19.その宝石は狂う
異様なスピードで、アメシストは攻略されていた。
「先輩…、ダイヤには近付くな」
ダイヤの傍では、ふわふわとした雰囲気で微笑む少年はアリシアに対しては威圧的だった。
少年らしい装いのまま、威嚇するようにアリシアを睨みつける。
「アメシスト様…、何度も申し上げましたが、わたくしは」
「言い訳はいい、本当に最低な女だな」
アリシアの言い分を聞くことなく、吐き捨てるようにアメシストは去るのだ。
婚約者とこれ以上険悪にならないよう努めるアリシアとアリシアを敵視しているアメシスト、会話を続けることは困難だと言っていいだろう。
アメシストの攻略は難しい。
そう、ダイヤの日記では書いてあったはずだった。
だが、異常なほどにアメシストはダイヤに傾倒していた。
学園でアメシストとダイヤの仲を知らないものはいないほどだった。
アリシアに虐げられた。
そう涙を儚げに流すダイヤと慰めるアメシストの図は、入学から半年も経たずに学園では見慣れた光景になってしまった。
婚約者に近付くな、から始まり、男爵令嬢の分際でと見下されたと幅広い罵倒を受けたようにダイヤは振舞った。
その言葉を疑いもせず信じるアメシストは、自身も泣きそうになりながら一生懸命慰めの言葉を掛けていた。
「泣かないで、先輩が泣くとお星様も全部流れちゃうよ」
「先輩のことは、僕が守るから…!だから、僕の傍では笑っていて」
「先輩が笑うと胸がポカポカするんだ。…先輩も魔法使いみたいだね」
同学年のはずのダイヤをアメシストは『先輩』と言い、慕った。
思い当たるイベントは、入学前の出会いイベントでの孤児院での交流だ。
―――自分の方が年上なのだから、敬いなさい。
年上に対して、心を開けないのか年下の子供ばかり可愛がり、大人を無視するアメシスト。力があるばかりに子ども扱いされたことがなかったのが彼の心のしこりだったのだ。
そんなアメシストの心の距離を、あえて無視する。
それだけのイベントのはずだった。
意識するようになった婚約者と同じ年の女性の存在。
入学する時に出会い、愛称の”先輩”が本当の先輩になってしまったね。
そうして、興味のない婚約者よりは、と2人だけの秘密のお茶会を開くのだ。
それが、本来のアメシストの入学イベントの筈だった。
ダイヤの動向は把握していたので知っているが、ダイヤは”イベント”をかなり前倒しでこなしているようだった。
アメシストの入学は本来、翌年だ。
本人が権力に物を言わせて、無理矢理入学したといえども、急遽決まった異例の入学であった。
それほどまでに、アメシストはダイヤに強く執着していた。
奥手で弱気な、少し夢見がちな方の筈だった。
だが、どうだろう。
明らかにアメシストはおかしくなっていた。
また本質的なところで言えば、アメシストはダイヤを真に守る気がないように思えた。
言葉での牽制はするものの、アメシストはダイヤが自分を頼ることに喜びを感じているようだった。
その実、ダイヤが他に興味を見せることを異常に嫌がるのだ
「先輩は、僕の事好きだよね」
人目を憚らず、ダイヤに問うて愛を請うのだ。
おかげで早々に噂は回った。
アメシスト・チャロアイト伯爵令息は婚約者を冷遇し、不貞を行っている。
アリシアはシトリン王子、ガーネットをはじめ、ガーネットの婚約者と仲良くさせてもらっている。
余程の失敗がなければ、王子殿下の御学友の立場ゆえに悪い噂が立つことはないだろう。
「ジェダイト嬢、そのようなことしないよ」
噂が立てば、王子殿下のシトリンが否定する。
「友人として言うが、令嬢は悪い人ではない」
問われれば、側近騎士であるガーネットが訂正する。
「令嬢は淑女のお手本のような人ですわ」
聞かれずとも、ガーネットの婚約者が誉めそやす。
そのような状況だからだろうか。
アメシストはアリシアに危害を加えようという動きを見せ始めたのだ。
脅しのつもりだったのかもしれないが、非常に好都合だった。
「学園の安全のためにも、ジェダイト嬢に警護をつけさせてもらう」
入学から1年経つ頃にはアメシストは完全に気が狂っていた。
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「聞きまして?学園のお話なのですけれど」
「ええ、存じておりますわ!今は入学しない方がいいとお父様に言われましたの」
「あら、わたくしもですわ」
「なんでも、王子殿下の側近たちが反旗ありとか…」
「わたくしが聞いたのと違いますわね?あのジェダイト嬢とダイヤ嬢の諍いがあまりに酷いと聞きましたわ」
「あら、どうなのかしら。わたくしはチャロアイト伯爵令息がある女生徒に恋焦がれて、魔法を制御できなくて学園が半壊したと聞きましたわ!」
「半壊は…さすがに嘘でしょう?」
「半壊まで行かずとも、建物に被害が出たとはわたくしも聞きましたわ」
「わたくし、もっとすごいこと知っておりますわよ」
「あら」
「まあ」
「聞きたいわ!」
「内緒ですわよ。わたくしから聞いたとは言わないでくださいね」
「もちろんですわ!」
「ええ」
「知りたいわ」
「…なんでも、チャロアイト伯爵令息が婚約者のジェダイト嬢を殺そうとしたらしいのよ」
「なんてことなの…」
「あら、でも、それってジェダイト嬢の従者を処罰しようとしたって話じゃなくて?」
「わたくしも似た話だと、ダイヤ嬢とジェダイト嬢の諍いの原因は、ジェダイト嬢の大切な宝石だと伺いましたわ」
「男女の諍いってことかしら?」
「でも、そうなるとチャロアイト伯爵令息はダイヤ嬢が好きで、ダイヤ嬢はジェダイト嬢の従者が好きだということなのかしら?」
「確かに」
「いいえ、チャロアイト伯爵令息とダイヤ嬢が愛し合っているのは間違いないらしいわ」
「?」
「問題なのは、ダイヤ嬢がジェダイト嬢に従者を譲るように強請ったってことなのよ」
「従者まで奪われそうになったってこと?」
「あまりに欲張りね」
「でも、それだと令息も良く思わないわよね?」
「そうなのよ。令息は激怒したものの、愛した人の願いは叶えたかったみたいなのよ。だから、従者を譲らない婚約者に激怒したみたい!」
「あら、じゃあ、あの話は嘘なのかしら?ジェダイト嬢とその従者が無理心中しようとした話」
「わたくしも聞いたことありますわ」
「わたくしは初耳だわ、どんな話ですの?」
「奪われるくらいなら、とジェダイト嬢が従者を殺めてしまうのよ」




