まずは乾杯!
「はい、じゃあ好きなところに座ってくださ〜い!」
二階の突き当たり奥の部屋に遠慮無く入っていくアーケル君につづいて俺達も部屋に入る。
意外に広いその部屋には、中央に巨大な円形のテーブルがドドンと置かれていて、壁際に背もたれのついた座り心地の良さそうな椅子が幾つも積み上げられていた。
「椅子はあれを使えば良いんだな」
そう言ったハスフェルが、積み上げすぎて一番上に手が届かずに慌てているアーケル君の頭上に手を伸ばして、軽々と積み上がった椅子を下ろしてくれた。
人数分の椅子を下ろしてそれぞれ好きなところに座る。
とは言っても、なんとなくいつもの宿泊所の机に座ってる時と並びが一緒になっていたのを見てちょっと笑っちゃったよ。
「ええと、料理はもう注文してくれてるんだよね?」
「ええ、大丈夫ですよ。ああ言っておけば、さっき俺が言ったお勧め込みで一通り持ってきてくれますからご心配なく。もちろん追加で欲しいものがあれば言ってくださいね」
「おう了解。店で食うといつも思うんだけど、やっぱりプロの料理人は違うよな。ううん、どんな料理がくるのか楽しみだよ」
嬉しそうな俺の言葉に、なぜかアーケル君がドヤ顔になってた。
部屋が広いので、椅子同士の間もそれなりに余裕があるから剣を装備したままでも楽に座っていられる。だけど見ると、ハスフェル達はいつも装備している長い方の剣は収納したらしく、腰に装備しているのは短剣だけになっていた。
まあそれって、ここは彼らが安全だと判断したって事だよな。
少し考えて、俺も彼らに倣って自分の剣を収納しておいた。
「お待たせしました。まずは黒ビールとスペアリブのグリルをどうぞ」
大柄でエプロンをした人間の店員さんが両手に豪快にジョッキの塊を持って、そう言いながら開けたままの扉から部屋に入ってくる。
そのすぐ後ろには、あの骨つき肉のスペアリブが山積みになった大きなお皿を持った店員さんが、三人並んでついてきている。
待て待て、いくら大食漢が揃ってるって言ったって、あの肉の量はおかしくないか?
しかし俺以外の全員は、それを見るなり大喜びで拍手喝采になってるし……。
まあ、そうだよな。このメンツだと間違いなく俺が一番少食の下戸だもんな。
一人遠い目になって黄昏てる俺をおいて、早速、店員さんの手によって香ばしい香りを漂わせているスペアリブが、取り皿とは思えないくらいの巨大なお皿に取り分けられていく。
俺の黒ビールのジョッキの横では、いつものお皿を手にしたシャムエル様が、わっしょいわっしょいと謎の掛け声と共に、お皿を上下に振り回しながらご機嫌で踊っていたのだった。
そのすぐ後に、何となく中華の前菜みたいなのも色々と運ばれてきて、これも手早く店員さんが取り分けて目の前に置いてくれる。
分けきれなかった残りは、机の真ん中に山盛りのまま置かれる。お皿には複数のトングが置かれているのを見て思わず吹き出す。
足りなきゃこれを使って好きに取れって事だな。
「よし、じゃあまずは乾杯だな」
ハスフェルがそう言いジョッキを持って立ち上がる。それを見て全員がそれに倣った。
しかし、ハスフェルは満面の笑みで俺を見つめたまま黙っている。
ええ、俺が言うのか?
しばしの無言のやりとりのあと、俺は小さく笑って大きく息を吐いた。
そして持っていたグラスを高々と掲げた。
「では、僭越ながら。改めて、愉快な仲間達に、かんぱ〜〜〜〜〜い!」
「愉快な仲間達に、乾杯!」
全員の声が綺麗に揃って、グラスが打ち合わされる。
「うわ、めちゃめちゃ美味いじゃん、この黒ビール。香りが最高!」
さすがに冷えてはいないけど、飲んだ瞬間の鼻に抜ける香りとこの滑らかな喉越し。ハスフェル達がお勧めだって言うわけだ。こりゃあ美味しい。
そのまま、俺用に取り分けられたスペアリブを一つ取ろうとしたところで、後頭部の髪を引っ張られた。
この状況で俺の髪を引っ張る相手は一人しか思い浮かばない。まあ、あれを一人とカウントして良いかどうかは微妙だけどな。
苦笑いしつつ背後を振り返ると。予想通りに収めの手が上下にぶんぶんと手を振っていて、まるでおいでおいでをするみたいに自己主張をしていた。
だけど、さすがに人の店で勝手に机を取り出すのは不味かろう。
『なあシャムエル様、こっちの机に置いたままでも収めの手に持って行ってもらえる?』
こっそりと念話でシャムエル様に質問してみる。
「うん、大丈夫だよ。ケンの祈りはどこにいても届くからね」
嬉しそうにステップを踏みながらうんうんと頷いてくれて、逆に驚く。ええ、それって簡易祭壇をわざわざ作ってる意味は? ってツッコミかけて止めたよ。
違うよな。形を整えて祈ってるのは、どちらかというと俺がやりたくてやってるんだよな。じゃあまあ、今回はお店仕様って事で祭壇は勘弁してもらおう。
でも一応気持ちだけでも祭壇っぽくするために、いつもの敷布にしているあのバンダナを取り出してそこにスペアリブのお皿と、飲みかけになっちゃったけど黒ビールのジョッキも並べる。
「先に飲んじゃって大変失礼しました。今日はアーケル君の奢りでおすすめの店に来てます。このスペアリブと黒ビールは名物なんだってさ。少しですがどうぞ。また何か来たらここに乗せるからさ。申し訳ないけど好きに持って行ってください」
いつもの収めの手が、嬉しそうに頷くみたいに上下に動いた後、俺の頭を何度も撫でてからスペアリブのお皿を何度も撫でてお皿ごと持ち上げる振りをして、それから黒ビールもジョッキを撫で回して一度持ち上げる振りをしてから消えていった。
笑ってそれを見送ってから、一番上に乗っていたのを一本丸ごとシャムエル様のお皿に乗せてやり、大きめのグラスに黒ビールも入れてやる。
「では、改めましていただきます!」
軽く手を合わせてから、俺もスペアリブに豪快に齧り付いたのだった。