7.私の宝石
猫のように鋭くもまんまるの大きな瞳、それを少し隠すような長い前髪、黒い髪から覗く黄金の瞳は近寄るもの全てを拒絶していた。
冬の寒い日、初めて見たとき、本当に猫のような子だと思った。
公爵邸の近くで震えていた彼に思わず手を差し伸ばせば、警戒に毛を逆立てながらも恐る恐るわたしの手を取った。たった、1回の気まぐれであったはずなのに 気が付けば、彼を孤児院へ入れてやることもせずに手元に置くことを決めていた。
ガリガリに痩せ細っているのに、食事に対する警戒心は非常に高く、いつでも同じ器の食事を欲しがった。幸い、家族の仲は良好ではなく常にひとりだったため、私はなんの気兼ねもなく、それを許した。彼は、私以外には中々懐かなかった。決して他の者の食事は欲しがらず、何も食べなかった。
黄金の瞳は、はっきりと私を選んでくれた。
彼が、私以外を嫌がる事で私の何かが満たされていく。私にだけ、甘える姿が愛おしく大切に思えた。彼だけは私の全てを肯定してくれる。多少の煩わしさもあったが、私の後を懸命に追ってくる姿が嬉しくて仕方がなかった。私が、12歳になる年の話だ。
3つ下の9歳だと言い張る少年は、せいぜい5歳くらいにしか見えなかった。長らく、栄養が不足していたせいなのか、それとも遺伝的なものかは分からなかったが、小さいながらも私を慕う彼を手放す気にもなれなかったのは確かだ。
黄金の瞳が光に反射して輝く。
その中にある琥珀色の輝きを見て、少女は悟ってしまった。
常に持ち歩いている母の形見の宝石、琥珀色の宝石は輝きを失いくすんでいた。光を反射することもなく、暗い影を落としていた。御伽話を信じていたわけではないが、突然の変化が必然のように重ね合って目に見える形で現れたのだ。宝石の逸話を知る者は少ない。先程のヘリオドールは、どこかおかしかった。
迎え入れて2年ほどになるが彼にあのような言葉遣いは教えていない。
家の外に出すことがないため、ある程度の勉学はさせていたが言葉については特に矯正していなかったのだ。
そして、ヘリオドールの瞳と形見の宝石だ。まるで宝石の輝きが瞳の中に溶けているようだった。動揺を知られぬようにヘリオドールをとっさに眠らせた。せいぜい、睡魔の誘引しかできないものの運良く眠りについてくれた。
もしも、私の想像通りなら私はこの子を道連れにして死ぬようなことがあったのだろう。
でなければ、宝石を手放すことは決してしない。
どちらも、わたくしの大切な宝石
死ぬ前に譲渡を行う時間があったとするならば、少なくとも今後も彼を連れ歩くべきでないだろう。やはり、大切な宝石は持ち歩かず、正しく保管せねばならない。ヘリオドールと共に死ぬ可能性があるなら、彼だけでも逃してやらなければならない。
あの子が望むなら手放してあげよう。
そのためにはまず、生きる為の知恵をつけてあげねばならない。
アリシアが小さく息を吐くと同時に、ヘリオドールが飛び跳ねるように起き上がった。