22.ある無様な男の懺悔
その日のフローライトの悲痛な叫びは公爵家を中心に波紋を広げました。
公爵は、亡き娘であるアリシア嬢を愛していたのか。
息子の悲痛な叫びに対して、深くため息をついただけでした。
幼い男爵令嬢は引き起こした凄惨な事件よりも、宝石の名を与えられなかった令嬢は事実愛されていなかったのか、人々の興味はそこに集中しました。
模範的な美しい公爵令嬢は、模範的であるがゆえに敵も多かったのです。
故人と言えど、言われたまま、負けたままにすることは貴族として許されません。
故人には大変お世話になりました。最後に負けを返上させていただきます、と故人に最後の別れとしてお返しするのが、しきたりだったのです。
その為に、人々の話題の中心は自然とアリシアの話になりました。
アリシア嬢が愛されていなかったのなら、最後の挨拶として触れてはならない。
だが、もしも愛されていたのなら、彼女の真実の名で呼びかけるべきではないか、と。
周囲の思惑など目もくれず、公爵はお嬢様の葬式を執り行うことを粛々と表明しました。
その場に、母方の叔母であるクロムが呼ばれることはありませんでした。
以降、ジェダイト公爵家とクロムの交流は完全に断たれ、回復することもありませんでした。
やがて、公爵令嬢を殺した罪によりダイヤの死刑も決まり、世間でお嬢様の話題が上がることもなくなりました。
さて、人生の岐路、というのは案外あっけないもので、些細なきっかけが大きな影響を及ぼすものです。
そうです。無能な父親でも、父親であるが故に、いつかは役に立つこともあるでしょう。
答え合わせをしましょう。
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「懺悔します」
ある無様で、無能な男が懺悔します。
男は両手を強く握り合わせながら、後悔の念を吐露します。
「私は、娘を守ることができませんでした」
それはなぜですかと神父が問えば、男は言葉に詰まりながらも、また言葉を紡ぎました。
「…娘を、愛していたからです」
適切な返答ではないと聞いていた青年は思いました。
「本当にそうですか?」
青年は神父の首に刃を当てながら、冷たい声で言いました。
娘を愛していた人間があのような仕打ちをするでしょうか?
敬愛する主人の早すぎる死は、自分を契機に起こりました。
神に必死に祈る神父など、最早青年の目には映りません。
「愛する娘を失ったひとは、もっと取り乱してしまうものです。失礼ながら、貴方はあまりに落ち着いていらっしゃる」
娘を愛していたと言うなら、なんて無能な父親なんだろうか。
いっそ、愛していなかったと吐露された方がマシだ、と青年は思いました。
どんなに幸せを願っても、敬愛する主人は死んでしまう。
「今、どんなお気持ちなんでしょうか」
小さな声で青年はつぶやきました。
男は祈るように殊更強く手を握りしめながら、尚も懺悔します。
「私には、娘を惜しむことすら本来は許されないのです」
その通りだ。胸の中がぐしゃぐしゃに張り裂けそうになりながらも青年は男の次の言葉を待ちます。
男は、少し言い淀みながらも続けます。
「娘の誕生と引き換えに妻を失い、私は我を失いました。普通なら拒むような名を、私は一時の感情に任せ、娘に“アリシア”と名付けるのを許しました。名付けたのは義両親と言えど、私は断固拒否すべきでした。
目が覚めたのは、あの子の瞳が、ペリドットの瞳を見てからです」
もう、その時には手遅れだったと男は語ります。
自分と娘である妻との結婚を良く思ってなかった義両親は、当然のように孫娘であるアリシアを恨んだ。大切に育てた娘を死なすくらいなら結婚させるべきでなかった。
子どもなど諦めてしまえばよかった。
息子ひとりで満足していれば良かったのに、欲を出したな。
お前なんかに『至高の青』を任せなければ、あの瞳が失われることなどなかったのに。
『至高の青』以下の瞳に、価値など無い。
「様々な暴言も、アリシアが、娘がアリシアと名付けられたのをきっかけに収まりました」
その頃には、何も考えられないくらい疲弊し、ボロボロの状態だったと男は尚も語ります。
娘の名付けを公表し、周囲はようやく静かになりました。
これで、心置きなく妻のことを悼むことができる、そう思っていました。
妻のことを悼み、自身も落ち着いたころ、アリシアの瞳が開いたころです。
芽吹いたばかりの若葉のような眩い瞳を見て、後悔しました。
品格のある透き通るエメラルドグリーン、美しいペリドットの瞳を見たとき、娘の一生を台無しにしたことに、その時ようやく気付いたのです。




