幕間 ある令嬢の処刑後 Ⅰ
王妃候補の少女が処刑された。
これがまた、どうにも様子がおかしい。男爵令嬢のために公爵令嬢が処刑されたというのだ。公爵家の当主様は、なんと令嬢に確認も取らず、王子の言葉を信じて切り捨てたらしい。男爵令嬢を養子に迎え入れて、王族との婚姻を継続したのだ。それも噂では、そもそも令嬢は冷遇されており平民のような名をしていたとか。
恐ろしい恐ろしい、彼の国は短慮で粗暴、おまけに情も薄いときた。
ああ、しかも王妃の器の少女を排除してまで、手に入れたのは紛いものだと言うではないか。優秀な王子と聞いていたが、とんだ愚か者ではないか。もしくは、目が見えていないのではないか。
アンバー王国は信用できないのではないか、塩を頼んだら、砂糖が送られてくるのではないだろうか。
なんにせよ、これからどうなるのやら、しっかり確認せねばならない。
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アンバー王国の王子が婚約者の首をはねたのは、半年ほど前のことだ。
春先から季節が変わり、もう秋が終わる頃、王国の情勢は厳しい冬のように悪くなっていた。
なぜ、このような状況に置かれているのか、それは他ならぬ、この国の王子のせいであり、現王妃候補の責任でもあった。
シトリン王子の行いは、他国からも批難を浴びて当然のことであり、前婚約者を蹴落として、王妃候補者に成り上がった令嬢は、恥知らずと謗りを受けていた。また、令嬢は王妃候補者という立場にありながら、複数の男性と親しくしていることが更なる悪評を呼んでいたのだ。
また、同時に王妃候補者を引き受けた公爵家だが、執事長を筆頭に半分以上の使用人が辞めてしまったらしい。辞めた使用人達が他国に進んで移住したことにより、他国からの批評が集まっているのでないかと囁かれている。
この状況下に陥れば、令嬢との婚姻は得策ではないと言うのに王子は未だに諦めずにいた。公爵令嬢への断罪を問えば、自分は悪くないとばかりに反論するだけで納得できるほどの理由が存在しない。
公爵令嬢との婚約を破棄する程度であれば、まだ麻疹にかかった哀れな王子で済んだものの殺してしまったからには、相応の理由と罰がないといけない。他国に対しても、国民に対してもだ。
他国からの批判が集まりつつあったが、それよりも多くの疑問の声が国内より上がっていたのだ。
それは、小さい声であったが時が経つにつれ、小さな声は集団となり、大きな疑心へと膨れ上がっていたのだった。このまま放置しておけば、他国の介入とともに反乱が起こりかねない状況となっており、無視できない状況へと置かれていたのだった。
もっと早く、気付いていれば、そう国王であるシュペッサルトは思わなくともなかったが、問題の根本はそれでは無いと思い直し、深くため息を吐いた。そもそも、留守を任せていた王子がこのような蛮行に及ぶとは思っていなかったのだ。どんなに問い詰めても要領を得ず、今日まで頭を悩ませてきた。
先程、王子に使いを通して“ある腕輪”を与えた。
それを付けてから側近とともに王の間に来るよう伝えた。もちろん、王妃候補者もともに連れてくるように言ったので、すぐに来るだろう。
よもや盲点だったのだ。
神殿での能力の確認を誤魔化し、今まで王国を欺き続けることが出来るとは。
「陛下、王子が参りました」
臣下の声に入室を許可すると返す。厳かに扉が開かれたかと思えば、足早に王子達が部屋へと入ってきた。諫めるべき側近すら王の前だと言うのに、同様に入室してきたのだ。隣に座る王妃が扇の奥で、わざとらしく眉を寄せた。
「陛下!お呼びだとお伺いし、参上致しました!」
息子は太陽のように力強い光を放つ褐色がかった黄金の瞳を一際輝かせて言った。王族としては赤みの強い瞳だ。平民でも身につけやすいシトリンの宝石、親しみやすくも、明るく、王国を発展させる子でなって欲しいと願って名付けたのだ。
息子の後ろで側近達が恭しく臣下の礼を取るものの、どこか落ち着きに欠ける様子が見てとれる。王子の横には、ダイヤの瞳の少女が嬉しそうに立っていた。
「陛下、御目通りいただき、誠にありがとうございます!」
元気の良い挨拶に王妃の扇がみしり、と歪んだ。瞳は射殺さんばかりに大きく見開いていた。状況を冷静に見れている者はこの中にはいないのだろう。
「そなたらを呼んだのは、ほかでも無い。アリシアのことだ」
そう言えば、途端に令嬢を守るように王子と側近が動き出す。いくらなんでも、陛下の御前でなんて恥知らずなのかしらと王妃の怒りの声が漏れている。普段であれば、聞こえるように指摘しているものの今回は例外だ。王妃を制しながら、話を続ける。
「なぜ、アリシアを廃し、そこの令嬢を選んだのか今一度話してはくれないか」
王の問いに令嬢は頬を染める。どこまでも不謹慎な令嬢だ。遠回しな表現をしているが、アリシアは死んでいるのだ。なぜ、アリシアを殺してまで、それを選んだのかと問うているのだ。
目先の事しか見えてないのだろうか。この娘には、高貴さが全くないばかりか、謙虚さもなく、知性も低い。気が弱いわけではないのに、用件はやや遠まわしに求める。それでいて、弱さを演出する強かさを持っている。
王子を主に周囲の男達は、この令嬢に惚れ込んでいた。婚約者を放っておいてまでの魅力が、はたして彼女にあるのだろうか。家格も低く、妻として迎え入れるには到底難しい教養の低さ、それを覆せるほどの美貌かと思えば、決してそのような事はない。
「理由などございません!私はダイヤを愛しているのです」
令嬢を抱き寄せながら、王子は声をあげる。愛などと言う不確かなものだけで、行える事なのだろうか。しかし、王は安堵した。それは複雑な感情でもあったが、ようやく原因が特定できるのだ。安堵に近いものであるだろう。
王子の目が覚めるのに、そう時間は掛からないだろう。
王は己のやつれた頬を撫でながら、笑みを漏らした。