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────砂塵の雨────

作者: シアン


 私は砂塵の村に生まれたんだ。辺りは砂漠しかない。

 小さい頃から私は他人と違って、肌の色が白かった。だからみんなから迫害された。

 実の両親でさえ


「お前なんて生まれてこなければよかったんだ」


 なんて言う始末……。同年代からは暴力を振るわれて、頬には一生消えない傷が残った。それを隠そうと髪を伸ばしたんだ。だってそうしないと見えてしまうから……。

 そして短かった髪も、腰を過ぎた辺りにまで伸びた頃には、もう疲れ果てていました。


 ────何で私ばっかりこんな目に遭うんだろう。死ねば楽になるのかな────


 ふと、そんな風に考えたんだ。でも、自分を傷つけるのはなにより怖かった。他人に傷つけられるのは痛いけど耐えられた。死んで逃げようとしたけど、結局はできなかったの……。

 だから、生き続けようと思った。

 そんなとき、月が綺麗に映っている夜に流れ星が一つ見えた。ありきたりだけど願いをかけてみようと思って、目を瞑って三回自分の中でお願いした。

 

 ────楽になりたい。楽になりたい。楽になりたい。って。


 目を開けば、どうせ変わらない夜空がそこに在るんだろうと思ったけど違った。

 星屑は私を目指して迫ってきた。あぁ、やっと消えることが出来るのだと、そう思った。だってぶつかれば、ぺしゃんこだから。

 だけどそれは星屑じゃなかった。

 光りが近づきすぎて、目を閉じていたの。でも開けることが出来た。それはつまり死んでいないってことで、生きているということだ。だからなのか、少し悲しかった。まだ苦痛が消えないんだから。

 そして言葉が聞こえた。


 ──すまなかった──って。


 何に対して言っているのか分からなかったし、私自身応えることが出来なかった。

 言葉を発したのは星屑だった。目の前には私と同じ肌をした人間が立っていて、何故かその人を見ると酷く懐かしく感じた。

 それもそのはずだ。だってこの人は私の父だって名乗ったんだから。

 はっきり言ってこのときは混乱していて理解も判別も出来なかったんだけど、ただ優しい人なんだなぁと漠然に思ったのを今でも覚えている。


「さぁ、お前の幸せはこの死を乗り越えてそこにある。私を殺しなさい」


 父と名乗っておきながら自らを殺せと言う。そんな事出来る訳が無いのに、それより今までの私に起こったこと全ての説明を聞きたかった。


「どうして私はここにいるの? どうして本当のお父さんが貴方なの? どうして私がこんなに辛い目に遭わなくちゃいけないのよぉおおおお!」


 他にも聞きたいことは沢山在った。でも色々な感情が渦を巻いて、それどころではなかった。


「そうか、私を殺せぬか。しかしお前は殺さなければならない。そうしなければお前は幸せになれない。すまない。こんなことしか出来ぬ父を許してくれ…………これを持つんだ」


 訳の分からぬことばを並べて、父は剣を私に渡した。言葉同様、意味が分からなかったが、その剣を持たされた。

 そして、父は私の目の前から忽然と消えたのだった。一瞬のことで私は呆然としていた。消えたと思った父はいつの間にか私の腕の中にいて、暖かな水を撒きながら倒れていったのだった。

 何が起きたのか、どうして起こったのか、何一つ分からなかった。

 事が終わった後に自分を見ると、真っ赤な血の海に溺れているということが分かった。

 父は私に剣を渡すとそこに向かって走ってきて、自分の胸に私の持った剣を突き立てた。

 後は無言のまま私の腕の中で息絶えた。

 気づけば私は人殺しになってしまっていた。優しいと感じた父を殺した。救われると思ったのに、やっと私に意味を見出すことが出来ると思ったのに────


 ────泣いた。知らず泣いて、それが枯れた大地に浸透した。


 私が泣いたら空は雲って同じように涙を流した。血は水と一緒に流れていった。

 それからの私は水の女神だなんて持て囃されることになる。きっとお父さんが私にくれた力なんだと思えた。


       §


 暫く経って私の元に一人の青年が現れた。じっと私のことを見つめながら物陰に隠れていてすごく怪しかった。気づかない振りをしようと思ったけど、出来なくて声を掛けたら彼は転んだ。

 可笑しくて、笑っちゃった。こんなに笑ったの初めてってくらいに。

 その出会いから私は彼と仲良くなった。私自身の事を話したし、彼の話もよく聞いた。

 彼は洞窟の民。いつも地中に住んでいて、薬とかを調合して生計を立てているらしかった。それで今回もこっちに来たらしいんだけど、私が水の話をしたら少し挙動不審になったのをよく覚えてる。そのときはどうしてだかさっぱり分からなかった。

 一ヶ月ぐらいかな、彼と話しているのが日課になった。

 今日は満月。綺麗な月と星が見えるから彼を呼んだの。彼、来たときいつもと違うちょっと不思議な表情をしていて印象的だった。そして後ろに何かを隠しているのに気づいた。

 それはワイン。お酒なんて初めて飲む物だから、少しドキドキした。飲んでみると、甘いような眠くなるようなそんな感じがした。それで暫くしたら眠くなって寝ちゃった。

 目を覚ましたら私の隣に彼が寝ていて、もう一人誰かが寝ていたの。知らない人だった。

 気づけば彼の隣に手紙があった。それはこんな風に文が書かれていた。


 ──ごめん。

 僕は、君を殺すために近づいた。でもそんなことは出来なかった。

 初めて見た瞬間から君を好きになってしまったから。話すうちにもっと好きになってしまったから。だから、ごめん。まず謝るよ。

 これを読んでるなら、きっともう一人が僕の隣にいると思う。僕の仲間だ。こいつが早く君を殺せって言ってきた。けどそんな事は出来なかった。僕は君を勝手に愛してしまったから。でも殺さなくちゃいけなくて。そうしないとみんなが苦しんじゃうんだ。

 君が水を生む度に、地下に水が堕ちていく。それは僕らの家族が死んでしまうっていうこと。だから、君を殺さないといけなかった。

 でも、僕は仲間や家族より君を選んでしまった。

 それに僕は人殺しだ。君を眠らせた後、仲間を殺した。だから僕は死ぬよ。君の手で。ごめんね。大好きだ──


 文を見る手は震えていた。しかも気づかないだけで手はいつかのように赤く染まっていて、大地に短刀が転がっていた。

 叫んだ。もぅ何も考えることが出来ず、ただただ泣き喚いた。顔を濡らすのは暖かい雫。私の力で降る雨。それは留まることを知らず永遠と流れた。

 終わりは沈んだ。

 世界は水の中に埋まったのだ。悲しい現実を消すように、海中に埋没した。

 私は何故か空を見上げる。今は綺麗な雲ひとつない快晴だ。この身体は何なのか、水に沈むことを許してくれない。

 そして私自身、自分を殺すことが出来ない。怖いから……。


 あぁ、もう疲れたよ。

 誰か、私を殺して────


       §


 それは空虚な私を包むように現れた。考えることを放棄した頃の私。生きているということが辛いのに、生き続けている矛盾。

 周りには太陽の光を幾重にも重ねたような光りの塊が存在している。

 これは何だろう。久しぶりに興味を惹かれる物が現れた。いつもはただ海上に寝そべって、いつか来る死を待ちわびているだけだ。

 視線をその光りに向けてみると、漠然と天使に見えた。ただそんなの物語の中だけだろうと思っていた。だからきっと夢。そう勝手に現実を上書きした。


 ────はぁ、まだ、私は生きている。


 夢の中だと思うのに、どうしてかこの天使みたいなものは現実みたいな実感が持てる。


 ──イスラフェル──


 脳に直接私の名前を呼びかけられた。


 ──迎えに来た──


 迎えとは何か、私にはさっぱりだった。


「何。貴方、何者なの」


 ──記憶はないか。無理もない、あのように堕ちていったのだからな。我が名はアッラー。探すのに苦労した。この世界は君のお陰で終焉を迎えたのだ。もう目的を果たしたのだから天界に戻って来い──


「……何を急に……。私はもうなにも信じることなんてできない。だってそうでしょ。大切だと思ったら、その人たちはみんな私の前から消えてしまうんだから」


 ──それは脆弱な人間だからだ。所詮土塊から生まれたのだ。大地に帰るのは理に叶っている。炎から生まれた天使。我に使わされたものだからこそ、この世界を統べる権利を持っているのだ──


「天使ねぇ。何、それって私のことも天使だなんて言ってるわけ。冗談じゃない。私はただの疫病神。みんなに死をもたらす臆病な悪魔よ」


 ──そうか。悪魔か。それも良かろう。我の思想では悪魔は再び天使に戻ることも可能だ。……もっとも人間は天使になることも可能だろうが、そのようなこと我は認めない──


「ふうん。別にアンタが認めようが、認めなかろうが私には関係ないでしょ」


 ──貴様、我がどのような想いでここに来ていると思っている──


「知らないわ。私を殺してくれるの? それはありがたいけど? さっきから口にしていることを聞くと違うんでしょ。ならもう一人にして。誰とも居たくないんだから」


 ──認めん。我は唯一にして絶対の神。我の行いを崇め奉らんのならば貴様の存在も必要ない──


「そう、なら消してくれるの。ありがとう。ほら早く殺してよ」


 ──否、貴様の願望など叶えるものか。そうだな、ならばこれが貴様にとっての絶望になろう──


 そう言って、アッラーと名乗った光りは私の傍から消えて空に戻っていった。結局何しに来たのか分からずじまい。また私は一人になって、ただ死を待ち続けるだけなんだと思えた。

 そうして、海の上に寝そべろうとして異変を感じるのだった。

 空が、大気が震えている。地震、そう思う。ぐらぐらと視界が揺れて世界が崩壊していくんじゃないかと考えた。きっとアッラーはアレで本当にすごい者だったのかもしれない。なんて、今更になって考えた。

 でもこれで死ねる。良かった。天災なら直のこと嬉しい。自分で死ぬのは怖い。他人に殺されるのも怖い。まぁ本当のことを言えば死は怖い。それでも楽になれるなら、考えを捨てることができるんだったら、何でもいい────

 

       §


 一日以上揺れが続いたと思う。

 そしたら不思議なことが起こった。大地が顔を出して、知っている地形が現れたのだから。地面は水に濡れていてまだ何もない。

 でも、時間が経つにつれ私の記憶の通り全部が元通りになっていく。そして異様だったのが、人間が本当に土塊から出来上がっていったことだ。

 最初に出来たのは心臓。脈を打ちながら血液を送り出した。ついで骨、肉、顔面、皮膚、体毛、正直見ていて吐き気がした。

 胃に何も入っていないから、胃液が喉を焼いて痛い。

 そして私の身体から徐々に力が入らなくなってきた。そうか、これが死。漸く実感が持ててきた。

 これで苦痛から解放される。嬉しい。

 ただ、死ぬ前にちょっと見てみたいのは、もし今私の記憶のとおりに再生が行われているのなら、もう一度彼に会ってバカって言いたい。

 私だって好きだった。一緒にいたかった。一人で抱え込むんじゃなくて、私にも教えて欲しかった。結局はあとの祭りでしかなかったから、もう遅いんだけどね。

 睡魔のようなものが襲ってきた。

 あぁ、これで、ここから消える────


       § 

 

 まぶしい気がする。これは俗に言う天国? 私は天使らしいからそれもありなのかな。なぁんてバカばかしい。熱いな、そう感じたら私の上になにかの影が……。


「イスラフェル……」


 あれ懐かしい声だ。

 最後の夢。走馬灯か何かかな。なら言わなくちゃ──


「……バカ」


 って。


       §


 総ては元に戻った。私は天使だったのか、別に羽が生えているわけでもない。ただ、心を痛めると雫が雨になり洪水になるということだけの存在。

 でも、アッラーがひょっとしたら私を救ってくれたのかもしれない。

 こうして今隣りには彼が一緒にいれるんだから。

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