幕間 ある令嬢の処刑後 Ⅱ
「……愛している、と言うけれど具体的に話してくれるかしら?私には、アリシアよりも優れているように見受けられないわ」
いい加減、我慢ならなかったのか王妃が王子へと問いかける。
王妃候補であったアリシアの教育に携わり、誰よりも可愛がっていたのは彼女だった。表立って贔屓する事は彼女の立場上できなかったが、アリシアは確かに王妃の庇護下に置かれていた。
アリシアの能力は人に知られれば、必ず敬遠される。
能力を制御できなければ、忌み嫌われる。しかし、能力を生かすことが出来れば、この上ない強みになる。
そうして、王妃がその場でアリシアを婚約者にと定めたのだ。
当時、アリシアは4歳、すでに公爵家内での立場は無いも同然、針の筵のような状態だった。
そんなところに精神干渉の能力があると知られてしまえば、どうなることかは分かりきっていた。
婚約者になることで最低限の居場所だけは得られる。
賢いアリシアは、それに答えるように全力を尽くしてきた。
「貴方の為、国の為と努力の限りを尽くしたアリシアより優れていると言うことを教えてくださる?」
扇の隙間から燃えるような赤い瞳が静かに揺らめいている。
我が子同然に可愛がっていたアリシアを我が子であるシトリンが亡き者にしたのだ。
深い情愛が彼女の怒りと悲しみを追い立てている。ようやく怒りの矛先が定まるのだ。先のことを思えば、解決には程遠いところにはいるが、それでも溜飲を下げる事はできる。
「お言葉ですが、ダイヤは素晴らしい女性です!」
王妃の怒りに怯むこともなく、シトリンは断言する。嬉しそうに頬を染める令嬢を横目に王妃が続けて問うた。
「ですから、どのように素晴らしい女性なのかしら?説明が不足しているわ」
厳しい声色のまま、王妃は続ける。
「…アリシアは大変素晴らしい令嬢でした。物覚えもよく、教えた事はすぐに出来るようになりました。学園での成績も、腑抜けてしまった貴方と違って上位をキープしていました。諸国との外交も問題無くこなすようになっていました。そんなあの子より、そこの令嬢が優れているということを具体的に語って見せなさい。」
王妃は明かな嘲笑を浮かべている。それは言外にアリシアより各段に劣っていることを指していた。
確かに令嬢の成績は男爵家としては良いものの、飛び抜けて良い訳でも無く、またマナーに関しても最低限の基本は身についているものの、粗野な振る舞いが目立つ嫌いがあった。
天真爛漫と言えば聞こえはいいが、どこか自分の容姿の美しさを計算したかのような振る舞いですらあった。
「___到底、あるとは思えませんけれどもね」
淑女としては到底評価できず、さながら娼婦のような少女だ。
以前、王妃はそのように令嬢を評していた。
令嬢の振る舞いは、令嬢本人の魅力を最大限引き出していた。己を魅せると言う点においては、天才的であった。
それが、王妃として相応しいかと言われれば、答えは否、全く好ましくないのだ。
「母上!なんて事言うんですか?」
「…そんな、ひどいっ……」
シトリンの怒りの声と共に令嬢が泣き崩れる。そのわざとらしい所作に釣られるように側近達が令嬢を慰めはじめる。表立って反論できないものの、側近達の表情は怒りに満ちていた。
「ああ、ダイヤ…泣かないでください」
宰相候補のアウィン・タンザナイトが心配そうに令嬢に微笑みかける。
「そうだ、お前は素晴らしい!必ず、その素晴らしさは、分かってもらえる筈だ!」
側近騎士のガーネット・カーネリアンが自信を持って令嬢に語りかける。
「……そうだよ、先輩が泣くとお星様も全部流れちゃうよ。だから、ねっ!」
大魔法使いのアメシスト・チャロアイトが泣きそうになりながら令嬢を慰める。
「皆さんっ!…ごめんない。こんなことですぐ泣いちゃうなんて、恥ずかしいよね。泣き虫も治していかないと。…でも、皆さんのおかげでわたし、もう大丈夫!!ありがとうっ!」
王子側近たちに、令嬢は涙ぐみながらも微笑む。
シトリンは、令嬢の微笑みに安堵の表情を浮かべながらも、一瞬だけ複雑な表情を浮かべた。けれども、すぐに玉座へと向き直り、声を上げる。
「母上も父上も、一体何ですか。前婚約者のことなど、もういいでしょう。半年も経っているのです。いい加減、これからのことについて前向きに検討していくべきではないでしょうか?今日は、そのお話だったのではないのですか?」
「私の質問の答えには、なっておりませんよ」
答えなさい、と王妃が促すとシトリンは大きく一歩前に進み出た。令嬢と令嬢を囲うように立つ側近らと距離が生まれる。
「では、答えましょう!アリシア嬢に無くて、ダイヤにあるもの、それは聖女の如き慈愛の心です。
なにより、彼女は私の些細な変化すら機敏に読み取れるのです。その観察眼たるや素晴らしいものです。周囲の迷惑を考えず、婚約者という肩書にあぐらをかき、傍若夫人な振る舞いをし、更に私のダイヤを害そうしたあの女とは大違いです。
被害者であるダイヤといえば、彼女の行いを許し、あまつさえ、そのような虐げにあっていることすら我々になかなか言わなかったのです。…言えば、彼女から叱られるからと、その時わたしは___」
意気揚々と話し始めるシトリンが、また前に一歩進み出た。
いかに彼女が優しいのか延々と話し続ける。頬を染めながら愛おしそうに語る息子、側近たちもその思い出話に同調するように時折頷いては、令嬢に微笑みかけている。
令嬢も恥じらうように頬を染め、うっとりとした様子で王子を見つめている。
話しながら、尚も前に進み出る。
だが、令嬢から5歩くらいだろうか、離れたところで王子の様子が突然変わった。
一瞬で表情が抜け落ち、顔から血の気がひいているように見えた。
「___だから、彼女は……彼女は……?」
自分の顔を手で覆ったかと思えば、突然振り返り令嬢を見つめる。
こちらに背を向けているため、表情は窺えない。シトリンは、無言のまま立っていた。
「? シトリン様、顔色が悪いようですけど…」
そう言って、側近を置いて令嬢は王子に駆け寄る。
令嬢は美しく微笑みながら、王子に手を伸ばす。
頬へ添えるように伸ばしたその手を
王子は迷うことなく、思い切り引っ張り、
体勢が崩れた令嬢を抱き留めることもなく、床へとそのまま突き飛ばした。
「…えっ、いたっ!……え、シトリン、さま…?」
困惑する令嬢を見下しながら、王子は呟く。
「そうか、そういうことだったのか…、そうか」
「______私は、とんだ愚か者だな」
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