ナイフの専門店
「じゃあ、行きましょう。お勧めの店を案内しますよ!」
俺がナイフをコレクションしてみようかなんて言ったもんだから、何故か急に張り切り出したアーケル君に誘われて、俺達は揃って宿泊所を後にした。
今回は小さな店が多いとの事なので従魔達は留守番で、俺のお供はいつものファルコとアヴィ、それから鞄に入ったスライム達だけだ。まあ、シャムエル様は当然のように右肩に座っているよ。
最初に案内されたのは、フュンフさんの自宅兼工房のある職人通りを抜けた先にある、小さな店が並ぶ細い通りだった。
「良いねえ、いかにも頑固親父が作ってる専門店が集まっていそうな裏通りって感じだ」
感心したように見渡して小さくつぶやく。通りには、幅の狭い路地のような道沿いに間口の小さな店が何軒も並んでいる。
「ここ、ここが俺の一番のお勧めだよ」
早足で俺達の前を歩くアーケル君が、一軒の店を指差して得意げにそう言うとそのままそこへ入っていってしまった。
狭い店内は、はっきり言って金銀コンビが二人並んで入れないくらいの間口しかない。
顔を見合わせた二人は、無言のやり取りの後交代で入る事にしたらしく、先にギイが店に入っていった。慌てて俺も後を追う。オンハルトの爺さんがそれに続くと、もう店に入れなくなったよ。
リナさん達は、そんな俺達を見て、笑ってさがって待ってくれた。
「ほほう、これはすごい」
俺はもう、店に入るなり目に飛び込んできた店内の様子に驚き声もなかったんだけど、後ろから覗き込んだギイとオンハルトの爺さんが、感心したようにそう言って壁を見上げた。
そう、ここは店の左右の壁がハスフェル達の身長以上にまで、びっしりとナイフが飾られていたのだ。しかも縦横50センチくらいの大きな平たい扉付きボックスの中に、ナイフが何本も飾られているのだ。多分、欲しいと言えばボックスごと外して見せてくれるんだろう。
その平たいボックスには何かの蝶の羽を使ったガラス扉もどきが取り付けられてて、壁全部にナイフが並ぶ様は、そりゃあもう圧巻! って感じだったよ。
「おう、お前さんか、久し振りだな」
突き当たり奥がカウンターになっていて、予想通りに小柄なドワーフの爺さんが座っていた。
ううん、いかにも職人気質の頑固ジジイって感じで、店に入ってきたアーケル君を見ても無愛想にそう言うだけだ。
だけどアーケル君は気にもせずに笑顔で手をあげてぐるっと店内を見回す。
「新作はある?」
「こっちの棚のが今年の新作だよ。その隣が去年の分だな」
「見せてもらうね」
嬉々として言われた棚を見るアーケル君を俺達は苦笑いしながら眺めていた。
「うわあ、この刃紋最高だね」
顔を近づけて見ているそれは、刃渡りが10センチほどの折りたたみ式のナイフのようだが、刃の部分がまるで渦を巻くみたいな不思議な波紋のような縞縞模様になっていた。
「ほうこれは素晴らしい。積層鋼だな。これほどの紋様が出るのは俺も久し振りに見るなあ」
後ろからオンハルトの爺さんが、身を乗り出すみたいにしてギイの横から顔を出して棚に並んだナイフを見ている。
釣られて俺も身を乗り出すようにしてそのボックスを覗き込んだ。
そこでふと思い出した。以前、不思議な縞模様の包丁をネット通販で買った事があるんだよ。あれと今目の前にあるナイフは全く同じ仕様に見える。
確かおすすめに出て来てて、ちょうど包丁の刃を欠けさせてしまっていたもんだから新しいのを探してたんだよ。あれは確かダマスカス鋼とか言う特殊な金属で作られてて、他には無い最高の切れ味を保証しますとかなんとかって聞いた記憶がある。
確かに使ってみると、めっちゃ切れ味最高だったんだよ。で結局、追加でペティナイフも買った覚えがある。
だけど、こっちは逆に切れすぎてリンゴの皮むきするのが怖かった覚えがある。
「へえ、こっちの世界でもあんな紋様のナイフがあるんだ。これは一つ欲しいかも」
小さく呟いた時、奥にいた爺さんが顔を上げて俺達を見た。
「お前さんの連れか? それとも別口か?」
「俺の連れ、ナイフに興味があるって言うから連れて来たんだ」
「ほほう、そりゃあ嬉しいねえ」
何故かにんまりと笑った爺さんが座っていた椅子からゆっくりと立ち上がる。
「そっちのお方が言った通り、これは積層鋼って呼ばれている特殊な合金で作られたナイフだよ。切れ味はミスリルに勝るぞ」
「これはあんたが作ってるのか?」
オンハルトの爺さんの言葉に、そのドワーフの爺さんが得意気に頷く。
「当たり前よ。俺の店には、俺が打ったナイフ以外は並んじゃいねえよ。柄の拵えや、革の鞘まで全部俺がやってるよ」
職人さんは分業なんだとばかり思っていたから、全部一人ですると言われて驚く。
「ナイフ職人さんは、全部自分でする方が多いですね。剣や防具と違って物が小さいですからね」
アーケル君の説明に納得して頷く。
「小さいからこそ作り甲斐があるってもんだ。この掌に収まるくらいの大きさから、精々がこれくらいまでだ」
そう言って30センチくらいに両手を広げて見せる。
「この限られた大きさの中でどこまで精密に、どこまで美しく作れるかってのが、俺達ナイフ職人の腕の見せ所よ。なんでも大きく作りゃあ良いってもんじゃあねえんだよ」
「成る程、それは素晴らしい」
オンハルトの爺さんが嬉しそうにうんうんと頷き、ギイを押しのけて前に進み出る。
そしてドワーフの職人さんと顔を寄せ合って嬉々として何やら合金を打つ時の方法を話し始めた。
ドワーフの爺さんも、最初はなんだこいつ、って感じだったんだけど、すぐに満面の笑みになって嬉しそうに話を始めた。
そりゃあそうだって。相手は鍛治と装飾の神様だぞ。
そのうちドワーフのじいさんが奥から何やら合金の塊を持って出てきて、嬉々として説明を始めたよ。
だけどごめん、そっちの話になると知識の無い俺には全くついていけません。
苦笑いした俺はちょっと下がって、他の棚に並んだナイフを眺めて回った。どれも本当にすごく綺麗だ。確かにコレクションしたくなる気持ちも分かる。
ってか、すでにコレクションする気満々になってるよ。
って事で、あの積層鋼のナイフは出来れば一つは欲しい。
ギイとアーケル君まで加わって、何やら嬉々として話し始める彼らを俺は横目で見つつ、こっそりどれが良いか先に物色し始めていたのだった。