幕間 悪魔は順応する
ダイヤは震えていた。
無理矢理飲まされた毒は、静かに少女の喉を、身体の中を灼いた。それは、破格の温情ではあったが、ダイヤはそう思わなかった。ただ、怖かったのだ。
選ばれた人間なのに、ヒロインなのに、何故こんな目に遭わなければならないのか。
そんな自分勝手なダイヤの言葉に、大人たちは顔を顰めながら首を振るだけだった。
何故誰も助けてはくれないのか。自分の容姿も能力も、自分が望んでしたことではない。そう叫び続けるだけで、同じ想いをしたであろうアリシアへの懺悔の言葉を欠片も口にしないダイヤに同情する者は当然いなかった。それどころか、同じ斬首刑に処すべきだという意見すらあった。
それほど、己しか顧みない少女だった。
そう、愚かで哀れな子供だった。
世界の主人公であると信じていた少女は、絶望のまま幕を下ろした。
「どうして、また戻ったの?なんで?また、あんな思いしなきゃいけないの?そんなの嫌だよぅ…」
物語の始まる1年前の世界でダイヤは布団にくるまり、うずくまった。
ただ、恐怖に慄いたのは最初だけだった。
夢の中に現実逃避し続けた結果、それは悪夢にしか過ぎないと反省することもなく結論を出した。誰が悪いのかと言えば、そもそも両親だ。全部、自分のせいではない。そうした責任転嫁をしていく内に、やがては悪役令嬢であるアリシアのせいだと思い至った。
ゲームの中にないアイテムを作り出すなんて、最低。
自分が世界の中心じゃないから、ヒロインの邪魔をした。
静かに死ねばよかったのに。
「…でも」
前回は、やりすぎたのかもしれない。もしくは、隠れフラグがあったのか。
「逆ハーエンドって、やっぱり現実的ではないというか、王妃様ってキャラじゃなかったのかもだし…、イベントと関係ないって思って妃教育?っていうのも、あんまり真面目にやってなかったような気がするし」
というか、王妃様の攻略も必要だったのかもしれない。考えれば考えるほど、前回の攻略難易度が高すぎた気がしてきた。
自分の容姿についても、無料で整形を受けていたと思えば何も問題がなかった。
そもそも、2周目がある時点でやっぱり世界の中心は自分だ。
やり直したいと何度思ったことか、それが神様に通じたのだ。
『次は上手くやりなさい』
きっと神様もそういってくれていることだろう。
「…そうなると、シトリン様はだめね。嫁姑問題が大変だわ。そもそも、チートで賄える範囲で上手くやりたいもの。王妃様って、よくよく考えたら大変そうだし、キャラじゃないわ」
そう、わたしは愛されてこそ輝くのだ。
みんなから愛されて可愛がられて大事にされるべき存在だ。
「アメシスト様もアウィン様も捨てがたいけど、やっぱり守ってくれる人が一番よね!」
悪役令嬢の婚約者、ガーネットを見つめながら少女は笑みを深めた。
タイミングを見計らって、薄暗い道へ歩を進める。
そして、裏道から逃げるように駆け出すのだ。
「……たすけてっ!騎士様」
震えながらガーネットの腕の中に滑り込む。
乱れたピンクブロンドから覗く潤んだ銀の瞳、蒸気した薔薇色の頬と唇。
保護を願う可憐な少女を無下にする騎士はいない。
庇護欲を煽りながらも、芯の強さと自身の考えを持つことがガーネット・カーネリアンを攻略する鍵だ。イベントを無難にこなしながら、ダイヤは瞳を潤ませたまま花がほころぶように笑った。
「ありがとうございます。騎士様」
絶対に今度は失敗しないわ。