幕間 ある令嬢の処刑後 Ⅲ
シトリン様に転ばされた。
冷たい床に座り込みながら、考える。
こちらを見下ろしているシトリン様の顔、いつでも甘く微笑んでくれていたのに今はまるで悪役令嬢を断罪した時のスチルみたいな冷たい顔をしている。
一瞬、なにかのバグかと思った。
親愛度200%超えの僕の大切な宝石のイベントも終えて、私は逆ハーエンドを迎えていた。
スペシャルハッピーエンドの筈なのに、なかなか結婚イベントまで辿り着けない。
ようやく、イベントが解禁されたと思えば、王妃様のお説教だ。
うんざりとしつつも、シトリン様の情熱的な愛の告白に胸を打たれる。
こんなイベントなら全員分周回して聞きたいくらいだ。
けれども、異変が起こった。
愚か者だなんて、そんなことないわと混乱したまま慰めの言葉を掛けてもシトリン様は何の反応も示さなかった。ちょっと、躓いただけで心配してくれていたのにどうして?
離れたところにいる皆に助けてもらおうと視線をやれば、やはりシトリン様と同じように冷たい顔をしている。どう考えても、おかしい。さっきまでの甘い雰囲気はどこにいったわけなの?
身に付けている宝石に目をやる。
シトリン様の指輪
ガーネット様のイヤリング
アウィン様の髪飾り
アメシスト様のネックレス
どれも攻略後に贈られる宝石たちだ。
間違いなく、全員攻略済みで間違ってもこんな扱い受ける筈がない。
なのに、誰も助けに来てくれないのはなんでなんだろう。
「…どうしたの、みんな……なんで、そんな目で見るの?」
自然と声が震えてしまう。ずっと、チヤホヤされていたせいか、思いの外衝撃を受けたらしい。
演技ではなく、本気で目が潤んできた。
スペシャルハッピーエンドがバッドエンドにひっくり返ることなんてないよね。
ゲームだと、卒業式から結婚式の用意であっという間に半年経ったみたいな文章しかなく、その間のストーリーは存在していない。
もしかして、その間にバッドエンドフラグでも踏んでしまったとか?
全てが順調だった。幸せな未来しか考えてなかった。
「…シトリンさま?その、足が痛くて立てないんです。」
手を貸してくれませんかと声を掛けても、誰も反応しなかった。
無言で睨みつけるような空気に耐えきれず、唇を噛みしめながらよろよろと立ち上がる。
あまりの反応のなさにフリーズしているのかと思ったが、シトリン様の目線は立ち上がった自分に合わせて、しっかりと上がっていた。フリーズしている訳ではないと分かり、さらに不安感が募った。
ストーリーにない場面だから、どう動けばいいのか分からない。
異様な雰囲気に息を飲む。
逃げるべきなのか、それとも恐れずに声をかけるのが正解か。
「我が息子よ…、目が覚めたようだな。気分はどうだ?」
王様がシトリン様に優しく語りかけた。突き飛ばされたことによって、王様たちに背を向けていたことに気が付き、私は慌てて振り向く。
「陛下、無能な私のせいで長らく迷惑をお掛け致しました。」
深々と頭を下げるシトリン様に、王様と王妃様は嬉しそうに微笑んだ。
「私が無能なばかりか、愚かだったせいで…許されざる行いを、してしまいました」
苦しそうに眉を寄せるシトリン様、そっとガーネット様たちの方を盗み見れば、王子と同じように痛ましそうな表情を浮かべている。
何が起こっているのか分かっていないのは私だけなの?
私以外に戸惑った様子を見せる者はいない。
気分?愚かで許されざる行い?ヒロインは何か試されていたの?
「その腕輪は、生前のアリシアの協力で作られたものです。…精神干渉を防ぎ、精神干渉によって生じた状態異常を回復させる効果があります。」
どういう意味か、おわかりですねと王妃様は言う。
精神干渉、それは悪役令嬢たるアリシアの能力だ。
ヒロインをいじめるためにいろんな人を洗脳して、ありとあらゆる嫌がらせをしていた。
限られた者しか知らず、婚約者も知らされることのない秘密の能力だ。
スペシャルハッピーエンドには、悪役令嬢の処刑が必須だった。
悪役令嬢の地位にヒロインが就くことによって、ジェダイド公爵家の取り潰しが無くなるばかりかヒロインの後ろ盾になり、ヒロインの地位を脅かすものがいなくなるからだ。
必要なのは、ヒロイン襲撃イベントの前にアリシアの兄フローライトに接触しておくこと。
攻略対象ではないものの、兄のように慕うことによって悪役令嬢を見限り味方についてくれるようになるキャラクターで、アリシアの精神干渉能力を証拠として証言してくれるのだ。
証拠という証拠がなくても当然、加害者は全員洗脳されているのだから。
そう言って、処刑されたのが悪役令嬢アリシアなのだが、今更その能力がなんだというのだろうか。
「……我々は、今まで精神干渉によって洗脳状態であった、ということですね」
「えっ?」
シトリン様の言った言葉に思わず、声が漏れる。
洗脳状態、悪役令嬢の能力って死んだ後も続いてたってこと?私よりチート過ぎない?
「そうだ。非常に残念なことに本人に自覚は無い。…彼女もある意味、被害者とも言えよう」
王様の合図と共に後ろ手に拘束されている父親が連れてこられた。
トリプレット男爵、スチルが無いせいかヒロインの父親なのに肥え太った小汚い男、私はこいつが嫌いだった。でも、なんでこの場に?
「トリプレット・ダイヤ嬢よ」
「………はい」
自覚のない、被害者…、嫌な予感に身が震える。
「そなたは、アリシアよりも強い精神干渉能力を持っている。」
王様の放った言葉は衝撃の連続だった。
今まで、トリプレット男爵によって隠匿されていたこと、更には詳しく調べないと分からないもののトリプレット男爵と協力者によって今の容姿になっていること、国家反覆罪として処刑もしくは生涯幽閉される可能性があること。
「…容姿が変えられているって……」
何よりも気になった事を真っ先に聞く。両親はどちらも不美人だ。
本当は、私も不細工って事なの?
周りの冷めた目も気付かず、容姿が今と変わってしまうことを恐れた。
「言葉の通りだ。男爵にも確認は取ってある。顔の造形から髪色、そして“ダイヤモンドの瞳”、全てが造られたものだそうだ」
「そんな…、嘘でしょ」
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彼の国には、悪魔がいたらしい。
子供の容姿を変え、他者を魅了する力を持たせて、何も知らないその子供に男達を誘惑させたと言うではないか。いやはや、そのような悪魔に籠絡されてしまうなんて、お気の毒に。
寸前のところで悪魔を倒せたらしいが、王妃候補まで昇り詰めていたその子供は自らの行いを恥じて自死したらしい。子供には、人の心がギリギリ残っていたのだな。
きっと、今頃は天国にいる処刑された少女に謝っているだろうよ。
ついでに、公爵家の人間もいくらか死んだらしいから、今頃少女の前に列をなしているだろう。
ああ、かわいそうに、かわいそうに、身の潔白が果たされようとも死んだ命は返らない。
王子は、自ら廃嫡を希望したらしい。
これから、彼の国は荒れるだろうよ。
知ってるかい?
彼の国の教訓として、気の弱い女は国をも潰すって話が流れているらしいよ。
狭量な男は、政治に向いてないともな。
近々、うちの国も悪魔がいないか調べるらしい。
なんせ、悪魔がいた国だ。あそこから来ると、入国拒否されるかもしれないよ。
そこのお前さん、商売するなら気をつけな。
ああ、こわいこわい。
それじゃあ、またな。