アーケル君のお勧め
ナイフの専門店を後にした俺達は、その後もアーケル君の案内で路地裏の店を何軒か見て回り、完全にテンションの上がった俺は、全部で二十本くらいの大小のナイフを購入した。
帰ったら、一度持ってるナイフを全部取り出して並べて見てみよう。絶対、見てるだけでテンション上がるやつだぞ、これ。
良いねえ、大人のコレクションって感じがする。
夢中になって店を回っている間にいつの間にかすっかり日が暮れていて、辺りはもう真っ暗になってる。とは言えどこの店もまだまだ開いてるし人通りもそれなりにある。それに、あちこちから賑やかな金槌の音や火を起こすふいごの音が聞こえていてとても賑やかだ。
俺の以前の世界みたいに、どうやらこの街は夜も眠らない街みたいだ。
空は真っ暗だけど、どこの通りも整備された街灯が並んでいて優しい光を放っているから、暗くて足元が見えないなんて事は無い。
ご機嫌で宿に帰ろうと大通りへ出たところで、アーケルくんが俺の腕を引いた。
「じゃあ、夕食は奢りますから俺のお勧めの店へ行きましょう。いつもご馳走になってばかりだし、良いですよね?」
最後は、後ろをついて来ているハスフェル達への問いかけだ。
「ああ、たまには外食も良いなあ。で、どこへ行くんだ?」
「空樽亭へ行こうと思うんだけど、いかがですか。皆さんはご存知ですよね?」
「そりゃあいい。あそこの肉料理と黒ビールは最高に美味いからな。だけど今からこの人数で行って座れるかな?」
そう言ってハスフェルがギイを振り返ると、彼も同じ意見だったようで苦笑いして顔の前で手を振っている。
「恐らくだけど、今から行ったらもう満席で店には入れないと思うぞ」
「まあ、確かにもう夕食どきだしなあ。人気の店なら、待たされるかも」
俺もそう呟いてすぐ近くの居酒屋を見た。その店もなかなかに繁盛しているようで、表の通りにまで並べられたテーブルにはドワーフ達をはじめ、いかにも職人って感じのむさ苦しい男達が大勢並んで座っている。
こちらはもうすっかり出来上がっていて、さっきから何度も誰かのお祝いだと言っては楽しそうに乾杯していた。
「お任せください。あそこの店主とは長い付き合いなんです。俺達が行ったら二階の別室をいつも開けてくれるんですよ」
「へえ、そりゃあすごいなあ。あそこの店主は気難しいので有名なんだがな」
感心したようなハスフェルの言葉に、アーケルくんは得意気に胸を張った。
「以前、仕入れの旅に護衛として同行した事が何度かあってね。まあその時に色々あったんですよ」
何故かその瞬間、揃って吹き出すリナさんとアルデアさん。
「……何やったんですか?」
思わずジト目でそう尋ねると、リナさんは右手を握って俺に向かってパンチを放つ振りをした。
「要するに、二人の間で大いなる意見の相違を得ましてね。それで毎回男らしく拳で語り合ってたんです。どの勝負も凄かったんですよ。それで、勝負が二桁に達した時、何故か急に仲よくなりましてね。以来、アーケルだけじゃなくて、私やアルデアにもとても良くしてくださいます」
それを聞いた途端、ハスフェルとギイは揃って豪快に吹き出して大爆笑になった。その横では、ランドルさんも一緒になって大笑いしている。
「あの親父と拳で語り合ったって? そりゃあすごい。アーケル、お前さんを尊敬するよ」
「全くだ。いやあ、そりゃあすごい」
ようやく笑いの収まった二人が揃って拍手をするのを見て、ドヤ顔になるアーケル君。
おいおい、一体どんな店主なんだよ。めっちゃ興味が出てきたぞ。
って事で、またしてもアーケル君の案内で、俺達は全員揃ってその空樽亭へ向かった。
「へえ、あの店か。おお大繁盛じゃんか」
ちょうど通りの角地に面したその店は、大きな窓から中の様子が良く見えるようになっていて、広い店内はぎっしりと人で埋め尽くされていた。
皆、大きなジョッキを手に笑顔で乾杯して骨つき肉に齧り付いている。
「おお、あれはスペアリブか。へえ美味そう」
「あれが店一番の名物なんですよ。それ以外にも煮込み料理も絶品なんですよ。それから、溶かしたチーズに焼いた肉や野菜なんかをつけて食べるチーズフォンデュも超お勧めです!」
「おお、チーズフォンデュ! 聞いただけで美味そうじゃん。それはぜひ食べたい!」
大喜びする俺を見て、またしてもドヤ顔になったアーケル君を先頭に、俺達はその人気店なのだという空樽亭の開けたままの扉をくぐって中に入って行ったのだった。