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13.興味と狂気



思惑通り、ガーネットはアリシアの発言を肯定した。

そのことに深い安堵を覚える。


あのような衆目の中でなら肯定せざるを得ないだろうと思っていた。

そもそも、“仮初の婚約者”の贈り物自体、送る側の恥でもある。婚約者の選定において当主の能力が足りていなかったという宣言になりかねないのだ。


婚約は家と家を繋ぐ大事な契約だ。

相手方に過不足はないか、釣り合っているか、偽りはないかなどお互い精査し確約する必要がある。例え、後から不利益を被ろうとも見る目がなかった無能と蔑まれるだけだ。自身の恥の上塗りをするほど愚かなものはない。


わざわざ、アリシアを貶めるような悪意はなかったにしても、返答次第によっては悲惨なことになっただろう。



「……元気だったか?」

向き合ったガーネットは静かに口を開いた。

思えば、いつぶりだろうか。真面目なこの婚約者は学園に入る前から騎士団に入り浸っているらしく、鍛錬に励んでいると聞く。


宝石と同じような色をした赤髪もこころなしか日に焼けているように見える。

表情は固く、にこりとも笑いはしない。


「ええ、カーネリアン様はいかがでしたか?」

「特に問題なかった」

目線すら合わない婚約者に贈り物のお礼を伝え、無難な会話を紡いでいく。

それでも、アリシアは確かに幸せだった。




✂---------------------------


無事滞りなく終えた後、自室でアリシアを迎えたのは叔母のクロムであった。


「まあ、アリシア!誕生日おめでとう」

自分よりも格段に濃く、そして透き通った緑の瞳がやんわりと細まる。

淡いターコイズのドレスに慎ましくもしっかりと存在を主張する宝飾、楚々とした佇まいの叔母は本当に母を彷彿させる。まるで絵画の中の雰囲気そのままで、抜け出してきたといっても信じてしまいそうなほどだった。


「クロム叔母様、ありがとうございます」

恭しく礼をすれば、クロムは満足そうに微笑みアリシアを褒めた。

立派な淑女になりなさい、と言うのが叔母の口癖だった。


ただ、叔母は苛烈なひとだった。


「でもね、かわいいアリシア」

足元に倒れ込んでいるヘリオドールを蹴り飛ばして、叔母は優しく微笑む。



「完璧な貴女の使用人も完璧でないと駄目じゃない、捨ててしまいなさいな」

わたくしを優しく抱き締めて、真綿で首を締めるように殊更優しく囁く。


「かわいいアリシア、可哀想なアリシア」

静かに見渡せば、切り裂かれた寝具、ぐちゃぐちゃにされた洋服、デスクから落ちたお気に入りの文具たちが目に映る。叔母は、苛烈なひとだ。でも、わたくしを愛してくれている。


「わたくしのために、ありがとうございます。クロム叔母様」

何てことない顔をして、叔母様にお礼を伝える。大切にすれば、壊される。


壊されたものの中に叔母様がくれたガラス筆が混じっていることを見て、そっと安堵する。

きちんと大切に箱の中にしまっていたのを見つけてくれたのだろう。


「もちろんよ、かわいいアリシア。さあ、今日も()()しましょうね」

叔母様が取り出す鞭を見ながら、ヘリオドールを手放さないで済む算段をつけ始める。今回は、どれくらい掛かるだろうか。しばらく外出する予定もないから、きっと長引くのだろう。


「ありがとうございます」

お礼を伝えながら、そっとドレスの裾を上げた。


大切にすれば、奪われる。

その思考回路が、すでにおかしいことに気が付かないまま、アリシアは()()()()()()()()()()()()()



✂---------------------------



パライバ・ジェダイド侯爵夫人


元トルマリン侯爵家の長女であり、美しい青の瞳を持った女性

誰からも求められ、当時の『至高の青』と謳われた人物


トルマリン系、特に純血を守るトルマリン侯爵家は、他家の瞳色を反映しやすい。


血の色幅が広い事もあり、自家の瞳色を強く残したい多くの貴族に求められ、その逆に染まりやすさから王族からは嫌厭される血族である。


同系色に近い瞳色ほど、美しい反映が望める。

だからこそ、多くの青系貴族から望まれていた。


それにも関わらず、周囲の反対を押し切って当時のジェダイド侯爵子息と大恋愛の末、結ばれた。



「……アリシアお嬢様は、お母君に本当によく似ていらっしゃいます」


幼少期、神秘的な黒の瞳は懐かしそうに目を細めながらよくそう呟いていた。

母の侍女で私の乳母、彼女はよく私を慰めてくれていた。優しく頭をなでて抱き締めてくれる彼女が大好きだった。


「本当に?でも、オニキス…、クロムおば様は、ちっとも似てないって言うのよ」

顔立ちがしっかりしているから、姉と違って豪華な作りが良く似合うと派手な服を着せたがるのだ。自分が好きなのは優しいお日様の色で、シンプルなのが動きやすくていいのにと頬を膨らます。



「おかあさまは…”優しい顔立ちで美しい瞳をしていたから、清楚な装いが良く似合っていた“って」


誰も彼もが無視する中で、母の妹であるクロムの気遣いは大変有り難かった。

彼女がいなければ、日用品ですら買ってもらうことは難しかっただろう。何より、家族と違って「愛している」と抱き締めてくれるのだ。嫌う方が難しかった。


それでも、母の顔を知らないアリシアにとっては傷付くに十分な一言であった。


「あらあら、お嬢様、このオニキスが信じられませんか?」

「そうじゃないけど…でも」

御伽噺のような父と母の話、自分を愛している母と優しい父の話、オニキスの事は好きだったが、上手くいかない家族との関係とは、あまりにもかけ離れていて信じることができなかった。


婚約者が決まったことで、この乳母とも離れなくてはいけない。


例え、嘘だとしても夢を見させてくれる優しい乳母が居なくなり、ひとりになる。



叔母は優しいが甘えさせてはくれない。

他の使用人たちもそうだ。

見えない線が引かれているのが分かる。


不安から無意識に首にかけた“時の宝石”を握る。


自分に許されたたった一つの宝石であり、母の形見だ。



「お嬢様」

何の色も映さない黒が瞳を覗き込んでくる。


迷いも揺らぎもなく、ただオニキスは静かに断言した。



「大丈夫ですよ。確かにお母君はお嬢様を愛していらっしゃいましたから」


この言葉だけは信じてください。

オニキスはそう言って、私をそっと抱き締める。



「…………うん」




”公爵令嬢として恥じぬ行いをしなさい”

そう言うだけで私を一切見なかった父、私は彼の瞳色すら知らずに育った。

美しい深緑に時折のぞくミステリアスな暗い赤紫、アレキサンドライトの輝きに魅了される者は後を絶たない。


誰もが讃える父の瞳に、名もない黄緑の瞳

見たことも無い両親の瞳と比較され、貶されてきた面白みのない眼だ。


兄は両親の瞳色をきちんと引き継ぎ、美しい瞳をしていた。

濃度の変わる薄い青緑に時折入り込む赤紫、両親と同じ稀少な瞳が羨ましかった。

当然、喪に服した兄がアリシアに優しくすることはなかった。



「アリシアを愛しているから、こうするのよ」

容赦のない鞭の痛みに耐えながら、答えるようにお礼を言う。


今日の返しは今一つだった。もっと強く言わねば、アリシアが舐められるのよ。つまり、公爵家の顔に泥を塗ってしまうの。賢いアリシアなら分かるでしょう?アリシアは、もっと強くならなければ駄目よ。安物ばかり使うのも駄目よ。いつも言っているでしょう?良いものをたくさん使いなさい。貴女は公爵令嬢なのだから、愛用するものひとつでも気を使わなきゃ!その点、今日のドレスは良かったわ。


痛い。

ふくらはぎの皮膚が剥けて肉が抉れているのではないかと思うほど、容赦のない鞭が続く。


「あぁ、かわいいアリシア!心が痛いわ…。でも貴女を愛しているから我慢しているのよ」

立つこともままならない状態になって、ようやく解放される。


「可哀想なアリシア、愛しているわ」

優しく抱き締め、可哀想と繰り返しながらも撫でてくれる叔母様が好きだった。


「わたくしも、クロム叔母様を愛してますわ。」

クロム叔母様は苛烈だけど、愛情深いひとだ。

ガラス筆が一番大切だったことと理由を添えて、許しを請おう。


そうして、ヘリオドールのことは、しつけ中だったと伝えて感謝しよう。育成して売る予定だと、きっと叔母様は納得しないから、他家へのスパイ予定で育成していることにでもしよう。


うまく説得できなければ、孤児院に戻す予定くらい伝えようかしら?



叔母様が帰られた後で、ヘリオドールの治療もしないといけない。

怖かったろうから、慰めてあげないと。



早く、ヘリオドールを助けないと…。


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