17."宝石の少女”と『ダイヤ』
「ここは神殿です。神に祈りましょう」
神官は当然のように言い、ここから出たいという私の願いを叶えてくれなかった。
2度も夫に捨てられた。
ダイヤは諦めに近い絶望的な気持ちでいた。
どうして攻略中は問題ないのに、結婚すると駄目になってしまうのだろうか?
ダイヤは、そんな気持ちでいっぱいだった。
確かな美貌があるのに上手くいかない。
人間失格の張り紙を貼られたような気分になる。
さて、では物語の中のダイヤ・トリプレット男爵令嬢とはどんな人物だろうか?
ダイヤは自分が本物であると信じているが、ハッピーエンドを迎えた少女は彼女ではない。
艶やかなピンクブロンドに、特別なダイヤの瞳を持つ少女、
それは恐ろしいほどに自己肯定感の低い少女だった。
口癖は「ごめんなさい」
美しい姿の反面、幼い頃から少女は両親に蔑ろにされ、放置してきた。
それ故に非常にアリシア同様に愛に飢えた少女だった。
手を煩わせれば叱責される。
面倒だと思わせたら、閉じ込められる。
失敗すれば、暴力に晒される。
そんな日常を過ごすうちに少女は臆病に育った。
気が小さく、相手の顔色を窺ってしまう。
それがもじもじしていて鬱陶しいと両親には嫌がられた。
使用人も両親にならって、ダイヤを相手にしなかった。
何故なら、世間的にもダイヤのような気弱な少女は好かれることがないからだ。
では、今のダイヤはどうだろうか?
相手の反応など関係ない。自分の思い通りに動かそうと確固たる意志、なにより容姿を活かして玉の輿を狙う気概、野望を持つトリプレット男爵夫妻と非常に相性が良かった。
立派に成長した。
そう思われ、扱われた結果、ダイヤは正しく『ダイヤ』のことを理解できなかったのだ。
本物のダイヤは、そうではなかったから。
学園での振る舞いこそ同じだが、根底は大きく異なった。
気付かないで洗脳能力を持っていたとしても、その実『ダイヤ』がその能力を使うことはほとんどなかったのだ。
ダイヤの洗脳能力は、強い望みから叶う。
欲望のままに言の葉に欲望をのせるダイヤと未来に期待せず、相手の望むままに振舞う『ダイヤ』、両者は似ても似つかない存在になってしまった。
どんなに愛を囁かれようが、本物の『ダイヤ』は愛を信じていなかった。
そもそも、上の立場の令息たちだ。
気の小さな『ダイヤ』が拒絶できるはずもなかった。
「きみは素晴らしい女性だ」
そんな言葉を遮ることなどできようか?
そんなことない、素敵で素晴らしい婚約者様もいるのだから近付かないでほしい。放っておいてほしい。
だが、拒絶の言葉を吐いて嫌われたらどうしよう。
いつだって、怖かった。
高位貴族の彼らに嫌われたら、令嬢たちの間でも立場がないのに、更に立場がなくなってしまう。
親は彼らに好かれることを望んでいるのに。
最初は運命的な出会いにときめいた。
けれど、婚約者の存在など教えてもらっていなかったのだ。
後出しで聞かされた時には、悪い噂が回りきっていて令嬢たちからはすでに良く思われていなかった。
世間では、強く言い返すことが美徳とされる。
けれども、『ダイヤ』にはその強さも気概もなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい…知らなかったんです。ごめんなさい」
『ダイヤ』は、徐々に追い詰められていく。
けれども、その時には令息たちからの庇護がなければ生きていけなかった。
本物の『ダイヤ』が、唯一願ったのは“幸せになりたい”ということだった。
そして、その代償に一生を罪の意識に苛まれたのだ。
神に懺悔しながら、夫と子を慈しみ、質素に暮らした。
そんな彼女と罪を共有した共犯者は、彼女と同じように余生を過ごした。
多くは望まなかった。
自分の能力を知ることもなく、活かすこともなかった。
心が折れそうなほどに繊細な精神の持ち主だった。
「ごめんなさい、ごめんなさい…」
「ごめんなさい?言うわけないでしょう?私がヒロインなのよ」
神官の勧める神への懺悔にダイヤは不遜に答えた。
「そもそも、なにも悪いことしてないわ!両親が勝手にやったことよ?誰に何を謝るって言うのよ!」
大体、アウィンが勝手にやったことなのに、どうして神殿に閉じ込められなきゃいけないのよ。意味が分からない。シトリン王子だって、ある程度攻略しといたはずなのに助けてくれないし。
途端にダイヤの不満は爆発する。
今まであんなに自由にさせてくれたのに、急に洗脳だなんだって、いったいどういうつもりなの?
大体、ガーネットもそうだけど、どう考えても悪いのは夫側の方じゃない!
ガーネットのせいで死んだ2回目。
急に目が覚めたとか言い出して死んだアウィンのせいで閉じ込められることになった3回目。
可哀想なのはわたしよ。
「まあいいわ、いずれはベニトアイトが迎えに来てくれるでしょう」
いくらなんでも、幼い息子はまだ母が恋しいはずだ。
すぐに迎えに来れないとしても一生ではない。
苛立ちが積もるまま、死ぬ勇気もないダイヤは余生を神殿で過ごすことになった。
魅了の効かない不自由さを味わいながら、息子がいつかは迎えに来ることを信じて。
ただ、彼女が神殿から生きて出ることはなかった。




