道具と職人のこだわり
「こんなにたくさんありがとうございます。研ぎ直しもいつでも受け付けますぞ」
満面の笑みのドワーフの爺さんの言葉に、綺麗に包まれた何本ものナイフを受け取った俺は笑顔で大きく頷いたのだった。
結局、あのままドワーフの爺さんとオンハルトの爺さんの二人はすっかり意気投合してしまい、俺達そっちのけで何やら聞いた事のない合金の加工方法について嬉々として話し始めてしまい、俺のナイフ選びはアーケル君が解説役を務めてくれて、色々と気に入ったのを勝手に選ばせてもらった。
まあ、取り出すのはもちろん最後にドワーフの爺さんにまとめてお願いしたけどね。
俺的には大満足の買い物タイムだったよ。
あの積層鋼のナイフも一本手に入れる事が出来たし、それ以外にちょっと大きめで刃渡りも長い、いわゆるサバイバルナイフみたいなのや、二つ折りのナイフ、それからいかにも使い勝手の良さそうな両刃の包丁サイズくらいのナイフも何本か選ばせてもらった。
鞘や柄の部分の装飾も見事で、もう男子なら持ってるだけでテンション爆上がりになるレベルの逸品ばかりだよ。
しかも、俺の感覚ではどちらかと言うと美術品というか、そんな感じで観賞用に良いなって思ってたんだけど、買った際にドワーフの爺さんから言われたのが、どうか遠慮なく使って欲しいって言葉だった。
「もちろん使うか使わないかは買ったご本人の自由だから、俺がとやかくいうような事じゃねえがな」
「でも、出来れば使って欲しい?」
お金を支払いながら手入れの方法の話なんかを聞いている時、ドワーフの爺さんがちょっと寂しそうにそんな事を言うので、思わず俺はそう尋ねた。
確か、バッカスさんからナイフをもらった時にもそんな事を言われたのを思い出したからだ。道具は使わなければ意味が無い、と。
すると、ドワーフの爺さんは苦笑いして大きなため息を吐いて俺達を見上げた。
「あんた方は皆冒険者なんだろう? それなら分かってもらえると思うが、どれほど高い武器や防具であろうとも命よりも大事なんてこたああるまい。な、つまり道具ってのは使う人の役に立ってこそ値打ちが出るもんなんだよ。俺にとっちゃあ、使い込まれて傷だらけになって、刃が研がれ続けて小さくなって帰ってきてくれたナイフは、そりゃあ美しく見える。勿体無いなんて言わずに、出来ればガンガン使って欲しいさ。少々手荒に扱っても刃こぼれするほどやわな造りじゃあない。そりゃあ傷が付いたり、最悪傷みが出る事だってあるだろうけれど、道具にとってはそれは幸せな傷なんだよ。修理ならいつでも請け負う。よほどの酷い状態で無い限り責任持って直してやるさ。だから使って欲しいって心底思うんだよ。せっかくの切れ味を一度も試さずに棚に飾られているだけなのは、道具にとって不幸だって俺は思ってる」
そう言って、ドワーフの爺さんは遠い目をして苦笑いしていた。
「もしかして……今までに何かあったりしました?」
言ってから、ちょっと不用意な質問だったかと密かに焦ったんだけど、ドワーフの爺さんはそんな俺を見て何とも言えない情けなさそうな顔になった。
「ここは王都の貴族達もはるばる買い物に来るんだよ。特に装飾品や高額な武器や防具の需要は高い。それこそヘラクレスオオカブトの剣や、恐竜の素材で作られた武器や防具なんかは特に人気が高い。高い金出して買ってくれるんだから文句を言っちゃあいかんのだろうけど、貴族に買われた武器や防具は間違いなく壁の飾りになる。俺は自分が作った武器がそんな扱いをされるのが嫌で、こんな裏通りに店を構えたんだよ」
自重気味にそう言って笑ったドワーフの爺さんは、ちょっと寂しそうに店の壁一面に飾られたナイフを見た。
「以前は表通りにそれなりの広さの店を構えていた。贔屓にしてくれる上客もそれなりにいたんだけどさ。どうにも自分で自分のやってる事に納得が出来なくてよう。自分でも馬鹿だと思うんだけど、武器を装飾品としか考えてねえ貴族連中の相手をするのにほとほと嫌気がさしてな。で、結局店を手放して一度バイゼンを離れて、数年流離って素材をしこたま集めてから戻って来てここに店を構えたって訳さ。そりゃあ売上は以前の店とは比べ物にならんけどなあ。そこの草原エルフの兄さんみたいに、本当に道具が好きで通って来てくれる客ばかりで、俺は今の方が何倍も幸せだよ」
そう言われて、アーケル君は新しく手に入れた積層鋼のナイフを取り付けた剣帯を嬉しそうに撫でて見せた。
彼はさっき、何本か研ぎをお願いしていて、どうやら持っているナイフを定期的に交換して使っているみたいだ。なるほど、それなら俺も出来そうだ。時々取り付けるナイフを交換すればいいんだよな。それに、なんでもスライム達にやらさずに、たまには俺も色々やってみよう。
今注文している武器や防具が出来上がったら、多分地下洞窟巡り状態になるだろうから、頑張って剣だけじゃなくてナイフや他の道具も色々使ってみようと密かに考えていた俺だったよ。
やっぱり旅にナイフは付き物だもんな。