才能があるが、天才ではない。ゆえに強く優秀にはなれても最高最強には決してなれない。そういう宿命の種族なのだ。
「なるほど。これが才能」
ヨーウィは感情を伺わせない声音で淡々と呟いた。一瞬、自分では決して届かない頂に届き得る素質を持つ少年に嫉妬したのかと思ったが、全くそんな様子はなかった。ストロンガーをそっと寝かせ、俺に向き直り剣を捧げ持ちいつもの台詞を言う。
「師。我、鍛錬を望む」
「ああ」
俺もいつものように頷いた。
ヨーウィはストイックな種族だ。寄り道をせず一直線に真面目に成長していき、そして必ず頂点に至る事なく頭打ちを迎える。俺はそこに一抹の物悲しさを感じずにはいられなかった。
ハニャもそうだったが、ストロンガーも一度死ぬほど痛い思いをしてからは修行に異議を唱えなくなった。意見を言う事はあれど、最終的には俺の言う事に従う。俺はその信頼に応え、ストロンガーの望み通りハニャを打倒し得る領域にまで八年をかけて鍛え上げた。
剣技はハニャに及ばず、魔法はハニャの手下の大魔法使いに及ばない。だが剣技と魔法を高度に融合させた強力な技の数々を身に着けている。
必ず魔王を討ちます、と言い深々と頭を下げ旅立っていったストロンガーを俺は複雑な思いで見送った。彼に待ち受けるのは姉弟子と弟弟子の姉弟対決だ。ストロンガーはそうとは知らないのだが。
……この八年、恐れていたエイリアンの侵略は未だない。だが油断はできない。油断できる相手ではない。
薄情だが俺は勇者ストロンガーVS魔王ハニャの世界の行く末を賭けた一大決戦より、エイリアン再侵攻による世界の存亡をかけた戦争が心配で仕方ない。
果たしてどうなる事やら。




