幕間 真実の愛 の後始末
婚約解消の場で起きた不祥事、人の話に戸は立てられないと言うが戸なんてあってないようなものだ。
まだ肌寒い春先に起こった事件は事故になった。
婚約解消を申し出た側の公爵令嬢と従者の死は、病床に伏した後の病死とされた。
表立って発表するべきでない内容だった。
事件の経緯はこうだ。
国家転覆を目論んだ父親である男爵が禁忌に手を染め、自身の娘を改良した。
幼少期から青年期にかけて二度もある神殿の儀式を欺き、狡猾に、その能力を隠した。
やがて、何も知らずに育った男爵令嬢が精神干渉の能力を無意識に使用し、王子の側近候補の伯爵令息の少年を篭絡したのだ。
被害者でもあるアメシスト・チャロアイト伯爵令息は、稀代の魔法使いであったが精神干渉に対する耐性が低かった。
本来であれば、何の問題もないのだが男爵令嬢の言葉巧みな誘導により不信感や警戒といった感情を恋情と錯覚してしまったようだった。
本件の被害者、ジェダイト公爵令嬢も同様に精神干渉の能力を所持していたが、こちらは国により適切に管理されており、チャロアイト伯爵令息の抵抗力として期待されていたのだ。
とは言え、精神干渉の能力を持って生まれるものは非常に珍しい。
同じ時代にふたり生まれるなど、ほとんど類を見ない事柄だった。
ジェダイト公爵令嬢は正しく管理されていたこともあり、能力は自身で管理できる状態であった。
それに比べて、トリプレット男爵令嬢は常時、精神干渉の能力を発動している状態であり、特に言葉に精神干渉の能力を込めるのに優れていた。
本人の精神状態、特に肯定的な発言には強く効果が出る傾向にあったようだった。
それでも、国一番の魔法使いを冠するほどの才能を持った少年だ。
精神干渉を解くにあたって、様々な検証がされた際に一定の反抗心を打ち出していたのが認められた。
周囲に対して、決してダイヤに接近・言葉を交わさないように注意を促す行動が見受けられた。
一見すると、ダイヤの為になるような行動に見える。
だが、周囲の関係者によるとダイヤは特定の人間に関心を示し、干渉しようとしていたという。
更には、ダイヤはチャロアイト伯爵令息に邪魔しない旨の発言をしていたが、妨害するかのように愛を囁いていたと複数証言が寄せられた。
はっきりした拒絶の意を、チャロアイト伯爵令息は無視したとのことだった。
愛していないのかと縋り付く様は、さながら浮気を責め立てるが如きだったが、そのおかげもあってトリプレット男爵令嬢と交流を持つ人物はほとんど存在しなかった。
周囲の人間への関心を嫌がる、妨害行為をするというのは、トリプレット男爵令嬢の能力の高さからして、ありえないことであった。
トリプレット男爵令嬢は周囲、特に王子殿下と交流することを望んでいたが叶わずにいた。
それは、ひとえにチャロアイト伯爵令息のおかげであるだろう。
だが、だからといって伯爵令息の殺人の事実がなくなる訳ではない。
婚約解消の場で、ジェダイト公爵令嬢は精神干渉の能力を使用した。
チャロアイト伯爵令息の目が覚めるように、と。
瞬時にトリプレット男爵令嬢が打ち消したために効果はほとんどなかったが、ジェダイト公爵令嬢は国に管理された精神干渉の能力を持つ者だ。
神殿への応援を要請し、ジェダイト公爵令嬢の使用した能力の被害がないか確認した。
そうして、ジェダイト公爵令嬢を上回る能力をトリプレット男爵令嬢が所持しているのが発覚したのだ。
その場で、トリプレット男爵令嬢を拘束し、神殿管理の元、保護されることが決まった。
チャロアイト伯爵令息は能力を封じた上で神殿協力の元、調査に応じるように要請、投獄された。
周辺にいた関係者も神殿の検査を受け、解呪をした上で解放されることとなった。
そうして事件は、爆発事故と発表された。
事故による死傷者はなし。
数日遅れで、トリプレット男爵令嬢が精神干渉の能力所持者疑いで拘束されたと発表された。
関係者は、調査のため神殿へ招集され、その際にジェダイト公爵令嬢がショックにより倒れたとした。
実際の事件の顛末はこうだ。
トリプレット男爵令嬢の絶叫により響き渡った言霊により、その場にいた全員が錯乱状態に陥った。
本人たちの自供によると、チャロアイト伯爵令息はトリプレット男爵令嬢を自由にしてはいけないという考えが強く出たらしく、動けないようしがみつき、許しと愛を請うたと言う。
トリプレット男爵令嬢は、それに対し、ジェダイト公爵令嬢の従者が欲しい、ジェダイト公爵令嬢が邪魔だと言った旨の発言をしたらしい。これについては、令嬢本人は覚えがないとのことだ。
王子殿下、護衛騎士たちも口外できないような欲望に駆られ、身動きできなかったという。
チャロアイト伯爵令息は、トリプレット男爵令嬢の言霊にやがて反抗できなくなってしまい、ジェダイト公爵令嬢の従者へ殺意を定めたと言った。
婚約者であるジェダイト公爵令嬢を殺めたくはないという感情が強くあり、それに反して、従者に対して否定的な感情が強かったため、トリプレット男爵令嬢への恋情と上手く絡まり、従者を殺せばトリプレット男爵令嬢は今まで通り満足してくれる、と考えたらしい。
また、錯乱していたジェダイト公爵令嬢は従者と心中しようとしていたこともあり、従者の殺害は非常に都合よく見え、従者に向かって攻撃魔法を放ったと発言した。
鼓膜を破りかねないほどの爆発は一時的に精神干渉を受けていた対象たちの洗脳を解除した。
ただし、誤算だったのは、ジェダイト公爵令嬢の従者に対する愛情の深さだ。
ジェダイト公爵令嬢は瞬時にチャロアイト伯爵令息を挑発したのだ。
精神干渉の一種で、相手の注意を引き付ける程度のものだが、ジェダイト公爵令嬢はその巧みな技能により、攻撃魔法の矛先を自分に逸らしたのだ。
とはいえ、公爵令嬢が守った従者も依然錯乱していたのか自死してしまったが。
ジェダイト公爵令嬢と、その従者の死。
精神干渉の能力所持者が放置されていたなど気軽に発表できる内容ではない。
よもや、死者が出た後になど、尚更発表できるわけがない。
だが、人の話に戸は立てられないのだ。
噂は、どんな小さい隙間からでも流れ落ちる。
それが正しい形をしているかなんて関係ないのだ。
それが誰のためかなど、流したものだけが知っていればいいのだ。
「……本当に、馬鹿な子ね」
公爵令嬢と従者の心中は、悲恋の恋物語へ形を変えていく。
犯罪者となった男爵一家も、名誉も婚約者もその手で失った哀れな少年も形を変え、噂は流れる。
事件には緘口令がひかれた。
だが、噂話に罪はない。
誰が何のために噂話を流そうと事実と異なる物語を制する者はいない。
噂話の主人公たちが幸せになれるわけ、ないでしょう?
勧善懲悪、トリプレット男爵家は取り潰した上で一家は極刑に処される。
哀れな少年は、すべてを悲観したまま不幸せなまま大人になる。
婚約者も守れずに、その手で殺したのに幸せになれるはず、ないでしょう?
燃えるように赤い瞳は、その赤さを隠すようにぎゅっと強くまぶたを閉じた。




