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11.祝われない存在



わたくしの誕生を本当の意味で祝う者などいない。


赤い宝石を見下ろしながら、自嘲気味に想う。

宝石の意味合いは置いておいても、一流品なのだろう。

派手な造りと配色、金額だけ見れば大層な立派な贈り物には違いない。


「……なんて美しいのかしら」

つややかなカーネリアンに、上質なパイロープガーネットの深紅の輝きが心を落ち着かせる。

本当は、この宝飾に合わせてドレスを用意すべきなのに、と申し訳なく思う。


最も尊い血を失くしてまで生まれたのが価値のない、宝石ですらないただの石。


そう思い浮かんでしまえば、殊更罪悪感が募った。

どんなに上等なものを身につけてもわたくしの罪は消えはしない。


毎年の事だが、生誕祭が近付くといやでも気持ちが落ち込む。

わたくしが生まれなければよかったのに、とふとした瞬間に考えてしまうのだ。


黒の衣服に軽蔑の眼差しが何度もよぎる。

何年経とうと変わらずに、ずっと同じように、決して祝われる事がないと決まっている。


家族の悲しみは深い。

わたくしの生誕祭に未だに喪に服すほど。


いつかは許されるのでは、今年こそはわたくしの生誕を祝ってくれるのではないかと浅ましくも期待しては、裏切られる。許されるはずなどありはしないのに。



「わたくしだけの宝石…」

わたくしの緑の宝石が欲しい。

家族に認められたい。宝石の名前が欲しい。


声にしたところで虚しさだけが募る。母を死なせ、忌まわしい能力と共に生まれてきた。その罪ゆえに宝石の名は与えられなかったのだと、叔母様は仰っていた。


強く望んだ所で意味などないのに未練がましくも考えてしまう。

もしも、わたくしに宝石の名がつくなら どんな名前だろうか。

どんなに嬉しいことだろうか。


橙色の色味が無いからスフェーンではない。

ツァボライトだと少し色味に差が出てしまう。

プレーナイトもわたくしの瞳と比べると淡すぎるから違うでしょうね。



「…ペリドット」

金色を帯びた鮮やかな黄緑色、夜のエメラルドと謳われる太陽の石。

選ぶなら、この宝石だろうとアリシアは思う。

自身が選べるのなら、けれども結局はそれでは意味がなかった。


与えられ、家族に、誰かに肯定し、保証してもらえなければ意味がないのだ。

そう、本物でなければ、意味などない。



燃えるような血赤色が目に映る。

身に付けることが許されるのは婚約者からの宝石だけだった。

赤色ばかりの宝石箱、宝石の名に固執しなければ満足できただろう。


それでも願ってやまないのは、“わたくしの宝石”だった。


胸元に隠し持った形見の宝石に無意識に手を伸ばす。

宝石は、大切にしなければならない。


あの金色の美しい”ヘリオドール”の瞳を思い出す。

小さな身体で懸命に自分だけを求めてくれる彼のことを守ってやらねばならない。


わたくしの宝石は彼だけだから。



まだ幼いアリシアにとって、婚約者に対して持つ感情はあまりにも複雑だった。

名と宝石に対する羨望と憧憬、贈られた宝石への依存心、婚約者への関心と引け目、言葉にするにはおぞましい程のほの暗い感情が入り混じり、溢れていた。


正しい感情だけ表現しなければならないという強迫観念から表に出ることはなく、表面上では婚約者に対して無関心を装っていた。


執着は悪であり、取り上げられてしまうかもしれないという恐怖もあったのかもしれない。

事実、幼少期の“大切な宝石”だった乳母のオニキスとは5歳の頃に離別し、愛着を持ったものほど持つのには相応しくないと取り上げられた。


愛情を請えば、突き放される経験からもアリシアの中に歪んだ執着を育ませていた。

見つからないように隠すほど酷いことになる。ならば、いつ失ってもいいように振る舞った方がいい。


事実、ヘリオドールもいつ失ってもおかしくはない状況だった。

この上、婚約者まで失うようなことがあれば生きてはいけないだろう。


比喩ではなく、事実だった。実際、今の婚約者が無ければアリシアには悲惨な未来しかなく、今のような立場も保てず、社交界での居場所も失うだろう。


宝石の名はある種の証明書だった。

名乗るだけで大体の情報が分かるようになっている。

高位貴族であるか、同系色以外の婚姻の有無、派閥、


男らしくないからと、簡単にガーネットを遠ざける彼が羨ましかった。


殿方は案外それでもいいのかもしれない。

身に付ける宝飾は女性に比べて各段に少なく、派手な装飾よりも素朴で品があるものが好まれているが故に身にさえ付けていれば話題に上がることもなく、さりげないお洒落が流行していた。


美しく着飾る貴婦人の中に入るときの心細さは途方もなく、とてつもない恐怖だった。


みんなが持っていて、わたくしには何もない。


自分と同じ宝石を持つ令嬢たちが心底羨ましく、当然のように祝われているのがひどく妬ましかった。

与えられずとも、望んではいけない。そう言い聞かせても、気持ちはどうしようもない。


大人たちから漏れ聞こえる嘲笑と憐憫の声

遠くで笑う家族の団らんが寂しさと虚しさを加速させる。


ひとりで立たねばならないと理解し、強くあろうとする。

誰かを打ち負かしたとして、何も得るものなどないと言うのに。





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