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水煙草とドワーフのおやっさん

「うわあ、マジで満席じゃん」

 店に入った途端に暑いとも言えるくらいの熱気とスパイシーな香り、そして煙草の香りが一気に襲いかかってきた。

「へえ、煙草を吸うスペースがあるんだ。しかもあれって畳……じゃなくて板張りに絨毯か。何だ、残念」

 一瞬驚きに目を見開き、小さくそう呟いた俺は店の右奥の壁際に作られた一角をまじまじと見た。

 そこは床から30センチくらいに高くなってる場所で、全員が靴を脱いで裸足になって床に座り込んであぐらをかいている。

 そして所々に置かれた巨大なガラスのタワーみたいなそれは、俺の知ってるのとはちょっと違うが多分水煙草ってやつだと思われた。細い管みたいなのがそのタワーに繋がっていて、その管の先を座った男達が咥えていて白い煙を吐いていたのだから、多分そうなんだろう。

 もちろん水煙草って言ったって俺が見たのは映画の一場面やネットの情報だよ。現物なんて見た事も触った事も無いよ。

 ちなみに俺はタバコは吸わない。社会人になってすぐの頃に付き合いで一度だけ吸ってみたことがあるけど、本気でむせて数日に渡って喉の奥のイガイガが取れなかったから、それ以来吸うのを止めたんだよ。あれは俺には向いていない。

 正直に言うと未だにあれのどこが美味いのか、こればっかりは全くカケラも理解出来ないんだよな。



「吸うか?」

 水煙草を見ていた俺に気付いたハスフェルが嬉しそうに聞いてきたので、俺は苦笑いして大きく首を振った。

「悪いけど俺は吸わないから、吸うならどうぞ。以前紙巻き煙草を吸って、本気で喉が痛くなった事があるんだ」

 顔の前でばつ印を作りながらそう言うと、苦笑いしたハスフェル達も納得したみたいで頷いてくれた。

「まあ、水煙草は向き不向きがあるからなあ。無理には勧めないから安心しろ。俺達も付き合いで吸う事はあるが、それほど好きってわけじゃあないぞ」

「私達も吸いませんね。ランドルさんは?」

 リナさんの質問に、ランドルさんも苦笑いして首を振った。

「バッカスは好きで良く吸ってましたけどね。俺もケンさんと同じで一度付き合いで吸って酷い目にあったんですよ。数日に渡って喉の痛みと、胸がちょっと苦しくなってね。なのでそれ以来吸うのは止めましたね。バッカスも無理に誘って来なくなりましたし」

「へえ、バッカスさんは吸うんだ」

 立ち止まった俺がそう言って水煙草を吸っている人達を見る。

「あれ? なあ、あれってフュンフさんじゃね? ああほら、ガンスさんもいる」

 俺が示した一角には、楽しそうに水煙草を吸いながら話をしているフュンフさんとガンスさんの姿が見えた。良く見れば見覚えのあるギルドの職員さん達と思しき人達の姿も見える。

「ああ、ガンスは水煙草が好きだったなあ。ドワーフは吸う奴が多いぞ」

「おや、ケンさん。皆さんもお揃いで」

 見ていたら気付かれてしまい、笑ったフュンフさんが嬉しそうに手を振ってくる。

「こんばんは。俺達は今から食事ですよ、ごゆっくり!」

 無理に誘われるようなことはないだろうけど、あれは謹んで遠慮したいので先にそう言っておく。

 すると、こちらを振り返ったガンスさんが苦笑いしながら同じく手を上げてから、いいから行けって感じに、軽く手を払うように振ってくれた。

「すみません。じゃあごゆっくり」

 にっこり笑ってそう言い、少し進んだところで待っていたアーケル君を追いかける。



「ここは水煙草も人気なんですよ。まあ俺も吸いませんけどね」

 苦笑いしたアーケル君がそう言い、厨房を覗き込んで大声で話しかけた。

「おやっさん。ちょっと大人数で押しかけて来たけど上って空いてる?」

 すると、鍋の様子を見ていた大柄なドワーフのおっさんが笑顔で振り返った。

 いかにもドワーフって感じに背は低いんだけど、がっしりどっしりの筋骨隆々。多分、あの腕の太さは俺の太ももサイズ。モジャモジャの長い髭を顎の下で綺麗な三つ編みにしてる辺りに妙に愛嬌がある。

「おう。アーケルか! 久し振りだな。もちろん空いとるよ。今ちょっと手が離せないんでなあ。悪いが勝手に上がっててくれるか」

「了解。じゃあ料理は適当にお任せで一通りたっぷりとよろしく。皆さん、ビールは白と黒どっちが良いですか?」

 まるで店員さんみたいに、当然のように飲み物を聞いてくるアーケル君。本当にここの常連さんって感じがしてちょっと笑っちゃったよ。

「俺は白ビールが好きなんだけど、確かここは黒ビールが美味しいんだって言ってたよな?」

「おう、お勧めだから是非飲んどけ」

「じゃあ黒でお願いします!」

 そう言って右手を挙げると、笑ったハスフェル達三人に続きランドルさんとリナさん達も笑顔で手を挙げた。

「了解、じゃあ八人分の黒ビールもよろしくな」

「おう、了解だ」

 厨房からの元気な返事に手を振り、アーケル君に続いて奥の扉を開けて全員揃って階段を登っていった。



「なあ見たか。あのおやっさんの腕」

 俺の背後にいたギイの笑いを含んだ声に、思わず小さく吹き出して何度も頷く。

「あの腕の持ち主と拳で語り合う気には、俺は絶対なれないなあ。ちょっとアーケル君を尊敬したよ」

 若干遠い目になる俺の呟きに、リナさん達も揃って吹き出す。

「最初は完敗だった。呆気なく叩きのめされて終了。二回目で負けたけど殴り返せた。三回目は互角に殴り合って引き分け、四回目で腹に一発決めて初めてダウンを奪ったんだ。その辺りからお互い殴り合い自体が楽しくなって来てさあ。別にそれほど腹が立ったわけじゃあないのに、表に出ろや! おう、お前こそ逃げるなよ! ってなって、毎回楽しく拳で語り合ってたんだ」

 振り返って、拳を握って殴る振りをしながら満面の笑みで物騒な事を言うアーケル君。

「あはは、俺は非暴力主義なんで、悪いけどそっち方面の付き合いは遠慮させてもらうよ」

「ええ、ケンさんも良い腕してるのに。使わないと勿体無いって」

 真顔でそんなことを言われてしまい、必死になって顔の前で手を振った俺だったよ。

 草原エルフ、血の気多すぎ! 俺は平和主義なんですってば!

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