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4.断頭台



春の日の朝、まだ早い時間だというのに広場には大勢の人が集まっていた。

以前より流れていた“高貴なる者の処刑”の噂、真偽はどうであれ娯楽に飢えていた民衆には刺激的だった。とは言え、前日まで特定の名すら挙がらなかった事もあり、信じている者は少なかった。



噂は本当らしい。王城の騎士達が急ぎ広場でなにやら組み立てている。


そんな話が聞こえてきたのは、昨日の夜中のことだった。広場には篝火が焚かれ、夜も遅いというのに遠慮のない木づちの音と騎士達の掛け声か響いていた。あまりに仰々しい様に、普段は寝静まっている住人も目を覚ましている程だった。暗闇の中、声をひそめて情報収集に走り回る者、あまりの喧騒に眉をひそめる者、得体のしれない高揚感に処刑を期待するようなことを言い出す者、異様な空気が流れていた。


いつもとは違う夜に、子供達も起き出していた。家の中から外を窺い、その異様な空気に怯えて泣く子もいれば、祭りのような騒がしさにはしゃぐ子もいた。丁度、学校も休みの時期だから子を持つ親も今頃大変だろう。他人事のようにそう考えながら、商人であるシンハライトは出掛ける用意を始める。


「旦那様、本当に行かれるのですか?」


「ああ、未だに処刑される高貴な方がどなたか分からないんだ。

もしも、商会の取り引きに関係ある方なら早くに動かなけれならん」


使用人の心配する声に溜息混じりに答える。

自身が商会長を務めるスーフェン商会、一般的な商会より貴族に通じている分、こうした打撃は商会にとって致命的だ。早いうちに対応しなければならない。


「出遅れた分だけ、うちには敵も多いのだから攻撃される隙を与えてしまう。

他の者達が出勤したら、すぐに動けるように待機するよう伝えてくれ。」


「承知いたしました、旦那様。……どうか、お気を付けて」


そうして、王城前に来れば同様に状況の確認に来たのだろう、見知った顔がいくらか見れた。集まっている大半は成人した男性ばかりで、当然のように女子供は少なかった。いるとしても、肝の据わった年配の婦人か度胸試しに来た成人前のガキ大将くらいのようなものだ。好奇心を抑えられなかったのか素性を知られないようフードで身を隠している者もいたので、実際にはわからないが。


王城前はガヤガヤと騒がしい。一夜にして拵えた断頭台は急拵えにも関わらず、圧倒的な存在力を放っていた。遠くからでも見やすいように高めに作られた舞台の上に佇むギロチン、鋭く砥がれた刃が無機質に光っていた。


断頭台の前方、中腹よりいくらか断頭台に近いところにいるせいか、舞台の上が良く見えた。


まさか、そんな…嘘だろう。


王城の騎士に挟まれるような位置に、まだ幼い少年と成人前くらいの少女が跪いているのが見えた。少年は殴られたのか人相が分からないほどに顔が腫れており、項垂れるように座り込んでいた。対して少女は凛と背を伸ばし、悠然と前を見ていたのだ。やや汚れているものの豪華な装飾が施されたドレスから“高貴な身分”であることが窺える。ハニーブロンドの髪は短く、少年のような髪型だった。


「あれが、もしかして噂の意地悪な公爵令嬢なのか」


気付いたものから声が上がる。周囲のざわめきが一層強くなった。それもそうだ、まさかいくら貴族といえども子供を処刑するなんて、いや貴族だからこそまさか子供の処刑をこんな広場で行うなんてと愕然とした。


噂の時期からして計画性のある処刑なら、すでに捕縛された者か、捕縛される理由のある黒い噂の絶えないものだろうと思われていた。嫌悪感が思わず湧いてしまうほど悪いやつだろうとなんとなく考えていた。


それがどうした。舞台には可憐な少女がいるのだ。


金を貯め込んでいそうな脂肪ばかりの腹で、髪はハゲ散らかし、顔には醜悪な人相が現れている、そんな人物かと思っていたのに。ちらりと周囲を見まわせば、顔色をなくす者がほとんどで当然のように受け入れている者はいなかった。


本当に噂通りのひどい少女だとしても、他に余地はなかったのだろうか。



やがて、荘厳な鐘の音が鳴り響いてくる。朝の6時を告げる鐘だ。

塔の上にいた鳥達が一斉に飛び立っていく。


少女と大して歳の変わらなさそうな若い赤髪の騎士が前に出たかと思うと、声を張り上げ宣言した。



「これより、元ジェダイト公爵令嬢アリシアとその従者の処刑を始める!」


少女と少年が他の騎士に連れられ、ギロチンの横へ立たされる。少年は半ば意識が無いのではないか、騎士に無理やり立たされているだけで身体は大きく傾き、手足に力が入っているように見えなかった。少女は変わらず、毅然とした面持ちで立っているように見えたがその顔色は決して良くはなかった。





そのあとのことは、良く覚えてない。思い出したくもない。

最終的に広場は葬式場のように陰鬱な雰囲気になっていた。

令嬢を見知っているのか、騎士達がいなくなった後に泣き崩れる者もいた。

逃げ出すようにその場を後にする者もいたし、呆然と立ち尽くす者もいた。


結局のところ、子供がふたり殺されたようなものだった。


噂では、悪逆非道と謳われていた公爵令嬢だったが罪状として紡がれたのは、なんとも後味の悪いものだった。もちろん、当事者間でなければ分からないこともあるだろうが、聞く限りには子供の言い分や言い掛かりに近かった。毅然と受け入れる公爵令嬢と罪とは決して言い難い罪状の数々、人の受け取り方次第と言われかねないが、自分には受け入れ難かった。


その理由はこの国、周辺国を含めて女性に必ず求められる要素があるからだ。


言い方は様々だが、ようは気の強さだ。


それは庶民であっても、気の弱い妻を迎えたら商売が潰れると言われるほどで、妻の尻にしかれる方が良いとされる傾向にあった。言いたいことを言えなければ、家も自分も守れない。貴族や王族とて同じで、嫌味の応酬に笑顔で答えて、相手を泣かせるほどの気概が無ければならないとまで言われているらしい。


陰では、王の権威よりも王妃の言葉は重視されることもあり、気の強さとは、言わば王妃にもっとも必要な素養とも言われていた。


曰く正しいことは口にしないといけない。

曰く自分の意見を隠している者は信用に値しない。


いつでも、感情を分かりやすく伝えることが思いやりとされた。度を過ぎれば、加減が出来ないと言われてしまうがそれだけだ。何も言わないよりも良く、口を紡ぐところでは話す代わりに気品で語るのだと広く言われていた。


気弱で人の後ろに立っているだけの女の子に憧れたのは、せいぜい子供の頃の話だ。察せないこと、分かり合えない、話し合えない、様々な要因があるが、麻疹のようなもので大人になると皆気の強い女性に惹かれていく。


気の弱い女性を妻にすると、いつの間にか騙されて、それを言わずに隠して、発覚して指摘すれば泣き出して話にならず、結局金のない独身男になると言われている。


反対に気の強い女性を妻にしたら、意見に耳を貸し、尊重し、何事も妥協と労りを持たなければいけない。そして、嫁に逃げられる男は、全てが出来てない狭量な男だと蔑まれるのだ。


今回の処刑でいえば、まさに王子が狭量の結果に起こったのではないかと思えてしまう。浮気をしても許さず、浮気相手を害したから処刑などと言語道断ではないだろうか。


平民風情の自分には、なんとも受け入れがたい。


耳障りの良い話であったが、心優しい清らかな令嬢とはつまり、気が弱いのでないか、ただの麻疹なのでという疑問も振り払えない。例え、気の強さに惹かれたとしても王子のやっていることは狭量な男のやることであり、これもまた同意しかねた。そう、そしてあの罪状だ。


細々としたことをいくつか並べていたが、要するに嫌がらせだ。害したと言っても、その詳細を言わないものだから、言葉にしてしまうとどうにも割に合わないものだ。処刑に値するのかと。


例え、そうだとしてもどうすることもできない上に、すでに終わったことだ。




「旦那様、おかえりなさいませ。…お加減がやはりすぐれませんか?」

ひとり、うんうん唸っている間に商会に着いていたようで、心配した面持ちの使用人がこちらを見ていた。


「……ああ」

何とも言い難い。王族へ不敬なことを考えてしまっていると、掻い摘んで使用人に話してみる。商会自体に影響は強くないだろうか、あの雰囲気ではしばらく買い足も伸びてしまいそうだ。色々考えては、溜息ばかり出る。


「もしかしたら、令嬢側の為の配慮があったのかもしれませんね。処刑されるくらいですもの。何か、我々には計り知れない思慮があるのかもしれません。天上の方達の考えることは庶民にはわかりませんもの。そんなに気になるのなら行かなければ良かったのです」

そもそも、気になるのであれば調べてみれば良いのでは、と使用人はどこか呆れるように言う。


「人が死んでるのに、君はなあ…」


「人が死ぬのを見に行くのもいかがかと思います。そのようなことを言うくらいなら、やはり行かれない方が良かったのですよ。お疲れなのです。今日は早く眠られると良いと思われます」


使用人の言葉に、それもそうかもしれないと折り合いをつける。

確かにそのような浅慮な行いをしないだろう。


胸にしこりを残しながら、仕事を始めるために二階へと歩き始めた。





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