18.黄金の宝石
4度目の回帰では、慎重に、婚約解消を円満に執り行うことに決めた。
幸福とは何だろうか。
お嬢様にとっての幸福とは、宝石の名を冠すること、家族から愛されることだ。
だが、それを実現するには巻き戻る時間が短すぎる。
幸福、婚約して結婚したところで、ダイヤがそれを許すだろか。
それは否。
では、ダイヤを殺せば、それが叶うだろうか。
それも否、だ。
人を殺すには、多大なリスクを伴う。
それが自分ともなれば、お嬢様の汚点になることは間違いない。
では、どうするべきなのか。
ダイヤの立ち回りを制しながら、婚約解消にまで持っていき、婚約者にダイヤを監督させる。
ダイヤは、いるだけで害悪だ。
精神干渉を広く知らせることも考えたが、お嬢様まで被害が及ぶに違いない。
ダイヤに違和感を感じさせないように精神干渉を抑えつつ、立ち回るならば…。
入学前の春先、ヘリオドールは平民らしい姿で城下町へ出かける。
裏道に入り、道端で転がる酔っ払いの足を何気なくつまづいた風を装って蹴りつける。
「…いってぇーな、おい!てめえ、止まれ!!」
「わ、すみません!」
身体を縮こまらせながら、謝りの言葉を掛ける。
当然、理性に欠けた酔っ払いに通じるはずはない。
「わざとだろう!慰謝料払えや!!」
胸ぐらを掴もうとする手を叩き落とし、すみませんと謝りながら駆け出す。
「待て!この、クソガキがあ!」
そして、裏道から逃げるように駆け出すのだ。
目の前にいた赤い瞳の騎士に隠れるように飛びつく。
「助けてください!騎士様」
平民とはいえ、まだ年若い少年の保護を願う声に耳を傾けないほど、彼は狭量ではない。
暴れる酔っ払いは、哀れに連行され、その言葉に耳を傾けるものはいない。
「ありがとうございます。騎士様」
ヘリオドールは、ガーネットに対して涙ぐみながら微笑んだ。
そうして、学園で出会うのだ。
アリシア・ジェダイト公爵令嬢の従者として。
2度目の出会いは、入学式だ。
「あれ、君は…」
シトリン王子に付き従っていたガーネットが不意に声を上げた。
「!、 …騎士、様?」
先日の平民服とは違い、燕尾服に身を包んだヘリオドールにガーネットは驚きを隠そうとはしなかった。
横には悪名高いアリシア・ジェダイト公爵令嬢もいるのだ。
「やあ、ジェダイト嬢」
「御前に失礼致します。王子殿下」
ひとまず、と言った体でお互いの主人が挨拶を交わし合う。
先日の出来事を事前に話していたのか、挨拶はスムーズに進んだ。
「ガーネット・カーネリアン様、この度はわたくしの従者をお救いいただいたこと、誠に感謝致します」
「いや、騎士として当然の務めです。ジェダイト嬢、顔をお上げください」
「いいえ、この子はわたくしの大切な宝石なのです。本当になんと御礼を申し上げたら良いものか…」
あまりの丁寧な対応にガーネットはぽかんとする。
貴族として致命的な振る舞いだと思いながら、やりとりを見守った。
出会いはまずまずだ。
やがて、そう遠くないところでダイヤと婚約者の出会いイベントが始まる。
「あ、せんぱ~い!!!」
アリシアの横をするりと抜け、アメシストは優しい眼差しで嬉し気にダイヤに駆け寄る。
紫がかった黒の髪に神秘的な紫色の輝きを放つアメシストの瞳を持つ少年、アメシスト・チャロアイト伯爵令息だ。
「アメシストくん…?えっ、ここに入学したの???えー!うれしい!!!」
「うん、これからよろしくね!ダイヤ、せんぱい?」
婚約者に目もくれず、喜び合うふたりにアリシアは小さく嘆息した。
「…令嬢、大丈夫かい?」
「ありがとうございます、殿下。彼が入学するとは聞いておりませんでしたので、少々驚きましたが慣れておりますので」
少し毒づいてしまったのが、気まずいのかアリシアは視線を斜め下へと落とし、曖昧に笑った。
「彼は、まだ入学まで4年ほどあったはずだからね。かと言えども、婚約者に伏せておいたというのは頂けないな。一緒にいる令嬢は…、ダイヤ・トリプレット男爵令嬢かな?」
「…そのようですわね」
そのまま、アメシストはアリシアに気付くこともなく、ダイヤと共に学園の中へ消えてしまった。
「お茶会の、用意も不要そうですわね」
学園の入学式と言えば、最初に行うのは婚約者とのお茶会だというのが慣例になっている。
それは、婚約者に対しての礼儀であり、行わないというのは非常に失礼な行いであることなのだ。
「…ジェダイト嬢、良かったら私と一緒にお茶でもどうだね」
見かねた心優しい王子殿下の言葉にアリシアは眉尻を下げて、ありがとうございます、と小さく頭を下げた。
「ガーネット、君も婚約者の元へ行くといい」
「ありがとうございます。良ければ、私たちもご一緒させていただけないでしょうか」
いくら婚約者がいないと言えども、婚約者でない男女が2人きりになることを見過ごせなかったのだろう。ガーネットは、自身の侍従に先触れを伝えに行かせた。
「ふむ、ジェダイト嬢、構わないかい?」
「お心遣いありがとうございます」
そうして、楽しくお茶会を終えるだけでいい。
ヘリオドールは計画通り進むのを表情には出さないまま、楽しげにその様を眺めていた。




