16.悪役令嬢が死んだ世界で
マイルドですが、暴行表現があります。
ご注意ください。
あの日から、人生の輝きを失った。
それについて、言い訳をする気もないし、思い出したくもなかった。
激しい痛みとぬかるんだ地面に転がる自身の身体、視界には横転した馬車と言葉にはできない地獄が存在した。
暴かれることがあってはならないはずの四肢は抵抗することもできずに投げ出され、神経など通っていない人形のようにぴくりともしていなかった。薄汚い無骨な男が、少女を蹂躙する。
白く透き通った肌には激しい抵抗の跡が残り、離れたところに守り刀が落ちていた。
ゲラゲラと響く下賤な男どもの笑い声が、激しい耳鳴りと共に頭に入り込む。雑音に乱された脳が、考えることを放棄している。必死になにかを考えなければならないのに、脳が理解を拒む。
不意に蜂蜜色の髪の隙間から涙に溶けそうな瞳がこちらを捉えていることに気付く。
「…ころして」
小さくつぶやかれた、その言葉は男たちの耳に入ることはなかった。
「わたくしを、ころして」
ただ、その願いは愛した宝石の耳にだけ、残酷に響いた。
その瞬間、どこにそんな力があったのだろうか。
公爵から最初で最後の贈り物である守り刀を掴み、驚く男たちに目もくれず、大きく振り上げた刃を、その細い首に突き立てた。赤い血が勢いよく吹き出す。
気が付けば、事はすべて終わっていた。
下賤な男たちは騎士に捕縛され、アリシアお嬢様には布に包まれて赤い瞳の騎士に抱えられていた。
「俺たちは、なにも命まで取るつもりはなかった」
「そうだ、アイツが殺したんだ!」
「襲っただけだ。人殺しなんかするもんか!!」
口々に言い訳をする彼らを横目に、騎士が真実か問う。
布から、四肢がだらりとこぼれる。
「…それが、アリシアお嬢様の…、望みだったので」
今更、戻れるものか。
純潔を散らした令嬢を花嫁にできるはずもないのに。
泣き出しそうな瞳がこちらを見つめる騎士を責める気は、殊更なかった。
楽になどさせるものか。一生、後悔すればいい。暗澹たる思いのまま、ただ騎士を見つめていた。
「…どうして」
どうして?お前が言うのか。修道院へ行くような事態にならなければ、お前がダイヤに惹かれたりしなければ、こんなことにはならなかっただろうに。
噂は時間と共に歪む生き物だ。
噂を鵜呑みにして、婚約者の言い分を聞かなったクセに。
やがて、都合のいい噂は『悪役令嬢の最期』として更に歪められて広がる。
より、都合のいい方へ都合のいい方へ姿を変え、死を願った少女は、それでも生を望んだのに殺された者に姿を変えた。
公爵家は捜査に関わることもしなかった。
故に処罰もされず、生き残ってしまった少年は逃げることも叶わずに男爵家、そして侯爵家へと憎い令嬢と共に連れていかれた。
悪役令嬢を殺した英雄と祀り上げられたまま。
「さあ、今まで辛かったわね。もう大丈夫よ」
抱き締めようとするダイヤに、咄嗟に後ずさりをする。
おぞましさに身がすくめば、ダイヤは自分の都合のいい方へ解釈してくれた。
「まあ。女性が怖いのね…。可哀想に、もうそんな心配はいらないわ。安心して!」
ダイヤは異様なほどに自分を可愛がろうとした。
「ヘリオドール」
期待した瞳でこちらを見つめては、成長しないことを嘆いた。
長期休み明けには必ず成長の報告をさせられた。挙句の果てに、信用していると言葉で嘯きながら、ダイヤは抜かりなく、友人だと言う魔法使いにお願いしてヘリオドールに魔法をかけた。
ダイヤに危害を加えないように、逆らわないように、と。
やがて、学園卒業後に追われるように結婚式を挙げ、追われるように王都から離れた。
表面上、ダイヤに対して何も思っていないように振舞った。従順な使用人として勤め、噂通りの人間に見えるようにさえした。
結婚式を挙げ、何年か経つ頃には子供にしか見えないヘリオドールに興味を失ったのか、ダイヤは普通の使用人として少年を扱うようになった。それもそうだろう、身体的成長はほとんどせず、年を重ねているのかすら怪しかった。それを気味悪がられたりもしたが、ダイヤが諫めるものだから、問題に発展することはなかった。
それでも、ダイヤに、侯爵夫妻に復讐するのは、そう難しくなかった。
ダイヤは自身の欲求に非常に弱く、欲しいものを目の前に置かれると我慢ができなかった。
また、相手を魅了して都合のいいように進めるのが何故だか上手かったために、余計に我慢ができないようだった。
商人として、ダイヤの魅力になびかない人間を探すのは難しかったが、ダイヤが関わる商人はすぐに商売が傾いていたために、出入りの商人を変えるのは簡単だった。
ダイヤ好みの商品を並べさせ、ダイヤの誘惑にのったように見せかけ、商品を購入させる。
そうして、侯爵家を破産させ、没落させられたら満足だった。
あの日記を見るまでは。
どうか、ふたたび会えますように。
希いながら、形見の守り刀を己に突き立てた。
今度はもっと、上手く立ち回れるよう望みながら。




